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【もうすぐ通常国会】長時間労働を助長する「残業代ゼロ」法案は撤回を

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

1月20日から通常国会がスタートします。

その国会で最大の争点となりそうなのが共謀罪の創設とされていますが、実は、同時に労基法改悪案、いわゆる残業代ゼロ法案(=定額働かせ放題法案)も成立が狙われています。

審議入りしないまま2年近く経過

この法案は2015年4月に閣議決定され国会に上程されました。

しかし、その後、労働者側から強い反対が予想されるので選挙への悪影響を危惧したのか、なんだかんだと審議入りはせず、ついに2017年になってしまいました。

しかし、この通常国会ではついに審議入りすると言われています。

解散・総選挙が秋にあると噂されるなか、残業代ゼロ法案を強引に成立させてもどうせ一夏でみんな忘れちゃうよねということなのかもしれません。

というわけで、もう1度、この法案の内容をおさらいしてみましょう。

なお、「ブラック法案によろしく」でも解説していますので、併せてご参照ください。

高度プロフェッショナル制度という名の残業代ゼロ制度

まず、この法案の目玉として「高度プロフェッショナル制度」の創設があります。

これは、どのような制度でしょうか。

それは、労働基準法の中の労働時間規制に関する条文が適用されなくなる制度です。

どういうことかと言いますと、まず、分かりやすいところでは、残業代が出なくなる(労基法37条)。

このために「残業代ゼロ法案」と呼ばれるわけですね。

しかし、それ以外にも主に次の条文が適用されなくなります。

(労働時間)

第32条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

2  使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

出典:労働基準法

これは1日8時間、週40時間という労働時間制限です。

これが適用されません。

(休憩)

第34条  使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

出典:労働基準法

これは6時間を超えて働かせる場合の45分の休憩、8時間を超えて働かせる場合の1時間の休憩を取らせなければいけないという規制ですが、これも適用されません。

休憩なしでずーっと働かせてもOKです。

(休日)

第35条  使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。

2  前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。

出典:労働基準法

という週1回の休日や4週4回の休日に関する規制も適用されません。

休みなしの連勤もOKです。

こういった規制の全部が適用除外される、それが高度プロフェッショナル制度というものです。

適用対象者はどんな人?

では、この制度の適用対象者はどういう人がなるのでしょうか?

これについては、高度の専門職で年収が労働者の平均年収額の3倍程度(約1000万円ほど)の人が対象となるとされています。

法案では、

一 高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この項において「対象業務」という。)

二 この項の規定により労働する期間において次のいずれにも該当する労働者であつて、対象業務に就かせようとするものの範囲

イ 使用者との間の書面その他の厚生労働省令で定める方法による合意に基づき職務が明確に定められていること。

ロ 労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(厚生労働省において作成する毎月勤労統計における毎月きまつて支給する給与の額を基礎として厚生労働省令で定めるところにより算定した労働者一人当たりの給与の平均額をいう。)の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。

とされています。

分かりにくいですが、

1)高度な専門職で成果と時間の関連性が高くない業務(←それが何かについては省令で定める)

2)書面などで職務内容が明確になっている(←書面以外の方法は省令で定める)

3)平均年収の3倍を相当程度に上回る(←具体的な金額は省令で定める)

ということです。

最初はこうして対象者を絞っておりますが、法律ができればそう遠くないうちに対象者は広げられると予想されます。

その点はかつて記事を書きましたので、ご参照ください。

<残業代ゼロ・過労死促進法案>他人事ではない!~年収1075万円は絶対に下げられる5つの理由

成果に応じた新たな賃金制度じゃないの?

ちなみに、この制度を、多くの報道機関が『成果に応じた新たな賃金制度』とか、『脱時間給』などと報じていますが、そのような内容は法案のどこにも書いてありません。

書いてない内容を、政府の発表のとおりに書いた結果が、『成果に応じた新たな賃金制度』や『脱時間給』なので、こういう表現を見たら、ダメな報道だなぁ、と思ってもOKです。

詳しくは過去に書いた次の記事をご参照ください。

【法案版】「定額働かせ放題」制度・全文チェック!~「成果に応じた新たな賃金制度」との誤報も列挙!

あと、よく言われていましたが、この法案が成立すれば、短時間で成果を上げたら帰宅してもよいことになる、だから残業を少なくする法案だ!という論調があります。

しかし、それはウソです。

実は短時間で成果を上げたら帰宅してもOKということ自体は、現行法のもとでもできます。

こうしたことを規制する法は存在していません。

したがって、今でも企業がその気になればできるのです。

ですので、こんな法案は必要はありません。

また、ある仕事を終了させたとしても、次の仕事を与えられれば結局早くは帰れませんよね。

ところが、この法案には「追加の仕事を命じてはいけない」などという内容は一切含まれておりません。

したがって、「早く帰宅できる」ということは、この法案とは全く関係ないことなのです。

健康確保の措置がある?

なお、この法案には、健康確保のための制度がありますが、ザルみたいなものです。

これについては、過去に次の記事に書きました。

1日24時間働くのと、1年360日働くのと、どっちがいい?~残業代ゼロ制度の笑えない「健康確保措置」

ごくごく簡単に説明しますと、まず3つの「措置」があります。

(1) 労働者に24 時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとし、かつ、1か月について深夜業は一定の回数以内とすること。

(2) 健康管理時間が1か月又は3か月について一定の時間を超えないこととすること。

(3) 4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104 日以上の休日を与えることとすること。

このうちの1つを取ればOKということです。

逆に言えば、それ以外は一切フリーです!

たとえば、上記の(1)を採用すれば、360日連続勤務もOKですし、(2)をとってもその時間内であれば休憩・休日なく働かせてもOKですし、(3)をとっても休み以外は24時間働かせてOKとなるのです。

これが法案にある「健康確保ための措置」の正体です。

超キケンなもう1つの目玉、裁量労働制の拡大

そして、もう一つの目玉が裁量労働制の拡大です。

こちらの方が即効性がある分、問題が多く、キケンです。

過去に以下の記事を書きました。

ブラック企業にとって即効性のある栄養剤!~裁量労働制の拡大、それはもう1つの「定額¥働かせ放題」制度

これまで対象外とされてきた個別の営業活動を行う労働者にまで裁量労働制の適用範囲を広げる可能性のあるものとなっています。

顧客のニーズ・課題・抱えている問題を想定して提案していく営業が含まれるわけですが、このような営業スタイルは特別なものではありません。

したがって、店頭販売等の極めて単純な営業業務を除き、非常に広い範囲の個別営業が裁量労働制の対象となりかねません。

また、現場で業務管理を行う労働者がすべて対象とされる危険も含んでいます。

これは、企画やプロジェクトを行う場合の係長やプロジェクトリーダー、さらにそれに留まらず、現場で業務管理を行う労働者に広く対象範囲が及ぶ可能性があるものです。

場合によっては、個別の製造業務、備品等の物品購入業務、庶務経理業務等を除く広範な一般業務がその範囲に含まれることになりかねないのです。

この法案は撤回した方がいい

政府は「働き方」改革と述べて、長時間労働を規制しようとするスタンスを示していますが、上記の内容の法案を成立させようとしているのは、これと決定的に矛盾する態度です。

まず「働き方」改革を言うのならば、この法案の撤回をし、改めて長時間労働を規制する法律を作るべきなのです。

ぜひ、そうしたスタンスをとってもらいたいものです。

国会での議論はこれからが本番になると思います。

皆様が報道などをご覧になる際に本記事が参考になれば幸いであります。m(_ _)m

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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