Yahoo!ニュース

日本の畜産業界は、実は好景気? それとも、イキイキしているのは「女子」だけ?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■ときめいて、女子力アップ!

読者の皆さんは日本の畜産業に対して、どのような印象をお持ちだろうか? 「いつも生命と接する貴重な仕事」「大自然の中でできる夢のある仕事」「生存に欠かせない食料を生産する意味のある仕事」等々のプラスイメージを持つ人も少なくないだろう。

一方で、イヤイヤ現実的にはそんな甘い仕事ではない。「24時間営業で寝る時間がない」「後継者が見つからず廃業に追い込まれている」「販売価格が上がらない割には輸入のエサ代が高騰して経営が大変」「おまけにTPPの交渉次第では輸入畜産品に押されて潰れるところが多い」等々のマイナスイメージも、このところかなり定着してきたのではなかろうか。

日本人の食べ物を確保するために、畜産・酪農業界には多大な国の支援が必要だ、という論調も目立つ。かくいう筆者も、先週のこのコラムの最後ではそういう主旨の発言をした(下記)。本当のところはどうなのだろうか。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20150826-00048864/

8月27日、東京都中野区で「全国畜産縦断いきいきネットワーク 平成27年度大会」が開催された。少し説明が必要かもしれない。「縦断」というのは地理的な「日本縦断」という意味ではなく、業界用語でいう「畜種」つまりウシ・ブタ・ニワトリ、さらには乳・乳製品、鶏卵などすべての業界を縦断するという意味(普通こういうときには「横断」という言葉を使うが・・・)。きわめて珍しいネットワークだ。

そして、今年度のテーマは「ときめいて 女子力アップ!」。追加説明をすると、このネットワークの会員は女性に限定されている。畜産に従事する女性の会なのだ。ここに参集した「女子」たちは、下記のような諸問題に対して、このネットワークを通じて情報を交換し、問題を共有しながら前に進もうとしている。

■男性とはまた異なる「女性の能力」を活用

畜産に限らず、今はすべての産業で「女性労働力」に熱い視線が注がれている。しかし、その多くの場合、「女性の能力を真に認めて活用する」ということではなく、単純に「低賃金の労働力」あるいは、いつでも辞めさせられる「調節可能な労働力」として利用しようとしていることが少なくない。

しかし、畜産業界では事情が異なるようだ。性差を助長することになったらお詫びするが、女性の労働力を「男性とは質の異なる労働力」と位置づけて活用している(「活用できつつある」というほうが正確か)。具体的には「生き物を育てることが重要な業務」である畜産業では、他の業界に比べて、女性の能力がかなり威力を発揮する。あるいは、いま業界にとって「最も」重要な課題といっても過言ではない「後継者を生み・育てる」ことに関しては、断然、女性が優位に立つ。

また(ここからは畜産女子に限ったことではないが)卓越したコミュニケーション力をいかんなく発揮して、男性とは異なる成果を生み出す。女性は、それによって得られた成果を「競争」のために使うのではなく「共存」のために使うことに長けている。あるいは、商売の対象を「お客さん」として捉えるのではなく、まずは「友達」になり、友達に商品を気に入ってもらってそれを買ってもらう、という発想など、男性とは異なるアプローチが得意のようだ(この評価には筆者の偏見が入っているかもしれない)。

■「順調な一部の人たち」のネットワーク(?)

今回の大会を取材して「女子力」の力強さに驚かされたのだが、気になった点もいくつかある。

最初は「女子」という言葉。ここでは「女の子」という意味ではない。誤解をおそれずにいえば「男性ではない人たち」となろうか。女子というには、参集者の平均年齢が高い。わざわざセクハラ発言をしたのではなく、たしかに、ここに集まっている女性たちはたしかに元気がいいが、「ここでもやはり後継者が育っていないのではないか」という懸念を抱いた。

そして次には、「とっても元気」というこの大会の取材印象が、畜産界全体を代表しているのかどうか、という懸念がある。これに関しては、農林水産省官僚として40年近く畜産界を見続けてきた原田英男氏(現在は農水省顧問)は次のように分析している。

「どの業界でもだいたいそうだと思いますが、畜産界でも1/3は順調で、1/3はなんとかやっている、1/3はもうやっていけない、という状態でしょう。そして、ここに参加しているのは順調な1/3の農家を代表する女性たちだといえます。官僚や関連組織の代表は一番下の1/3の農家をなんとかしたいと考えて『厳しい発言』をせざるをえないと思いますが、ここに来るとおわかりのとおり、いま畜産業界はそれほど悪くはないのだと思います」

■「後継者問題」の解決には新しい知恵が必要

もう一つの懸念は後継者問題。上のコメントからもわかるとおり、この大会に参加している畜産農家では、後継者問題をクリアしているところが多いが、全体的にはやはり深刻だといわざるをえないだろう。また、クリアしている農家でもその多くは息子(とその嫁)か娘(とその婿)があとを継いでいる。

これも他の業界でも同じだと思うが、「あとを継ぐのは自分の子どもだけ」という条件下で「後継者が見つからない」というのは当然といえば当然といえるだろう。欧米のように第三者が後継者になれるようなシステム(考え方)が浸透しないと、この問題は解決しないのではないだろうか。

長年畜産業界を取材し続けてきたジャーナリストのT氏は

「長い日本の畜産の歴史の中で、いまはかなりよい状況だと感じます。商品の価格はけっこう高いし、様々な工夫で飼料代も安く抑えられるようになってきた。もうそろそろ農家をたたもうと考えている人たちを除けば、景気は上向きでしょう。こういうときに、将来を考えた投資をし、女性の労働力もしっかりと活用して、効率的で近代的な経営を構築できる農家だけが生き残るのでしょう。過去の同様な時期に、そういうことをしてきた人たちが、いま、ここに参集しているのだと思います」

そういう意味では、この大会が盛会になるということが、畜産界隆盛の1つのバロメーターなのかもしれない。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事