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VRはアウシュビッツ絶滅収容所の地獄を再現できるか:ナチス戦犯追及のために開発

佐藤仁学術研究員・著述家
(Christof Stache/AFP/Getty Images)

ナチス犯罪追及に終わりはない。今でも続けられており、2016年9月には95歳の元ナチス親衛隊員の裁判が始まった。2016年6月にはアウシュビッツ絶滅収容所で看守をしていた94歳の元親衛隊員に禁錮5年の判決が下されたばかりだ。被告が老齢であろうと、70年以上の前の犯罪であろうと追及の手を緩めていない。

当時のアウシュビッツの様子をVRで精確に再現

そして2016年9月にはバイエルン州の刑事局(LKA)が、ナチスドイツ戦犯の追求を目的として3Dで精確にアウシュビッツ絶滅収容所を再現できるVR(バーチャル・リアリティ)を開発した。アウシュビッツはユダヤ人の強制労働と絶滅を目的にポーランドに設置された絶滅収容所で、ここだけで110万人以上のユダヤ人やロマ、政治犯などが殺害された場所だ。このVRを装着すると、あたかも当時のアウシュビッツ絶滅収容所にいるような体験ができるそうだ。

このVRを開発したのバイエルン刑事局のRalf Breker氏は2013年からアウシュビッツを訪問して多くのデータやアーカイブ情報を収集して、それらを元に精彩なほど当時のアウシュビッツの様子を再現させたそうだ。1945年の敗戦の時に建物のほとんどが破壊されてしまったが、それらもVRの中では過去のデータを元に復元されて、当時の様子がヘッドセットを通して体験できるようだ。「これほどまでに精確にアウシュビッツを再現したものはない。Google Earthよりも精密だ」とコメントしている。

またRalf Breker氏は「このようなVRの技術が発展することによって、今後2-3年のうちにアウシュビッツ以外の世界中の多くの過去の犯罪事例もVR上では精確に再現できるようになる」とも語っている。但しそのためには当時の様子を再現するための写真や証言集など莫大なデータや情報が必要になることから、過去の事件など全てが精彩に蘇ることは少ないのだろう。アウシュビッツのように生存者の多数の証言を集められるようなケースでないと難しいだろう。

VRには期待しているが

ナチス戦犯捜査を行っているドイツ連邦当局のJens Rommel氏は「当時の看守や親衛隊だった容疑者は、アウシュビッツで働いていたが、実際にはそこで何が起きていたのか知らなかったと弁明をする。裁判において、法的な問題として焦点になるのは、ユダヤ人などの囚人がガス室に送られて殺されたり、銃殺されていたことを知っていたかどうかだ。このVRで覗ける当時のアウシュビッツを通じて、容疑者らが本当に知らなかったのかどうかを追及していくことができるようになるだろう」と語っている。

2014年6月、アウシュビッツでハンガリー系ユダヤ人21万6,000人の殺害に関与された容疑でアメリカで拘束された当時89歳だったJohann Breyer氏はアウシュビッツでの任務は認めたものの「迫害には関与していないし、収容所内での虐殺は知らなかった」と述べていた。そのため当時はまだ初期バージョンだったVRの技術で記憶を再現させようとしていたが、Johann Breyer氏はドイツに身柄引き渡しされる前に高齢で亡くなってしまった。また2016年2月から開始されたアウシュビッツでユダヤ人17万人の殺害に関与されていた医師で94歳のReinhold Hanning氏の裁判の時にもVRは活用された。彼もまたアウシュビッツ勤務の事実は認めていたものの、虐殺への関与は否定していた。

現在でもまだナチスの戦犯の裁判は続いている。たしかにVRで当時の様子を3Dで精彩に再現しているようだが、当時の容疑者は70年以上の時を経て、すでに90歳以上がほとんどだ。技術がここまで進歩してVR映像で当時の様子を精確に描写できるようになっても、老齢の容疑者らがどこまで当時の記憶を蘇らせるのか不明だ。

そしてVRで覗く3Dでのアウシュビッツは、どれだけ精確に再現していたとしても、あくまでも仮想現実だ。VRを外したら平和な現実社会に戻ることができる。本当の地獄はユダヤ人やロマというだけで、何の罪もなくそこに収容されていた囚人にしか理解できないのだろう。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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