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憶測で性犯罪被害者を責めるのはやめるべきである―高畑裕太さん弁護士声明後

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージであり、現実の事件には関係ありません(写真:アフロ)

強姦致傷容疑で逮捕されていた俳優・高畑裕太さんが不起訴処分となった際に、出された弁護士の声明について記事をださせていただいた(高畑裕太さん釈放後の弁護士コメントは、被害者女性を傷つけてはいないか?)。記事は弁護士の声明文が主張していることを分析させていただいたのだが、皆さんからのコメント、反応をいただいて、改めて考えてみた。

まず指摘したいのは、加害者と被害者との非対称性である。性犯罪はほかの犯罪とは異なり、加害者だけではなく、被害者のほうが責められるという、冷静に考えれば不思議な傾向がある。声明文を出すことは、女性も同意していたに決まっているという声もあったが、本当だろうか。「このような声明文を出します」ときちんとした文言を提示されて示談を求められれば、私であったら同意しない。実際、あの声明文以降、被害自体が存在しないのではないかという声が、多々見られるようになったからである。

男性側が、司法の場を通さずに自分の弁護をする機会を与えられたのに比べて、女性にはその機会がない。今後もないだろう。被害者が示談に応じたのは、おそらく自分のプライバシーを守りたいという気持ちも大きく寄与しているだろうと推察されるからである。またおそらく示談の内容に、今後口外しないという条項が含まれているだろう。

男性が依頼した弁護士事務所は、有名な事務所のようだ。それにくらべれば、群馬のビジネスホテルで深夜にひとりで夜勤をしなければいけない女性は、失礼ながら社会的な強者であるとは推察しにくい。仮に男性側にも言い分があったとしても、女性の名誉を傷つけるかたちでなされていいのだろうか。いったん示談さえ成立すれば、加害者は被害を否定できるかのような印象を与えた声明文をみて、今後おこる事件で示談を提示される被害者たちは、少なくとも躊躇するだろうと思われた。また女性があの声明文を拒否できなかったとしたら、それも弱い立場の表れのようにも思われる。

もちろん報道自体が、警察を通してしかなされておらず、どこまで正確なのかはわからない。どのような犯罪であれ、かなりの情報の加工がされていたり、見込み捜査が行われていることがあるのも事実である。例えば「性欲が抑えきれなかった」というフレーズは、男性側のそのままの言葉だとは、私にはあまり思われない。よくある警察のフレーズだからである。男性がいった別の言葉を、警察側がそう解釈したのだろうと思われる。もちろんこれも、憶測にすぎないけれども。

ただお母さんの高畑淳子さんが、息子は「申し訳ない」といって泣きじゃくっていたとおっしゃっていた会見をみて、この事件が仕組まれた美人局だとか、まったくの無罪であると主張するには、少し無理があるのではないかと思われた。美人局だという主張の根拠は、女性が知人に相談し、知人を通じて警察に通報がいったからだという。自分自身を被害者の立場に置き換えてもらいたいが、思いもかけない犯罪に突然深夜に巻き込まれた場合、自分一人で判断し、警察に電話できるひとはどれくらいいるのだろうか。少なからぬ性犯罪の被害者は、混乱し、誰にも言えず、気持ちの整理をなんとかつけて、やっとのことで遅れて被害を届けるというプロセスを経ている。不思議でも何でもない(ちなみに、性暴力被害者をサポートするNPOもある。覚えておいてほしい)。知人に相談したから美人局だというような批判は、今後性犯罪にあった被害者を、さらに打ちのめす可能性があることを危惧する。

強姦を判定するのは、とても難しい。基本的には、二人きりの密室でおこなわれる犯罪だからである。本来は、性交渉の同意がどこで行われたかを加害者とされた側が証明するのが筋である。しかし現行では、被害者になった側がいかに拒否し抵抗したのかを、実証的に証明しなければならないのが実情である。

イスラム法では、強姦を立証するためには、実行犯による自白か、少なくとも成人男性4人の証言が必要だとされる。密室や集団での犯行に証人を見つけるのは困難で、自白を期待できるわけもなく、被害者が告訴しても婚外の性行為だけが立証され、罰を受ける例も多いというドバイでレイプ被害を訴えたノルウェー人女性 逆に婚外性交渉で有罪に イスラム法では当然?!産経ニュース)。実際に、被害者女性に死刑が執行された事例もある。

そんな馬鹿なと思うかもしれない。しかしいま私たちが求めているのは、それに近いことではないか。真実はわからないというのであれば、少なくとも被害や被害者にかんする憶測、憶測に基づく非難はやめるべきではないだろうか。それはもちろん、憶測にもとづいて加害者を一方的に罵倒してもよいということも意味しないと私は思う。

【追記】 タイトルを「憶測で性犯罪被害者を責めるのはやめるべきである―高畑裕太さんの事件」から「憶測で性犯罪被害者を責めるのはやめるべきである―高畑裕太さん弁護士声明後」に変更しました(2016年9月13日8時23分)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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