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「加工肉はヒトに対して発ガン性がある」Vs「日本人はそれほど気にしなくてもいい」どっち?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■食品安全委員会が(珍しく)素早い反応

10月26日にかなり派手に新聞報道があったのでご存知のかたも多いだろうが、IARC(国際がん研究機関)が、加工肉は「ヒトに対して発ガン性がある」という分類に入るし、レッドミートは「ヒトに対しておそらく発ガン性がある」という分類に入る、ということを発表した。加工肉というのは、簡単にいうとハム・ソーセージ類で、レッドミートというのは、これも簡単にいうと、ウシとブタとヒツジの肉と考えて差し支えない。

「牛肉や豚肉や羊肉やハム・ソーセージを食べるとガンになる」確率が高まった、ということだと大問題だ。

これに対して、日本の食品安全委員会は翌27日、Facebook上に「この情報の見方には注意が必要」という内容のコメントを投稿した。慎重な食品安全委員会にしては、異例の素早い対応であった。さらに1ヶ月後の11月30日にはより詳細な解説も発表している。

http://www.fsc.go.jp/fscj_message_20151130.html

国立がん研究センターも10月29日付けで、IARC報告の概要を解説した上で、「今回の結果を踏まえて以後どのように公衆衛生上の目標を定めるかは、各国の赤肉などの摂取状況とその摂取量範囲でのリスクの大きさに基づいた“リスク評価“、さらには、がんや他の疾患への影響などを踏まえて行われるべきものです。」と冷静で科学的な対応を求めている。

http://www.ncc.go.jp/jp/information/20151029.html

農林水産省も12月1日には、「IARCの報告はがんのリスクを減らすために加工肉の摂取を適量にすることを奨励したものであり、加工肉を一切食べないよう求めるものではないということを、世界保健機関(WHO)が3日後には発表した」ということを、農林水産省のホームページ上に公開した。

http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/hazard_chem/wadai.html

■研究の質と量が「確かである」ことを示している

加工肉やレッドミートの発ガン性に関しては、すでに多くのコメントが寄せられているし、上に紹介したホームページでもかなり詳しい解説が掲載されているので、そちらをご覧いただくことにして、ここでは何度聞いても理解しがたい、IARCの「グループ分け」について考えてみた。

IARCは多くの物質等を発ガンとの関係において以下の5つのグループに分類している。

・グループ1:「ヒトに対して発がん性がある」

・グループ2A:「ヒトに対しておそらく発がん性がある」

・グループ2B:「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」

・グループ3:「ヒトに対する発がん性について分類できない」

・グループ4:「ヒトに対しておそらく発がん性はない」

一般的には、グループ2よりもグループ1に分類されるモノのほうが「発ガン性が強い」と考えがちだが、どうもそうではないらしいのだ。この分類は「発ガン性の強さ」を表しているものではない。ガンに関する研究(実験や調査)のたしかさ(質や量)を表しているのだそうだ。

たとえば喫煙はグループ1に分類されるのだが、「喫煙が発ガンと深く関係している」という意味ではなく、「喫煙をするとガンになりやすい」という(信頼できる)研究がたくさん存在する、ということを表している。言い換えれば「科学的根拠のたしかさ」で分類したものである。今回の例でいえば、加工肉と発ガン性の因果関係を示す「信頼できる研究」がかなりたくさんある、ということになる。

レッドミートがグループ2Aに分類されたということは、レッドミートと発ガン性の因果関係を示す「信頼できる研究」がけっこうたくさんある、でも加工肉に関するものよりは少ない、ということになる。

では現実的に「私たち日本人は、加工肉やレッドミートを食べるとどのくらいガンになりやすいのか」についてはどのように判断すればいいのだろうか? それは、上に紹介した日本の食品安全委員会や国立がん研究センターが言及しているように、その人がどのくらいの頻度で・どのくらいの量の肉類を摂取するかによって異なってくる、ということになる。

個人個人でかなり異なってくるわけだが、「平均値」で考えれば、日本人の肉類摂取量は欧米人に比べてそれほど多くはないので、今回のIARCの発表を気にして加工肉やレッドミートの摂取量を減らす必要はなさそうだ(食塩の過剰摂取など、それよりも気をつけなければならないことがたくさんある)。

■発ガンと関係が深いのは「肉をたくさん食べる消費行動」

今回のIARCの発表に関して、もう一つ「勘違い」されて受け取られていることがある。それは、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と評価されたレッドミートは、正確にいうと consumption of redmeet なのだ。つまり、レッドミートそのものの発ガン性を論じているわけではなく、「レッドミートの消費」が発ガン性と関連があるということになる。

「レッドミートをたくさん食べるような消費行動あるいはレッドミートをたくさん食べるような食習慣がガンの発生と関係する、という研究が多い」ことになる。これには、もちろんレッドミートそのものの発ガン性が関係するのだろうが、それだけではなく、もしかしたら「野菜をたくさんは食べない」という消費行動が含まれているかもしれない。あるいは「魚の消費量が少ない」という消費行動が含まれているかもしれない。そして、それらのことのほうが発ガン性と深く結びついているのかもしれない、という可能性までをも考慮しなくてはならないだろう。

今回のIARCの発表を「肉には発ガン性がある」というように単純にとらえるのではなく、慎重にそして柔軟に考えるべきだ。日本人のように、それほどレッドミートの摂取量が多くない人では、肉の消費量を減らすことはガン予防にそれほど効果的ではない(他にもっと気をつけることがある)と理解すべきであろう。

短絡的な判断をして、間違った食生活を送ること(そのために逆に発ガンリスクを高めるようなこと)のないように、上に紹介した、食品安全委員会、国立がん研究センター、農林水産省のホームページにも、ぜひ目を通していただきたい。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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