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野菜は「機能性成分」の追求に進むのか?やるべきことはそれ以外にもたくさんある。

佐藤達夫食生活ジャーナリスト

■野菜の機能性の研究がトレンドのようだが・・・・

野菜のおいしさの三大要素は、種(タネ)・土・技術(育て方)といわれている。そのうち、最も基本になるのはタネだろうか。果物の場合はいったん木が育ってしまえば、あとは土(肥料?)と育て方で、ナントカ収穫は可能だ。しかし、野菜は毎年タネを植えなければならないので、いくら土と育て方が優れていても、タネがなくては収穫できない。

11月12日、滋賀県湖南市にあるタキイ種苗株式会社(本社:京都市)の研究農場を見学する機会を得た。タキイ種苗は今年で創業180周年を迎え(よく考えると創業180周年という企業はそんなに多くはなく、これはこれでスゴイこと?)、「ファイトリッチ」という新シリーズを発表した。

ファイトリッチというのは、同社が長年培ってきた伝統的育種技術に、いま流行りの(?)機能性成分をプラスした新しいタネだ。植物を表すphytoと、「闘う」を意味するfightという2つの意味を兼ね備えているらしい(ダジャレかよ!)。

ファイトリッチのいくつかを紹介すると、ケルセチンという成分を通常の2倍近く含むタマネギ〈ケルたま〉、カロテンを豊富に含むニンジン〈オランジェ〉、リコピンを従来の2倍近く含むトマト〈フルティカ〉と〈千果〉、アントシアニンを通常の10倍近く含むミズナ〈紅法師〉、カロテンが豊富でかつ子供が苦手なポリフェノールを極力抑えたピーマン〈こどもピーマン・ピー太郎〉等々(名称は商品名)。

いすれも自信作のようで、消費者の期待も大きいようだ。しかし肝心なことは、研究農場長の加屋隆士氏が「これらには機能性成分が従来の野菜よりもふんだんに含まれていることは事実ですが、これを食べたからといって健康効果があるかどうかは別の問題です。それは、ヒトを対象とした多くの研究の積み重ねによって、これから確認していかなければなりません」と解説していたとおり、私たちも冷静に受け止めなければならないだろう。

同社の「ファイトリッチの提案」のなかで、気になる部分もあった。それは、日本人の野菜摂取量の減少を受けて、野菜に含まれる栄養素不足を補うために(であろうが)、「量」から「質」へのシフトを考えていることであった。野菜摂取の栄養的特徴には「量をたくさんとる」ことも含まれるはず。量が減少すると、たとえば「咀嚼行為が減る」こと、あるいは「食物繊維の摂取量が減る」ことなど、栄養的デメリットも生じてくる。

ぜひ「量」の摂取も減ることのないように考慮していただきたい。

■「作りやすい野菜」は消費者にとっても重要なこと

今後、タキイ種苗はこちらの方向=野菜の機能性成分追求に進むのだろうかというと、必ずしもそうではなさそうだ。初田和雄代表の「2050年には世界の人口は90億人を超すと予測されている。そのすべてに人に食料が行き渡るかどうかが最大の課題です。また、日本農業の現状は『高齢者が作って高齢者が食べる』という状況です。これにどう応えるかを真剣に考えなければならないでしょう」との言葉にそのヒントがある。

野菜(のタネ)の改良は機能性成分だけではなく、収量の多さ、安定性、耐病性、収穫のしやすさ等々、様々な分野で行われている。

たとえば根をシッカリと張って倒れにくくしたトマト、うどんこ病・褐斑病・ウイルス病など多くの耐病性を備えたキュウリ、やや背を高くして機械収穫を効率的にしたキャベツ、葉の部分を持って(機械で)引き抜くときに葉だけがちぎれてしまわないように丈夫にしたニンジン、種まき期と収穫期を様々にずらして時季外れでも収穫できるようにしたハクサイやブロッコリー、葉の形状を変形させて包丁で切ったときに同じような大きさのモノがたくさん揃うようにしたレタス、上部の緑の部分がばらけないようにしたネギなどなど・・・・。

(主として)生産者にとって「かゆいところに手が届く」と同時に「効率よく商品になる」技術が次々と研究され、実現している。農業は「職業」なので(当たり前だが)、経営的に成り立っていかなければならない。「タネ屋さんは、生産者のほうばかり見て、消費者が視野に入ってない」という意見を聞いたことがあるが、たとえそれが事実であっても、必ずしも非難されることだとは思えない。

生産者にとって「作りやすい野菜」は、農業従事者の高齢化や後継者不足を補う画期的な技術である。農地のけっして広くない日本で、充分な量の野菜を安定的に供給するためにも必要だ。大ベテランではなく、新規に参入する農業従事者にとっても「作りやすい野菜」なら、ハードルが低くなろう(参入してから自分で努力して、よりよい野菜を作っていけばいい)。

最後に、今後の課題を1つお示ししたい。初田氏の説明の中に「日本の野菜の自給率は重量ベースで約80パーセント。家庭で消費する野菜に限れば自給率はほぼ100パーセントなので安心してほしい」との発言があった。しかし、現在「野菜生産用のタネそのもの」はほぼ100パーセント近くを外国で生産しているはず。この状況下で「野菜の自給率約100パーセント」と捉えるのは、誤解を生じかねないのではないか、と感じたしだいである。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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