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コレステロール値は高いほうがいいのか、低いほうが健康で長生きするのか。冷静にデーターで見るとどっち?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト

■半世紀も前から「コレステロール害悪説」が食卓の常識となっている

今ちまたには様々な栄養・健康情報が氾濫している。栄養学は比較的新しい学問なので、医者や研究者が発信している情報であっても、つねに正しいとは限らない。また、「数年前までは正しかったかしれないが、現在では異なる結果をもたらす研究が明らかになったので、否定された」情報が、大手を振ってまかり通っていることもある。

コレステロールにまつわる健康情報もその一つかもしれない。

古くは、1960年代に、米国における研究で「血中コレステロール値の高いヒトでは脳卒中や虚血性心疾患の死亡率が高い」ことが明らかにされ、コレステロール害悪説が日本にも広がった。その後、日本の研究者(※1)が「日本人では、逆に、血中コレステロールが低いために血管がもろくて脳卒中になる。米国人とは異なり日本人ではコレステロールの摂取量をむしろ増やすほうがよい」ことを明らかにした。しかし「時すでに遅し」で、いったん広まってしまった「コレステロールは健康に悪い」という舶来の学説が、長い間、日本人の食卓を覆ってきた。

その後も、コレステロールに対する評価は「上がったり・下がったり」とつねに変化してきた。

ここへきて(2010年くらいから)、日本脂質学会(当時の理事長・浜崎智仁)が「日本動脈硬化学会等が示している血中LDLコレステロール(※2)基準値140mg/dlには根拠がない。コレステロール害悪説は間違いである。日本人は血中コレステロール値はもっと高いほうが健康で長生きする」ということを発表したあたりから、コレステロール論争が再発した。

しかも、日本脂質学会は「他の学会が高脂血症の基準を厳しくしているのは、薬剤メーカーなどから研究費をもらっているからだ」という意味の内容をガイドラインに盛り込んだことから、泥仕合の様相を呈してきた。

■同じデータから「まったく逆の結論」が導かれることもある

2015年3月30日(月)、東京都千代田区で行われた「毎日メディアカフェ」で、栄養疫学の専門家・東京大学医学研究科の佐々木敏教授が「病気にならない食べ方とは」という講演を行い、第三者の立場で、冷静にデータを示しながら、現時点での結論を導き出した(正確にいうと導き出す方法を示してくれた)。

米国人高齢者の「血中総コレステロール値」と「5年間での死亡率」との関係を調べた大規模研究では、血中総コレステロール値が160(mg/dl)以下の人は161以上の人よりも約1・6倍ほど死亡率が高いことがわかった。つまり、血中総コレステロール値が高いほうが長生きするということになる。

しかし、その中身(対象者)をよく見てみると、血中総コレステロール値の高い人(161以上)のグループには「比較的若い人」が多く、低い人(160以下の人)には「お年寄り」が多かったことがわかった。また、血中総コレステロール値の高い人(161以上)のグループには「女性」が多く、低い人(160以下)には「男性」が多いこともわかった。

となるとつまりは、「血中総コレステロールが高い人のほうが低い人よりも長生きする」のではなく、「比較的若い人や女性のほうが長生きする」という、当たり前に結果が出たにすぎない、ことになる。

さらに、この「グループごとの人口構成の違い」を是正して(※3)、グループごとの「平均年齢」と「男女比」を同じにして(先ほどと同じデータを用いて)、「血中総コレステロール値」と「5年間の死亡率」との関係を見てみると、161~199のグループの死亡率が最も低く、それ以下(160以下)もそれ以上(200以上)も、死亡率は高いことがわかった。

さらにさらに、対象者の中で「1年以内に死んだ人」は血中総コレステロール値とは異なる要素が原因で死んだ可能性が高いので、その人たちを除外して(やはり先ほどと同じデータを用いて)計算し直すと、「血中総コレステロール値が低い人ほど長生きする」という結論が得られた。

どうやら米国人高齢者では「血中総コレステロール値は160程度がよく、それより上は高くなればなるほど死亡率も上がる」という結論に至る。ただし、日本人には別のデータもある(※4)ので、同じことはいえず、日本人では「高いほど危ない」のではなく「高いのは危ない」となることがわかった。

まったく同じデータを用いても、何通りもの結論が出ることが、佐々木氏の解説でよくわかった。研究は結果だけを見るのではなく、過程も(過程こそが)重要だと佐々木氏はいう。

この日の講演は、最近、女子栄養大学から発行された佐々木先生の著書『栄養データはこう読む』を題材にして行われた。この本には、この原稿に登場する図表がすべて掲載されている。一般の人には少し難しいかもしれないが、栄養・健康情報を正しく理解したい人には必読の書といえるだろう。

※1 元筑波大学名誉教授・小町喜男らの研究グループ

※2 いわゆる「悪玉」と呼ばれる低密度リポタンパク中のコレステロール

※3 「交絡因子」を統計学的手法を用いて調整する

※4 著書にはこのデータも示されている

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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