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電通過労自死事件から真の「働き方」改革を考える

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(写真:ロイター/アフロ)

また、痛ましい事件が起きました。

広告大手の電通に勤務していた新入社員の高橋まつりさんが昨年末に自殺したのは、長時間の過重労働が原因だったとして労災が認められたというものです。

電通の女性新入社員自殺、労災と認定 残業月105時間(朝日新聞)

電通と言えば、労働事件を手掛ける弁護士からすると知らない人のいない有名な「電通事件」という最高裁判決があります。

この事件も、大学卒の新入社員である労働者が過労によって自殺した事件でした。

最高裁は、会社に安全配慮義務違反があったとして、電通に対し遺族への損害賠償の支払いを命じた原審の判断を維持しました。

この最高裁判決が2000(平成12)年です。

事件発生は1991(平成3)年です。

最初の事件発生から24年後、電通では再び新入社員が過労により亡くなったのです。

過労死は自己責任ではない

長時間労働に関しては、大学教授が、「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」などと発言し、物議を呼びました。

これについて、同教授の所属している大学側では、「本学教員のインターネット上における発言について」として、謝罪コメントを発表しています。

このようなレベルの低い発言は過去からありましたが、今の時代になってもなお、このような発言が堂々と、しかも、大学の教授という職にある人がするというのは、暗澹たる気持ちになります。

法外労働が月間100時間を超えた場合の精神疾患(とそれを原因とする自死)との間に因果関係を認めるというのは、医学的見地や経験則などから導かれた合理的な時間数なのです。

過労死をなくすには

今回の痛ましい事件では、法定外労働時間が月間105時間とされていました。

しかし、これはあくまでも認定されたものですので、おそらく、現実にはこれをはるかに超える労働時間があったものと推察されます。

また、実質的な拘束時間も加味すると、亡くなった女性の負荷は、極めて高かったと言えるでしょう。

こうした長時間労働に端を発する過労死をどうやってなくすべきなのか、ここを改善しない限り、過労死・過労自死の問題は、永遠になくならないのです。

今、政府では「働き方」改革をするとして、担当大臣を置いて、これに取り組むと宣言しています。

そこでは、長時間労働規制をするとのことです。

私も過去に「長時間労働を規制せよ」という記事を投稿しました。

本気で過労死をなくす施策がとられるなら、歓迎すべきです。

労働時間の上限規制を法定化

長時間労働による過労死をなくすためのポイントは2つです。

1つは、労働時間の上限を法律で決めることです。

現在は一応、1日8時間、週40時間の規制があるのですが、例外規定を駆使すると事実上青天井です。

これを規制することが必要です。

政府が「働き方」改革で、ここまで踏み込めればいいのですが、経営者・経営団体等からの強い反対が見込まれるので、先は見通せません。

政府の「働き方」改革がどちらの方向を向いているのか、つまり、「働き方」改革か、「働かせ方」改革か、その本気度が試されるところだと思います。

インターバル規制を制定すべき

もう1つは、インターバル規制と言われる、終業時刻から次の始業時刻まで、一定の時間空けるように規制するものです。

たとえば、ある日、午前3時まで働いたとします。

現在の法律では、次の始業が午前9時であれば、それまでに出社しなければ遅刻となります。

しかし、ここに、10時間のインターバル規制をしたらどうなるでしょうか?

午前3時から10時間を空けますので、午後1時までは出社させてはいけないことになります。

労働者は午後から出ればいいのです。それでも遅刻にはなりません。

このような規制は海外には現実に存在しますし、国内でも企業によっては労働組合との協約で実現しているところもあります。

やってやれないことはなく、政府もその導入に助成金を出すなどしていますが、助成金よりも法的規制をかけた方が、過労死を防止するには実効性が高いものと思います。

長時間労働を助長する残業代ゼロ法案は撤回を

しかしながら、政府を信用できないのは、「働き方」改革で長時間労働を規制する、と言いながら、既に残業代ゼロ法案と呼ばれる労働基準法改正案を提出し、その成立をあきらめていないところです。

今国会では、解散風も吹いていることもあって、この残業代ゼロ法案の審議入りは見送られたとのことですが、廃案になったわけでもありません

選挙が終われば審議入りするのでしょう。

この法案の問題点は、一定の年収を条件に、休憩や労働時間規制などはもちろん、割増賃金支払義務を使用者に課さないというものです。

残業代が出なければ労働者は早く帰る、という間違った事実認識の下で、このような制度を導入しようとしているのですが、各種の調査でも、残業をする原因の第一位は「業務量が多い」というものです。

残業代をゼロにしても業務量が変わらなければ、単に、残業代だけなくなったという状況になるのですから、労働時間の短縮には役立ちません。

さらに、長時間労働の温床と言われている裁量労働制の規制緩和も含まれています。

これは、一定の労働時間をみなしてしまい、それ以上働いても、「みなし」分だけの賃金支払いで合法としてしまう制度で、既に存在します。

しかし、これによって低賃金かつ長時間労働が蔓延してしまっていますし、これに関連する過労死、過労自死、そして、過労による精神疾患は非常に多い現実があります。

もし政府が真の「働き方」改革を謳うのであれば、まずはこの法案の撤回からスタートすべきです。

しかし、安倍総理はまだ諦めていませんし、財界から成立への期待も強いようです。

たなざらし「脱時間給」、残業規制と矛盾あるか(日経新聞)

過労死ゼロ社会を実現したい

以上、今回の痛ましい事件から政策的な提言をしました。

ただ私個人としては、亡くなった高橋まつりさんが、自ら命を絶つ1週間前にツイッターでブラック企業大賞(私は実行委員の一人です)の記事を引用していたことを知って、悲しい気持ちと同時に、とても悔しい気持ちになりました。

過労死をゼロにする社会を早く実現したいという強い思いを抱きました。

追伸

11月9日、13時からのイイノホールで行われる過労死防止シンポジウムでお母さんが発言されるそうです。お時間のある方はご参加ください。

https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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