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残業時間の上限規制~問われる政府の<本気度>

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
通勤風景(ペイレスイメージズ/アフロ)

今週が山場~労働時間の上限規制の内容

労働時間の上限を決める労使のトップ会談が佳境に入っているようです。

事実上、今週が山場です。

長時間労働規制 労使トップが10日にも2回目の会談

使用者側は経団連の榊原会長。そして、労働者側は連合の神津会長。

このお二人の会談です。

上記のニュースでも言われていますが、「1カ月の上限を100時間程度まで認めるかどうかが労使間での最大の争点」となっています。

連合は、ここまで「100時間」(=総労働時間月約274時間)については認めない姿勢をとっていました。

平成29年春闘 残業時間上限規制 経団連と連合なお溝

この記事(3月3日付)でも、「連合は「ありえない」との主張を続けている。」と報じられています。

こうした状況で、あたかも連合が「100時間」を飲めば労働時間の上限規制ができて、連合がこれを飲まなければ何もできないという雰囲気になっています。

しかし、これは非常におかしな話です。

政府主導で始まったのに・・

もともと、この話は安倍内閣が提唱する「働き方改革」が発端で、政府主導で鳴り物入りで始まったことです。

ところが、その後、経営者側の巻き返しがあったのかどうか分かりませんが、出てきたのは「繁忙期は100時間」というものでした。

100時間は、言うまでもなく過労死基準です(このとき私の記事はこちら)。

本来、これでは「話にならん」ということで、働き方改革にふさわしい時間を再度調整すべきことになるのが筋です。

しかし、なぜか連合が「100時間」を飲むか・飲まないかの話にすり替わっています

なんでこうなった?

こうなってしまったのは、2月14日の「働き方改革実現会議」での安倍総理の発言に原因があります。

安倍総理は以下のように述べたといいます。

安倍晋三首相は席上、残業時間の上限規制について「多数決で議決するものではない。労使で合意形成してもらわなくては法案は出せない」と指摘。「胸襟を開いた責任ある議論を労使双方にお願いしたい」と述べた。

出典:JIJI.com

要するに「労使の話し合い」に丸投げしたのです。

ここで「合意がないと法案は出せない」というのは、経営者団体が「うん」と言わなければ法案を出せないということです。

つまり、連合がいくら「100時間はあまりに長い」と言ったところでも、経団連が「だったら法案はいらない」という態度を取れば、どうしようもない状況になります。

そうした状況を是認する安倍総理の態度は、長時間労働の規制に対し、ずいぶんと無責任・不誠実な態度と言わなければなりません。

本当に長時間労働の是正をする気はあるか

もっとも、安倍総理は、今年の施政方針演説で、次のように述べていました。

一年余り前、入社一年目の女性が、長時間労働による過酷な状況の中、自ら命を絶ちました。御冥福を改めてお祈りするとともに、二度と悲劇を繰り返さないとの強い決意で、長時間労働の是正に取り組みます。いわゆる三六協定でも超えることができない、罰則付きの時間外労働の限度を定める法改正に向けて、作業を加速します。

出典:首相官邸HP

また、上記の施政方針演説でも触れられている、電通で過労自死に追い込まれた高橋まつりさんのご遺族に会った安倍総理は、「まつりさんの思い出話を聞いた首相が涙を浮かべる場面もあった」と報じられています

であるのに、先のように「丸投げ」状態です。

これでは、わざわざ電通事件のご遺族と会ったのは、単なるパフォーマンスじゃないかとの誹りを受けかねません。

そうではないというのであれば、是非、政府の主導で、もう一度「100時間」ではない、妥当な案を模索すべきだろうと思います。

「働き方改革」の名に恥じぬ内容を

政府は、労働者側が大反対した法案でも、法律にしていった実績があります。

ところが、この度の長時間労働規制の問題では、経営者側の「待った」がかかればいとも簡単に「労使の話し合い」に丸投げしてしまいました。

それが、今では、連合が「100時間」を飲むか・飲まないかにすり替わっています。

「100時間」を許容するのは、たとえ「繁忙期」限定であろうとも、「働き方改革」の名にはなじみません。

月100時間の時間外労働は、過労死寸前(場合によっては過労死する)まで働かせる制度です。

繁忙期だから、は言い訳にはなりません。

残業上限「100時間」めぐり経団連と攻防、合意できるかのボールは連合側に」という報道もありますが、上に見たとおり、本当は、ボールは連合ではなく、政府や経団連側にある話なのです。

今からでも遅くありません。

政府は長時間労働の規制に向けて、主導権を取って、真に「働き方改革」にふさわしい、過労死の起きない内容での規制を実現していただきたく思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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