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「健康な食事」の不健康な「普及」の仕方

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■農水族センセイたちの横やり(?)

4月9日と4月12日のこの「日記」で、厚生労働省の『日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方検討会』のレポートをした。「健康な食事とは状態である」という画期的な定義でスタートした検討会であったが、最終的にはコンビニ弁当にマークを付けるという陳腐な結果に落ちついた。

この『日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会』は、時間もお金もタップリ(?)かけて、平成26年10月に「報告書(案)」ができあがった。これを公にして、パブリックコメントも収集し、イザ正式に発表か、という段階で、なぜかストップがかかったのだ。

一説によると『コンビニ等で販売するお弁当の主食が白飯だと、栄養バランスが基準を満たさないので「健康な食事マーク」がつけられない』というところに、農水族のセンセイたちが噛みついたのだという。私個人としては、コンビニ弁当に「健康な食事マーク」をつけるという、安易で陳腐な結論には賛成できなかったので、結果的にはそのほうがよかったのだが、農水族センセイたちの横やりでいきなりストップしてしまうというのは、いかがなものか。

もちろん、正式にこのような発表があったわけではないので、あくまでもウワサである。真偽のほどを確かめようと、厚生労働省のがん対策・健康増進課栄養指導室に電話して(平成27年9月1日)確かめると、「報告書をお示しして広くご意見を求めたところ、かならずしも充分な検討が行われたとはいえないというご意見もあったので、現在調整中」なのだという。「再び検討会が招集されたり、『健康な食事のあり方そのもの』が練り直されたりするのか?」という問いに対しても「その点も含めて調整中です」と要領を得ない(複雑な事情があるとしか、思えない・・・)。

■検討会の「報告」と「普及」の間には決定的な違いがある

おりしも、9月24日~26日に、福岡市で開催された日本栄養改善学会学術総会で「健康な食事の連携と展開」という「特別リレー講演」があり、「健康な食事のあり方検討委員会」の担当者責任者である河野美穂氏(厚生労働省がん対策・健康増進課栄養指導室室長)の話しを聞くことができた。河野氏は、約2年かけて検討をしてきた「健康な食事のあり方」を9月9日にとりまとめ、リーフレットも作成する運びとなった旨を報告をした。

9月のアタマには「何も決まっていなかった」のに「9月9日にはリーフレットを作成する運び」にまで一挙に進展したわけだ。(それはいいとして)さっそく厚生労働省のホームページを開いてみると、平成27年9月9日づけで「日本人の長寿を支える健康な食事の普及について」が公表されていた。(下記)

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000096730.html

膨大な報告書で、ざっと読むと平成26年10月16日に公開された「日本人の長寿を支える健康な食事のあり方に関する検討会 報告書」(下記)とほとんど同じように見えるのだが、詳細に比較してみると「微妙な表現ではあるが、決定的な違い」が見つかった。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000059931.html

「決定的な違い」が見つかったのは、この制度の「目玉」である「健康な食事マーク」をつけることができる基準(目安)の部分。たとえばコンビニなどで販売する弁当に「健康な食事マーク」をつけることができる基準(目安)を「主食」「主菜」「副菜」の各項目ごとに示してある。ここでは「主食」の項目を取り上げて、平成26年(10月)の「報告(A)」と平成27年(9月)の「普及(B)」の両者を比較してみる(「普及」のほうは「一般女性や中央年男性で、生活習慣病の予防に取り組みたい人向け」を示す)。

●主食

A:「報告」

精製度の低い米や麦等の穀物を利用した主食。

なお、炭水化物は40~70gであること。精製度の低い穀類は2割程度であること。ただし精製度の低い穀類の割合が多い場合は、1日1食程度の摂取にとどめることに留意する。

B:「普及」

穀物由来の炭水化物は40~70g。

■「何となく白米のほうがよさそうだ」というレベルの検討結果ではなかったはず

一目瞭然だと思うが、「主食」のAとBを比較すると、「報告」にはあった「精製度の低い米や麦」という言葉がなくなっていることに気がつく。つまり「報告」では「主食は白米だけの場合はマークがつけられなかった」のだが「普及」では「主食が白米だけでも(他の条件を満たせば)マークがつけられる」ようになっている。

まさしく、冒頭に書いた「農水族のセンセイたちからの横やり」だろうという根拠にあたる箇所である。「精製度の低い穀類はどうせ2割程度しか入らないのだから、そんなことどうでもいいだろう」という問題ではない。

日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方検討会は、大勢の専門家が1年半にもわたって何度も検討を重ねてきた。どのような食事が健康にいいかを、多くの文献に当たって科学的根拠を示し、議論を重ねてまとめ上げた。精製度の低い穀類を2割程度入れる点に関しても、そのエビデンス(科学的証拠)が示されてある。「何となく白米のほうが健康によさそうだ」というレベルではないのだ。

また、主食に関しても「栄養的に優れていればそれでいい」というレベルでもない。おいしさはどうか、日本人の食習慣としてなじむか等々も、検討会の中ではたびたび議論し、苦労の末に結論を導き出してある。

もし、「報告」にあるように「主食は白米でもOK」というのであれば、それなりの科学的根拠を示さなければならないし、検討会のメンバーを揃えて議論しなければならないはずだ。まさか「事務局の独断」ではないと思うが、もしそうだとしたら、検討会のメンバーにもそして国民にも失礼なことこの上ない。

厚生労働省は、この点を明らかにする必要がある。

(実は「決定的な違い」はもう1つあるのだが、それは別の機会に譲る。)

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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