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食レポーターが「旨い」「甘い」「白いご飯がほしい」「やわらかい」しか言わないのは、なぜか?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■「しょっぱい物」と「やわらかい物」も万人がおいしいと感ずる

前回の投稿では『私たち(ヒト)は、体(健康)にとって必要な栄養素を「おいしい」と感ずるように進化してきたので、本能のままに食べていれば栄養バランスを保てる』と書いた(ただし「食べすぎないこと」と「野菜不足にならないこと」を肝に銘ずれば、だが)。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20150720-00047720/

つまり多くの人は、タンパク質と糖質と脂質の3つを含んである食べ物を「おいしい」と感ずる。実はこの3つ以外にも、多くの人が「おいしい」と感ずる物が2つある。それは「食塩」と「やわらかい食べ物」だ。

食塩(中のナトリウム)は、ヒトの体液(血液や細胞液)濃度のコントロールに欠かせない。食塩が不足すると、体液がコントロールできずにヒトは生存が敵わない。食塩を絶やしてはならない。

今でこそ食塩はきわめて安価に入手できるが、かつては、食塩は海水から精製するか、あるいは昔海であった陸地の土(岩塩)を精製するかしか、手に入れることができなかった。塩はきわめて貴重な物であり、動物は「塩を見つけたら優先的に体内に取り入れる仕組み」=「食塩をおいしく感ずる能力」を身につけたに違いない。ペット(犬や猫)が飼い主をなめるのは、飼い主に対する愛情からではなく(?)飼い主の肌に付着した塩分を摂取するためだ、という身も蓋もない説を唱える人があるが、当たっていなくもなかろう。

食塩は「だれにとってもおいしく感ずる」成分である。つまり、しょっぱい物はみんなが好き、なのだ。

物質ではないが、もう一つ「万人がおいしいと感ずる」要素としてあげることができるのは「やわらかさ」である。ヒトはなぜ「やわらかい物」をおいしく感ずるように進化してきたのだろうか?

前回書いたように、ヒトの歴史は「飢餓の歴史」だ。食べ物を見つけたら(捕まえたら)他人にとられないうちにできるだけ早く自分の体内に入れてしまわなければならない。食べるのに時間がかかったら、他人(他の動物)に奪われる可能性が高くなる。

もし、含まれる栄養成分が同じで「やわらかい物」と「かたい物」があれば、やわらかい物から先に食べるほうが生存に有利である。「かたい物」つまり「食べるのに時間がかかる物」を好きな動物は、他人に食べ物を奪われる可能性が高くなる。かくしてヒトは柔らかい物を好んで食べるようになった(に違いない)。やわらかい物も、みんなが好き、ということになる。

■マヌケなレポーターの表現は4つに限られている

ヒトは「飢餓の歴史」の中で、「旨い物=タンパク質」「甘い物・脂肪の多い物=高カロリー」「しょっぱい物=食塩」「柔らかい物=早く食べられる」の4つの要素を好んで食べるように進化した。この4つを食べてさえいれば、栄養学の「え」の字も知らなくとも、最低限生存できる能力を私たちは身につけたのだ(ちなみに、ご飯・パン・麺など、炭水化物(中の糖質)は、口の中で唾液によって分解されて甘くなるので、「甘い物」に含まれる)。

つまり「おいしい物」は、「旨い」、「甘いか脂肪が多い」、「しょっぱい」、「やわらかい」のどれかに該当する。多くの人は、この要素のどれかを持っている食べ物を「おいしい」と感ずる。2つ、3つ、4つと、たくさん持っていればいるほど、その食べ物のおいしさは強力になる。人気のある外食は例外なくこれに当てはまる(はず)。

たとえば、カツ丼は豚肉・油脂・ご飯・食塩を含んでいる。最近ではやわらかい豚カツが乗っているほうが人気が高いという。牛丼、ハンバーガー、カレーライス、スパゲティ、ピザ、ラーメン、天ぷらうどん・・・多くの人が好む食べ物は、すべて「旨い」「甘い・脂肪が多い」「しょっぱい」「やわらかい」の4つ(少なくとも3つ)を持ちあわせてある。

食べ物番組や旅番組で(マヌケな)「食レポーター」がおいしさを表現する言葉は決まっている。「旨い」「甘い」「白いご飯がほしい(これは「しょっぱい」ことの別表現)」「やわらかい」の4つである(「おいしい」は論外)。この4つはだれもが感ずることなので、どんな素人でもこの表現は可能。

少なくとも「お金をもらってテレビに出ているプロ」ならば、この4つの言葉を使わずにその食べ物の「おいしさ」を表現してもらいたい。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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