Yahoo!ニュース

親に会いたくない子を更生施設に入れるアメリカ、離婚に何年もかかるヨーロッパ

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

今年の6月9日のフジテレビ・とくダネ!で、法廷で暴言を吐いたアメリカの家庭裁判所の裁判官が、暴言で訴えられた事件を取りあげている。離婚後の父親への面会交流を拒否する当時13歳の長男が、裁判所で母親への暴力を理由に会いたくないと拒否したことに対して激高。「IQが低い」「本当に反抗的で礼儀知らず」と罵ったことを母親が訴えたというものだ。裁判官は9歳の娘を泣き出させ、「努力する」と言わせるのには成功したが、父親と一緒にランチを食べろと命令したことに「嫌」と言ったことに腹を立て、「あなたたちは母親に洗脳されているのがわからないの? 命令に従わないので、法廷を侮辱した罪で、厚生施設行きを命じます」と子どもたちを2週間施設にぶち込んだ。その結果「マインドコントロール」が解け、子どもは父親と会うことになったと肯定的に報じるアメリカ人の記者が出てきている*1。

この映像自体は、「虚偽DV」や「片親疎外」といった概念に依拠して、離婚しても子どもの健全育成のために両親の交流が必要だ、DV被害はねつ造だと主張する親子断絶防止法連絡会のHP上にある(映像の権利関係が微妙なので直接リンクはしないが、ここにある)。まさに会の全部の主張が詰まったアメリカの事例であり、会は肯定的にこれを公開しているのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

子どもを連れた無断別居を禁止し、面会交流の取り決めを義務化し、共同親権成立を促す親子断絶防止法が、臨時国会に提出される瀬戸際である。このとくダネ!の映像は、裁判官の言葉は酷いが、判断としては異例でも何でもない。「一時期、アメリカも、子どもが面会交流を拒否すると、PAS(片親疎外症候群)ということで、ひどい場合には監護権を子どもが会うことを拒否している相手に変更したり、あるいはもっとひどい場合には、行かない、行きたくないと言っている子どもをその期間、罰として少年院あるいは精神科の病院に措置入院させるなど、強硬に面会交流を実現しようとしていました」(『子どもの福祉と共同親権―別居・離婚に伴う親権・監護法制の比較法研究』棚村政行早稲田大学大学院法務研究科教授の発言285頁)*2。アメリカは子どもの権利条約に批准しておらず、共同親権や面会交流も「子どもの福祉ではなく、親の権利」だといわれてきた。共同親権や面会交流を推し進めた極端な事例が、アメリカだろうと思われる(ヨーロッパに見られるような子どもの意見の尊重がない。今回の日本の親子断絶防止法にも、子どもの意志は入っていない)。

「最近は、そういう形ではなくて、母子教育プログラムを義務づけるなど、もっとソフトな形で面会交流を実現していくという方向に変わりつつあるという感じがします」と棚村教授もいうように、強制力を発動させての面会交流からの離脱が起こってはいる。結局、親の気持ちにも寄り添わず力で強制してもよい親子関係もできないのは、いずこも同じだ。もちろんアメリカでは、臨床心理士兼メディエーター、弁護士兼メディエーターといった個人開業の調停者がたくさん存在し、社会でその取り組みを支えている

アメリカではまず共同親権のシステムが成立し、それからのちに問題が噴出。DVに対応した法改正を余儀なくされている。しかし基本的にはDVでも、子どもに多少の虐待があっても、調査をしたうえで、子どもには会わせるという方針である。親の権利を考えれば、「会わせる/会わせない」の線引きは、難しいからだろう。会うことによる改善効果を、期待するという。その代りに子どもに危険が及ばないようにと、調停者が面会の時の子どもに付き添い、立ち合い、また親教育プログラムを施し、少しでもリスクを減らそうとする。DV加害者でも親は親だというのである。被害者の立場からすれば、かなり困難を感じるだろう(これらの取り組みは、日本にはほとんどまったくない。いくつかの調停機関が都会にあるだけである)。

「(日本では)家裁の調停は3回ぐらいと回数が限られていますので、葛藤の高い困難なケースを扱うことは不可能です」というのは、棚村教授の発言だ。発言から9年たっても、困難であるという点には変化はないだろう。むしろ何もサポートがない状況で、DVなどに配慮することなく裁判所が面会交流を進める方向に変わってきて、困難は増加していると思われる。その後の支援もほぼ何もない状態で、面会交流をさせろという審判を機械的に下すことによって、夫婦や親子の関係や状況をむしろ悪化させていると多くの声が、現場を知る多くのひとからある。そもそも日本の裁判所は、子どもの状態や心理についての専門機関でもなんでもない。調査官による調査は、困難が多いのではないだろうか。裁判所とは独立した専門家による調査機関やシステムが、まずは必要ではないだろうか。

ヨーロッパの国々も共同親権を取り入れているが、離婚の前に2年なり3年なりの別居期間が義務付けられていたり、裁判離婚でなければならなかったりする前提があって成り立っている。紙切れ1枚を提出すれば終わる日本の離婚システムは、世界的に見ても、特異なものである。日本でも共同親権を導入するならば、簡単には離婚できないように社会制度を変更することになるだろう。日本の婚外子出生率は2パーセントほどの驚異的な低さだが、ヨーロッパでは、半分近くが婚外子であり、率が低いドイツ、またアメリカでも3人に1人以上が結婚しない親から生まれる子どもである。離婚の制度を厳しくすればするほど、結婚から人々が離脱するというのは当然である。日本の婚外子出生率はあがり、法律婚をしないひとは増えていくだろう。法律婚をする家族は徐々に減少に向かうだろうというのが、私の社会学者としての見立てである。離婚後の「家族の絆」を強調しようとして、おおもとの「家族」そのもののを壊してしまうというパラドクスがそこにある

*1 吹き替えなので正確な言葉はわからないが、裁判所で「お父さんには会いたくないんです。だってお母さんを殴るのを見たからです」という長男に対して、裁判官は、「お父さんは犯罪歴もないし、周囲の人からも好かれていますよ。あなたたちとの関係を大事にしたいと頑張っているのに、どうしてそんなことを言うの」。そのうちに激高し、「あなたIQが低いんじゃない? どうして、わからないの? 父親に会いなさいと言っているのに、拒否を続けるなんて。本当に反抗的で礼儀知らずな子どもね」。これに対して9歳の長女は泣き出し「ごめんなさい。お父さんに会うように努力するから」というと、裁判官は、「じゃあこのあと、お父さんと一緒に昼ご飯を食べるのよ」と命令。「やっぱり…嫌よ!」といったことに対し「なんてばかばかしい。こんなひどい一家は初めてだわ。父親はいい人で、あなたたちを愛しているのに、あなたたちは母親に洗脳されているのが、わからないの? あなたたちは命令に従わないので、法廷を侮辱した罰で、更生施設行きを命じます」と裁判官がいった(本物の)録画が紹介されている。

  • 2 財団法人日弁連法務研究財団離婚後の子どもの親権及び監護に関する比較法的研究会編『子どもの福祉と共同親権―別居・離婚に伴う親権・監護法制の比較法研究』日本加除出版(2006年)。

*長くなるので、記事の後半部分は同じものを改めて独立させて書くことにして、一端削除しました。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

千田有紀の最近の記事