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「野ブタ」の次は「大仏マン」:白岩玄氏、新作では「ネットいじめ」問題へアプローチ

佐藤仁学術研究員・著述家

河出書房新社は白岩玄氏の『ヒーロー!』を2016年3月17日から発売している。白岩氏は学園小説『野ブタ。 をプロデュース』の作者で、同作品を超える痛快学園小説。白岩氏は2004年に『野ブタ。 をプロデュース』で文藝賞を受賞しデビュー。同作は芥川賞候補になりまた堀北真希らが出演してテレビドラマ化され、70万部のベストセラーになった。

いじめ18万件以上、「ネットいじめ」にアプローチ

現在はスマホやSNSが普及しており、中高生でもスマホを主夕している。「人間の瞬間的な感情」が顕在化されやすくなり学校でのいじめ問題はより複雑な社会問題となっている。 本作品は学校のいじめ無くそうとする話であるのと同時に、人間の心の中に宿る「正義とは?正しさとは?」何かを問う話でもある。

文部科学省が発表した平成26年度のいじめに関する調査結果によると、いじめの認知件数は18万8,057件で、前年度より2,254件増加している。いじめを認知した学校の割合は、全学校の56.5%にも及んでいる。

この件数と割合の数字はいじめが顕在化し認知されているものを可視化した数字であり、潜在的に存在するであろういじめの件数を含めると、その数は計り知れない。その問題の1つが、インターネット上におけるのコミュニケーションのあり方が指摘されている。ネット環境が普及発達した現在、内閣府の調査によると高校生におけるスマホ所有率は93.6%とほぼ全員が所有している。また青少年間のコミュニケーションは、SNSが日常的に活用されるようになった。

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個人の言葉をSNSを通じて発信しやすくなった現在「いじめのきっかけともなりえる一言」をネット上で可視化することが容易になった。 部分的に見ると、罪意識の薄い一言かもしれないが、それがSNS上に積み重なっていったり、また複数名が関与していくことで、その一言は大きないじめの原因にもなっている。

白岩氏の作品への思いと課題意識:「ネットいじめ問題」に対する新しいビジョンを提案したい!

白岩氏は『ヒーロー!』に対して以下のようにコメントしている。

『今、学校や家だけではなく、インターネットまでもが、学生にとって当たり前の“居場所”となっています。本作品を書く動機となったのが、ネットいじめ問題の結果、個人の“居場所”がより少なくなってしまうという課題意識でした。「“居場所”が無くなる」という課題に対してどう解決策を導き出せるのか。また一筋縄で解決しないネットいじめ問題に対して人の悪意と向き合いそれをどのようにうまくかわし、生きていくことができるのか。根深い社会問題に対して、希望を持てるビジョンを提示したいという思いから、ペンを執りました。小説を掘り下げて見えてきたのは、 正義の凶悪性、つまりは「正しさが人から思いやりや優しさを奪う」ということでした』

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大仏マン・ショーでいじめをなくせ!!

ヒーローばかの男子とひねくれ文化系女子が立ち上がる学園小説

「いじめとは誰か特定の人に負の関心が集まって起こるものである。だからこそ、みんなの関心の対象をすり替えてしまえば、学校のいじめがなくなるかもしれない」そんな思惑から、大仏のマスクをかぶり、休み時間ごとに、パフォーマンスショーをする新島英雄とその演出担当の佐古鈴。二人は「大仏マン」という新しいキャラクターを生み出し、一風変わったやり方で、いじめの撲滅と居場所づくりを目指そうとする。しかし、 自体はそう簡単には進まない…

佐古の唯一の親友だった、演劇部で脚本をつとめる小峰玲花が、どういうわけか敵として立ちはだかることになったり、学校に転校してきた無愛想な美少女・星乃あかりがいじめの標的にされてしまう。

「僕は人間の心の中に宿る正義っていうものが怖いんだよ。 僕らは正しさを掲げるときには必ず見えなくなるものがある。 相手が自分と同じ人間であることを忘れてしまう。 相手の尊厳や、 大切なものをないことにしてしまう。 それは別にいじめに限ったことじゃないんだ。 この世の中にある争いや啀み合いはみんなそうやって生まれてる」(本文より抜粋)

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ネットで求められる「短い文章」のリテラシー

『野ブタ。 をプロデュース』が登場した2004年当時にはまだスマホはなかったが、当時もケータイで学校の裏サイトなどネットでのいじめや誹謗中傷は問題になっていた。ネットでのいじめは「最初は悪気ない書き込みやちょっとした一言」で相手を傷つけてしまい、ネットを通じて拡散されることによって、そこからいじめに繋がっていくことが多い。ネットに出てしまった情報は、簡単には消えない。実はネットに他人の悪口や誹謗中傷を書き込みをしているいじめっ子の方が格好悪いのだ。

また明らかに「いじめ」を目的とした攻撃や無視ではなくとも、SNSでの「思い違い」や「ちょっとした発言」で傷ついてしまう学生も多い。書いた方は特に「いじめ」を意図して書いた訳ではなくとも、受け取った本人にとっては辛い気持ちになってしまうこともある。

例えば、グループチャットで、「今度〇〇に遊びに行こうよ」とあって、A君が「B君はなんで行くの?」と書いた時、A君は「B君はどのような手段で行くの?電車?それともバス?」を意図して書いたとしても、受け取ったB君は「どうしてB君も一緒に行くんだよ・・」と受け取ってしまい、自分は仲間外れにされていると勘違いして疎外感を感じてしまうかもしれない。

このようなことは面と向かって話している会話では、このような受け取られ方はないだろう。実際の会話の中でのコンテクストから読み取れるからだ。しかしSNSやチャットなど「文字」だけのやり取りでは、誤解とトラブルを招きかねない。「短い文章」でのコミュニケーションが生活の一部になっている現代、「短い文章」でのコミュニケーションのリテラシーが重要になってきている。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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