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加工食品の原料原産地が「輸入または国産」という表示から消費者が読み取るホンネ

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■ある時期を境に会議のムードが一変

平成28年1月から開催されてきた「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」(座長:森光康次郎・お茶の水女子大学大学院教授)が、11月2日の第10回検討会で“大詰め”を迎えた(というよりも実質上の“審議終了”)。事務局から、これまでの審議内容を踏まえた「中間とりまとめ(案)」が提出され、約2時間半の最終審議を経て“座長一任”となった。最終案には若干の修正が入るかもしれないが、ほぼ下記の【資料1-1】通りになるであろう。

http://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/other/pdf/161102_shiryou.pdf

その内容に関しては、すでにアチコチで取り上げられているし、消費者庁のホームページ(上記)でも見られるので、ここでの紹介は控える。ここでは、第1回から何度も検討会を傍聴した者として、いくつかの問題点を指摘しておきたい。

そもそも基本的には、消費者には「自分たちが食べている食品が、どこで、どうやって、何を原料にして、だれが作ったのか」などを知る権利がある。この検討会でも、原料原産地表示の目的として「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために、消費者への正確な情報提供を行うもの」であることを明記してある。これはきわめて重要な「原点」であり、けっして忘れてはならないポイントだ。さらに続けて「表示により安全を担保するものではない」ということも、わざわざ断ってある。

さて、この検討会も当初はこの「原点」を最大のよりどころにして会議が進められた。しかし、消費者・生産者・流通事業者・学識経験者等々、立場(利害関係)がまったく異なる委員たちの意見がまとまらず、会議がなかなか前に進まない。平成27年3月24日に閣議決定された「消費者基本計画」においては「原料原産地表示について・・・・拡大に向けた検討を行う」となっている。とはいえ、このような検討会は「前に進む」ことが目的ではないので、これはこれで会議の意味がある。

ところが、ある時から会議の雰囲気が一変した(と私には感ぜられた)。それは、平成28年6月2日に閣議決定された「日本再興戦略2016」において「・・・・原料原産地表示について、全て(太字筆者)の加工食品への導入に向け、・・・・」という方針が定まったときからである。ここから先、座長と事務局は「すべて」「義務づける」の2つ“ありき”で検討会を進行させた。ただし、座長は検討会終了後の記者会見で「検討会の進行に当たっては日本再興戦略の結論やTPP問題を意識したことは一度もない」と明言したのだが、座長は「すべて」と「義務づける」を「主語」と「述語」と表現し、「少なくとも主語を変更することはない」という立場を貫いた。

■不思議なほどわかりにくい「例外」が認められた

食品加工事業者や流通業者からは、すべての加工食品に「原料原産地」を表示することは「とうてい無理」だと、何度も説明があった。このこと(「すべて」は無理)は検討会委員の多くが納得したはず。しかしながら、座長(と事務局)は検討会のとりまとめ案から「すべての」という文言を外すことは一考だにしなくなった。会議の中では「主語(=すべて)を白紙に戻すという議論はしない。それをするというのであれば私は座長を降りる覚悟であるしこの会議は解散するつもりだ」という発言までした。

かといって「物理的に無理」という事業者の事情を無視するわけにはいかないので、その後の検討会ではすべてに表示するためにはどのような表示法を許容すればいいのか、という「例外論」に終始することになった。新聞報道などではこの例外だけが「わかりにくい例」として強調されたキライがある。

たとえば、11月8日の全国紙A新聞生活欄では『「輸入または国産」って、どっち?』という大きな見出しの元で、次のような例が紹介されてある。

・しょうゆの「可能性表示」例 原材料名:大豆(アメリカまたはカナダまたは国産)

・ケチャップの「大くくり表示」例 原材料名:トマト(輸入)

・食パンの「製造地表示」例 原材料名:小麦粉(国内製造)

・ソーセージの「可能性表示」+「大くくり表示」例 原材料名:豚肉(輸入または国産)

いずれの例も(たとえ「例外」とはいえ)「加工食品の原料の原産地が何という国なのか」を知りたいという消費者の要求に、見事なまでに応えてない。そのため一部の消費者側委員からは「これではこの制度の意味がない。原料の原産地を知りたいという消費者の真意を生かすためには、やはり、一度『すべて』を白紙に戻すべきではないか」という発言があったのだが、受け入れられなかった。

■ある特定の国を避けるための表示制度なの?

一方で、他の消費者側委員から「きわめてわかりにくく不満ではあるが、これでも以前よりは進歩しているので、この『例外表示』をも含めて、受け入れたい」という発言もあった。加えて、生産者側委員のほとんどは、原料の原産地が明らかにはならなくても「すべての加工食品に義務づける」ことに大きな意味があるとして中間とりまとめ(案)に賛意を表明した。「表示方法」に例外を設けることは承知しても、「すべてに義務づける」ということに例外を設けることには強く反対したのだ。

この意味について考えてみたい。筆者は「上記のような例外を認めてしまうと、原料の原産地を知りたいという消費者の要求に応えることにはならない」と思うのだが、消費者の一部と生産者は、上記のような例外を認めても「すべてに義務づける」ほうを選択した。いったい、消費者と生産者にとってこの中間とりまとめ(案)はどのようなメリット(あるいはデメリット)があるのだろうか?

