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ホロコースト逃亡生活の少女の実話を元にしたオンラインゲーム「マリオンの旅」:英国の大学が制作

佐藤仁学術研究員・著述家
第2次大戦中のワルシャワのゲットー(写真:Rex Features/アフロ)

第2次大戦時、ナチスドイツが欧州諸国へ侵攻し、そこに住むユダヤ人らを迫害、大虐殺した「ホロコースト」のサバイバー(生き残り)のマリオン氏を題材にしたオンラインゲーム「Marion's Journey」(「マリオンの旅」)を英国のグラスゴー・カレドニアン大学の学生らが2016年2月に開発した。ホロコーストを理解するために教育用目的としたオンラインゲームで、パソコンにダウンロードして利用することができる。

実話のホロコーストからの逃亡生活に基づいたゲーム

ゲームではリアリティを出すために、ゲーム内ではマリオン氏の実際の声が吹き込んでいる。ホロコーストを生き抜いてスコットランドで暮らす84歳のマリオン氏自らの肉声で自分の生い立ちや当時の様子を語っている。

マリオンは1932年1月にポーランドのクラクフで生まれた。弁護士を父親に持つ1人っ子だった。ナチスがポーランドに侵攻してくる7歳の時までマリオンは平和で幸せに暮らしていた。ナチスがポーランドに侵攻してきた1939年9月1日、マリオンらは田舎の別荘にいた。

ゲームの中で、プレーヤーは、マリオンになりきって逃亡生活を行っていき、マリオンに代わって自分だったら、逃亡と生命の危機にさらされる立場に置かれた時に、どのように判断して、どのような行動をするかを3つの選択肢の中から選んでいく。一種のロールプレイングゲーム(RPG)だ。

例えばナチスがポーランドに侵攻してきた時にマリオンの家族は田舎の別荘にいたが、「その時彼らはどのような行動をすべきだったか?」という問いに対して、「家に戻る」「別荘に留まって、戦争の様子を伺う」「東部へ避難する」といった3つの選択肢が出てきて、ゲームが進められる。間違った回答を選択すると、どうしてそれが間違いだったのかの解説もある。そして正解を選ばないとゲームは続行できない。なお、この問題の正解はマリオンの親戚が暮らしている「東部へ避難する」だ。避難というと聞こえがいいが、要はナチスのユダヤ人狩りからの「逃亡生活の始まり」である。まだ7歳だったマリオンはポーランドからウクライナ、ロシアへ逃亡生活を開始する。

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逃亡時にマリオンが直面した行動を選択をしながらゲームを進める
逃亡時にマリオンが直面した行動を選択をしながらゲームを進める

またゲームの中には、マリオンがゲームの中で逃亡しながら、食糧を探していくが、腐った食べ物を避けて行けるか、ナチスやロシアの警察に見つかって捕まらずに逃げ切れるかといった「ミニゲーム」もあり、逃亡の臨場感を子供たちに伝えようとしている。これらのミニゲームも含めて、マリオンが7歳という小さな時に体験した「リアルな実体験」を基にしたゲームである。マリオンはシベリアのキャンプで終戦を迎えた。

ナチスやロシア兵に捕まらないように逃亡するミニゲーム
ナチスやロシア兵に捕まらないように逃亡するミニゲーム

周囲は敵ばかりだった当時のユダヤ人

第2次大戦時にナチスによって約600万人のユダヤ人やロマ、政治囚などが殺害された。特にポーランド、ウクライナには当時ユダヤ人が多く住んでおり、彼らが逃亡して生き延びることは非常に大変なことだった。ナチスだけでなくポーランド人やウクライナ人たちもユダヤ人の敵だった。彼らは逃亡しているユダヤ人を捕まえるとナチスから賞金を貰えたので、必死になってユダヤ人を捕獲しようとした。またユダヤ人を匿っていたポーランド人はナチスに処刑された。つまり逃亡しているユダヤ人にとって周囲は敵ばかりで八方塞りの状態だった。マリオンはそのような状況を克服して、奇跡的に戦後まで生き延びることが出来た。

当時、逃亡ユダヤ人は聾唖者の振りをしている人が多かったそうだ。イディッシュ語を使っていたユダヤ人は、つっかえるようなポーランド語しか話せなかったから、暴漢に襲われたらユダヤ人とわかってしまうから、聾唖者として筆談で会話をするのが一番安全だった。それはかなり難しいことで、つい言葉に反応してしまって、話せることがばれてしまうことがあり、追放されることもあった。また男子はズボンを脱がされたら割礼ですぐにユダヤ人であることがばれてしまうので女子よりも逃亡の危険は高かった。収容所やゲットーだけでなく逃亡中でも飢えや寒さでたくさんのユダヤ人が死んだそうだ。

ゲームだけでは逃亡の臨場感は伝わらないかもしれないが

ナチスに占領されたとき、ポーランドにいた約300万人のユダヤ人のうち、戦争を生きのびた者は6万〜7万人しかいなかった。そのうち20%は収容所で生きのび、残りの80%は非ユダヤ人やポーランド人に匿われて逃亡しながら生活していた。

さらに、終戦後もポーランドにいたユダヤ人は故郷ポーランドでは歓迎されずに、ポーランド人に迫害されて多くのユダヤ人が戦後に殺された悲惨な歴史がある。多くの一般のポーランド人が広範囲でナチスに加担しユダヤ人絶滅作戦に協力していたことと、根深い反ユダヤ主義が要因で、終戦後もポーランド人はユダヤ人の不幸に同情できなかったのだ。

オンラインゲームとはいえ実話を元に制作されているため、マリオンの逃亡生活は壮絶だ。1939年に7歳の時に逃亡生活を開始し、1945年の終戦まで6年間、ただユダヤ人という理由だけで故郷ポーランドにいることができなくなり、常に周囲の敵に脅えながら、生命の危機に晒されていた。ゲームが終わったら美味しい食事や温かいベッドが待っている現在では、パソコンの前に座ってプレイするオンラインゲームだけでは、当時のホロコーストの様子も切迫感や臨場感は伝わってこないかもしれない。しかしそれでも、70年前にホロコーストがあったことと、それに直面して、まさしく命がけで生き延びた少女がいることは事実である。

▼Marion's Journey紹介動画

The Gathering the Voices

Marion's Journey

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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