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【派遣法】「御社は正社員を雇う必要はありません。当社が派遣社員を提供しますから。」が現実に?!

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

派遣法案の審議が参院でスタートしました。

昨日(8月4日)の吉良参院議員の質問を報じた「しんぶん赤旗」の記事(常用代替やり放題に)に次の一節がありました。

吉良氏は「無期雇用派遣労働者を利用することで、社長や管理職以外は派遣労働者だけの企業経営も可能だ。使用する側は労働者の人生に責任を負う。これこそ企業の社会的責任だ。その責任放棄を派遣先に許し、派遣労働の根幹である常用代替防止をひっくり返す改悪案は廃案にすべきだ」と強調しました。

出典:しんぶん赤旗

そうです。

吉良議員が指摘するとおり、今回の派遣法案は「無期雇用派遣」については、ほぼ規制なしなのです。

「無期雇用派遣」とは?

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無期雇用派遣とは、派遣元と派遣労働者が結ぶ労働契約に期間の定めがない場合を指します。

逆に、派遣元と派遣労働者に期間の定めがあると「有期雇用派遣」といいます。

このように、今回の法案は、派遣労働者を区別するのに派遣元と派遣労働者との労働契約の期間の「ある」「なし」で分けます。

無期雇用派遣になるとどういう規制がないのでしょうか?

まず、期間制限がありません。

派遣先は同じ人を派遣社員としてずーっと受け入れ続けることが可能になります。

3年ごとに人を入れ替える必要さえありませんし、部署を異動させることも不要です。

もちろん、3年ごとに派遣先の過半数労組や労働者代表の意見を聴くことも不要です。

また、派遣先が、1年以上派遣労働者に従事させていた業務に直接雇用した労働者に従事させようとする場合、その派遣労働者を優先的に直接雇用するという努力義務も、無期雇用派遣の場合はありません。

他にも派遣元の負う雇用安定措置の義務も無期雇用派遣労働者には適用がありません。

ほとんど実効性がない雇用安定措置義務さえ、そもそも適用すらないんですね。

無期雇用派遣は安定している?

こうした規制がことごとく外された無期雇用派遣ですが、なぜそんな存在が許されるのか。

これについては「無期雇用派遣は有期に比べて雇用が安定している」というのが塩崎大臣の答弁のようです。

たしかに、比べる対象を有期雇用派遣とすれば「安定」しているでしょうが、雇用形態を全体として見た場合、派遣労働という雇用形態が安定するということはあり得ません。

派遣労働者の就労先は派遣先です。

そして、派遣労働者が派遣先で働くことができる根拠は派遣元と派遣先の派遣契約(労働者供給契約)があるからです。

ところが、この派遣契約には解約する場合に解雇規制のような法理は及びませんし、もちろん労働基準法の規制も及びません。

そういう場合、どうなるか。

たとえば、大きな景気変動があったときはどうでしょう?

このとき、派遣先と派遣元との派遣契約は解約され、真っ先に働く場所を失うのが派遣労働者となります。

無期雇用派遣なので、派遣元との労働契約は一応残りますが、派遣元は、景気悪化によって派遣先から放出された多くの派遣労働者に次の派遣先を見つけられず、派遣労働者を解雇していくことは想像するに難くありません。

派遣労働という雇用形態は、景気が悪化したときにこそ、その威力を発揮する雇用形態なのです。

そして、景気は常にいいわけではないことは歴史が証明していますね。

他方で、派遣先にとっては、派遣労働者は雇用調整が容易にできるので、とても使い勝手がいいことになります。

常用代替が促進される

先ほどの記事で吉良議員は常用代替について「無期雇用派遣労働者(派遣元で無期雇用)は期間制限の対象から外れ、常用代替を制限するものになっていない」と追及したと記載されています。

常用代替とは、平たく言うと、直接雇用の労働者を、間接雇用である派遣労働者に、置き替えてしまうことを言います。

これまでの派遣法はこれを防ぐことをタテマエとしており、業務単位の期間制限などで縛りをかけていました(専門26業務は専門性で縛っていました)。

ところが、今回の派遣法案では、上記のとおり無期雇用派遣にはほとんど規制はなく、派遣先としては派遣労働者を永久に使える、まさに使い放題の状態となります。

こうなると雇用調整がとっても便利な存在として派遣先は派遣社員を積極的に雇うことになり、直接雇用労働者のイスは減ってしまうわけです。

今回の派遣法案を「正社員ゼロ」法安だと批判する根拠はここにあるんですね。

社長以外は派遣労働者だけの企業も

既に、派遣業者が法改正を見越して、企業に対し、「御社は正社員を雇う必要はありません。当社が派遣社員を提供しますから。」などと営業をかけているという話もあります。

吉良議員が言う「社長や管理職以外は派遣労働者だけの企業経営」は、けっして極端なことを言っているわけではないのですね。

派遣労働の問題の主要点は、賃金の低さと地位の不安定さにあると言われています。

ところが、今回の法案には、低賃金について何の実効性のある措置がないことは明らかですね。

また、不安定な地位についても、雇用安定措置が実効性がないことは前の記事で指摘しましたし、そもそも無期雇用にはそれさえも適用がありません。

こうした中で、今回の法案のような派遣社員が激増する可能性のある制度を通そうというのですから、政府の無策にもほどがあるでしょう。

今後の議論も注視したいと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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