・可能性表示 原材料名:大豆(アメリカまたはカナダまたは国産)

これでは大豆の原産地がどこなのかはわからない。今回の改正の目的であるところの「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために、消費者への正確な情報提供を行うもの」に合致しないのではないだろうか。にもかかわらず、この例外が認められたからには何か意味があるに違いない。「この例外表示からわかること」というのは何だろうか?

この表示があっても、原料原産地が「どこの国であるか」はわからないが「ある特定の国ではないこと」だけはわかる。それはたとえば中国である。批判を承知で言おう。これを容認した消費者は「どこの国の産物なのか」を知りたいのではなく「中国産でないこと」を知りたいのではなかろうか。これは食品表示法の理念に叶っているのだろうか?

・大くくり表示 原材料名:トマト(輸入)

この例外表示でも「産地がどこであるか」はわからない。しかしこの例外表示で、消費者は、この加工食品の原料原産地が「国産ではないこと」だけはわかる。この表示がしてある食品を避ける消費者が増えれば、自動的に国内産農産物の消費が増えることとなる。このように、食品表示によって「国内産農産物の消費拡大」を促すことはこの法律の趣旨として正しいのだろうか。仮にこのことが「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために、消費者への正確な情報提供を行うもの」に合致したとしても、目的が国内産農産物振興であるのであれば、非関税障壁としてWTOから訴えられるようなことにはならないのか。

そもそもそれは消費者庁の管轄なのか。それは農林水産省がやればいいことなのではないか。

・製造地表示 原材料名:小麦粉(国内製造)

これは“なにをかいわんや”で「例外」どころかもう「原料原産地表示」ではない。「製造地」の表示である。この表示で消費者がわかることは2つ。「原料はどこ産の物だかはわからないが製造が国内である」ということと、「少なくとも中国で製造された食品ではないこと」の2つだ。これを知らしめることは、くどいようだが「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために、消費者への正確な情報提供を行うもの」という目的に合致することなのであろうか。

・可能性表示+大くくり表示 原材料名:豚肉(輸入または国産)

これはまるでコントのような表示だ。世の中の加工食品で、原料の原産地が「輸入または国産ではない物」があったら教えてほしい。まさに「もう何でもOK」の表示である。このような「例外」を認めなければ成立しないほど、この法律には無理がある。

しかし、ここにも「意外な要素」が潜んでいる。それは「豚肉(国産)」という表示がしてある加工食品と比較してみると、問題点が浮かび上がってくる。「豚肉(国産)」という表示の加工食品には外国産(たとえば中国産)の原料が使われていないということが消費者に伝わる。やはり、国内産農産物消費拡大に貢献することになるのだろう。

■食品表示法を国産農産物振興に利用すべきではない

ここまでクドクドと説明したのは、これらの「例外」が「加工食品の原料原産地を知らしめる」という法律の趣旨にあまりにも反しているのではないかと疑念を抱くからだ。それをたどっていくと、一部の消費者と生産者の真意(本音といい換えてもいい)が2つ見えてくる。

一部の消費者が「原料原産地がどこであるかがわからない例外」を認めてまでも知りたかったことというのは「その加工食品の原料の原産地あるいは製造地が中国ではないこと」だったのではあるまいか。消費者(の一部)が、安心のために、自分の口に入る食品が中国産であるかないかを知りたいという心情は理解できなくもない。しかし、冒頭にも紹介したが、加工食品の原料原産地表示の目的には「表示により安全を担保するものではない」ということが明記してある。

事業者が一部の消費者のニーズに応えるのであれば(じつはこれも検討会の中で何度も議論されたことだが)ホームページなどで明らかにすればすむことだ。義務づけることによって、事業者には多大な負担を強いることになるし、それは価格に反映されるなど、すべての消費者にはね返ってくる。違反をすると大きな罰則を伴う法律で義務づけることではなかろう。

もう1つは、生産者の本音はこの表示制度を利用して国産農産物の振興を図ろうとしている点にあること。私は、農産物に限らず国産食品の振興を強く願っているし、応援もしている。しかし、食品表示法を利用してその目的を果たそうとすることは道理にかなわないと考える。検討会は、終始、そういう雰囲気の中で行なわれていた。関係者は「そのようなことは考えてはない」というであろうし、表だってそのような発言はあまり多くはなかった(ときどきそのような発言があると、さすがに、制する人がいた)。

しかし、このこと(原料原産地を明らかにすることによって国産農産物の振興を図る)は多くの委員の中では「暗黙の了解」であったように感ずる。これは私だけの感想ではなく、検討会を傍聴した多くの人に共通していたと推察する。たとえば前述したA新聞は『「輸入または国産」って、どっち?』という記事の冒頭で次のように書いてある。

--国産作物の消費を促すことなどを目的に、国内で製造されるすべての加工食品に、主な原材料の原産国を表示するルール案がまとまりました。--

これは明らかに食品表示法の趣旨からは大きく外れている。

この2つの本音が根底にあり、その本音と建て前を使い分ける中で検討会が行なわれたために、なかなか前に進まなかった。挙げ句の果てに、事務局と座長の強引な裁量で「とんでもない例外」を認めることになったのではないだろうか。まもなく中間とりまとめ(案)は公表され、パブリックコメントの募集となる。食品表示法の改訂が「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために、消費者への正確な情報提供を行うもの」という、本来の目的にかなう内容になるよう、消費者は声を上げるべきではなかろうか。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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