「TPP交渉が決裂したのはニュージーランドのせいではない」という日本政府高官の話は信用できるのか?
■「これが最後の機会」といわれていたハワイでのTPP交渉
多くの国の関係者が「今度はまとまるだろう」と予測していた8月のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉が決裂した。日本をはじめ、TPP交渉参加国の報道機関は(ニュージーランドを除いて)いっせいに「ニュージーランドが乳製品の関税交渉を譲らなかったからだ」と伝えている。「ニュージーランドのわがままが各国の真摯な交渉を無に帰した」と。
8月25日、TPP交渉の「影の主役」ともいわれている衆議院議員・西川公也氏(自由民主党農林水産戦略調査会会長)の話を聞く機会(※)があった。「あくまでも個人的見解」という内容(の一部)をご紹介する。西川氏は、ニュージーランドが乳製品の関税に関して譲らなかったのは事実だが、それが今回の交渉決裂の主たる要因ではないとみているようだ。
ニュージーランドにとって乳製品は「主要品目」ではあるが、地球規模で見ると、そもそもそれほど大量に生産しているわけではない。ニュージーランドは、すでに、中国とFTA(自由貿易協定)を締結しており、ニュージーランドの乳製品はかなりの量が中国に輸出されている。仮に、TPP交渉がニュージーランドの思惑通りに結ばれても、日本やアメリカやカナダの酪農に壊滅的な打撃を与えるほどの影響力を持たないだろう、というのだ。
事実、ニュージーランドの交渉官は(非公式には)「ニュージーランドの酪農が商業的にやっていけるだけの成果があればよい」と表明しているらしいので、「TPP自体が決裂するほど」の要素ではないのだという。
では、何が「交渉決裂」の要因だったのだろうか。
■最終的に調印できなかったのはアメリカのせい(?)
西川氏は、ズバリ「アメリカのフロマン代表の腹が決まっていなかったことと、彼の交渉の稚拙さにある」とみている。たとえば今回の大きな障害となった案件の1つに「薬の特許期間」(とりわけバイオ医薬品のデータの保護期間)問題がある。
医薬品は開発に膨大な経費がかかる。開発した製薬会社にその特許権が与えられているのだが、一定の保護期間が経過するとその特許権がなくなり、他社でも生産が可能になる(それがいわゆる「ジェネリック医薬品」となり、庶民が入手しやすくなる)。その特許を開放する期間を何年にするかが、今回のTPP交渉の大きなテーマの1つでもあった。
大手製薬会社を抱え、莫大な利潤を独占的に得ているアメリカ合衆国は、その期間を12年として譲らず、5年を主張する開発途上国や8年がいいのではないかと主張する日本との間で火花を散らしている。フロマン代表は、代表とはいっても全権を握っているわけではないため(TPP交渉に関してはオバマ大統領でさえアメリカ議会から全権を委ねられているわけではない)、「決められない」のだという。
交渉力(対外国・対アメリカ議会)のなさを公にしたくないために、「ニュージーランドわがまま情報」を流しているのだと、西川氏は見ている。ここまではあくまでも西川氏の「個人的見解」なので、信じるかどうかは読者の判断ということになる。
■日本の酪農業をツブしてはならない
日本の酪農問題に戻る。
上のような事情が本当だとすると、乳製品の関税は「治まるところにおさまる治まる」(西川氏)ので、そう遠くない将来、安い酪農製品が日本に輸入されるようになることは間違いない。消費者にとってはありがたい話かもしれないが、ノーテンキに喜んでばかりはいられない。
西川氏の言を引用するまでもなく、2050年には地球上の人口が2000年の約1・5倍になるというのが、多くの専門家の見方だ。現在の食料生産量ではそのすべての人の胃袋は満たせないと推測されている。とりわけ、きわめて重要な動物性タンパク質(牛乳・乳製品はその代表ともいえる食品)は世界中で逼迫(ひっぱく)することが目に見えている。
一時的に安価な乳製品が入ってくるとしても、それが日本の農業(酪農業)を崩壊させてしまうようなことになってはならない。消費者としても、「安けりゃ安いほどいい」と目の前の利益だけに飛びつくのではなく、慎重に、将来を見越した消費行動を展開する時期にきているのではなかろうか。
※東京都渋谷区で開催された、農政ジャーナリストの会と食生活ジャーナリストの会共催の特別研究会。