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シリア難民は『スマホやケータイを持っていた人たちが難民になった』「難民を助ける会」が現状を訴え

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

2016年3月14日、「難民を助ける会(AAR)」のトークイベント「シリア危機5年:450万の難民はどこへ向かうのか」が日本プレスセンターで開催された。AAR理事長の長有紀枝氏、NHK解説副委員長の二村伸氏、AARシリア難民支援統括の景平義文氏の3人が登壇し、現在のシリア難民の置かれた状況について解説した。

「難民なのに、どうしてスマホを持っているの?」という質問が多い

AAR理事長の長有紀枝氏は、よく「シリア難民は、難民なのにどうしてスマホを持っているの?」とよく質問をうけるらしい。たしかにテレビやネットで見る欧州にいるシリア難民のニュースや記事に出ているシリア難民はほぼ全員がスマホを所有している。欧州への行くときも、先に既に欧州に行った家族や友人、知人からスマホでメッセンジャーなどを経由して情報を収集している。

長氏がそのような質問を受けるのは、そのようなシーンやニュースをテレビやネットで多く見かけるからだろう。それに対して長氏は「シリア難民は、スマホやケータイを利用していた人たちが難民になってしまったのです」と説明しているという。

またAARのシリア難民支援統括の景平義文氏も説明の中で「難民というと難民キャンプで貧しく、今にも倒れそうなイメージを持っている人が多いし、一部にはそのような人もいるが、ほとんどは全く違う」と指摘し、トルコにいるシリア難民は難民キャンプの外で生活している人が90%以上で、ふつうの家を借りて生活をしているとのこと。そのためかえって「何に困っているのか?」と思われ、難民の大変さが伝わりにくいこともあるとのこと。

現在、トルコや欧州にいるシリア難民の多くは、シリアでは教育水準も高く、サラリーマンや医者などだった人も多い。普通の人がシリアの国内の状況で難民になってしまったのだ。そのためシリア難民の多くは今日食べるものに困っていたり着る服もないというようなことはなく、スマホも保有しているし、FacebookやTwitter、WhatsAppなども使いこなして、難民同士や異国にいる知人、友人らと情報収集やコミュニケーションを行っている。シリアの隣国トルコでなく欧州まで行けるシリア人はシリアでの富裕層が多いため、スマホでも良い機種を利用している。

それでもシリア難民らはトルコでは「いつ仕事を失うかわからない恐怖に直面している」とのこと。トルコではシリア難民が就労ビザを取得することは非常に煩雑でお金と時間がかかり困難であるため、労働許可が無くとも生活のために、たとえ低賃金でも働かなければならない不法就労者が多く、彼らは「いつ取締りを受けて仕事を失うかもしれない不安」に直面していると景平氏は説明していた。

メディアはちゃんとシリア難民を伝えていたか

NHK解説副委員長の二村伸氏は、シリア難民の現状について「メディアは何を伝え何を伝えていないのか」というテーマで話をした。メディアの役割は現地の様子を正確に伝えることだが、シリア危機が5年前に起きてから、日本では直後に東日本大震災が発生してしまったため、メディアの関心と報道の中心はシリア危機よりも、日本の震災ばかりになってしまったことや、メディアは紛争時の「爆撃などの派手なシーン」は大きく報道するが、膠着状態になるとメディアは伝えないことなども指摘していた。また現在の日本のメディアは欧州の難民問題は伝えているが、トルコなど周辺国にいるシリア難民の状況についての報道は多くないとのこと。

また二村氏は「1枚の写真が世界を動かすことになる」と述べて、現地ジャーナリストが撮影した移送船などの難民の困難な状況や幼児の死体など「1枚の写真」が世界の首脳だけでなく市民にもシリア難民への関心を強くすることができたと指摘していた。そして現地で何を必要としているのかを伝えていかなくてはならないと述べていた。

日本ではシリア難民のニュースはメディア、ネットでも多くは報じられていないが、現在は海外のニュースもネットで簡単に見られる時代である。世界中の多くのニュース、記事がネットでも多数入手できる時代になってきているが、一方で「ネットで簡単にとれる情報を、どこまで本当かを判断すること」が重要になってきていると指摘していた。

左から長AAR理事長、NHK解説副委員長の二村氏、AARの景平氏
左から長AAR理事長、NHK解説副委員長の二村氏、AARの景平氏

ネットの情報は玉石混淆

たしかにインターネットにはあらゆる情報が飛び交っている。特に昨年末のケルンでの集団暴行事件以降、難民へのイメージは決してよくない。現地のネットには多数の排斥的な言葉も目立っている。メディアやネットがネガティブなイメージを植え付けていることは否定できない。これらの情報がどこまで本当なのかどうか、実態はどのようなものなのか、はネットのニュースを訳して読んでいるだけでは正確な状況を完全に把握することはできないだろう。ネットで何でも情報が収集できる時代だからこそ、現場での実態を把握して正確に伝えるメディアの役割は重要になるし、それは大手マスコミだけでなく個人やNGOなどでもできるようになってきているのだろう。

▼AAR制作のシリア難民の現状を伝える動画

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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