高齢者は抜本的な公的年金制度改革に賛成するのか?-コミュニケーション不足としてのシルバー民主主義-

今回のポイント

  1. 公的年金制度が”破綻”しないとする主観的確率が50%を超えていれば改革には応じないのが合理的である(高齢世代)
  2. 後続世代ほど公的年金制度が”破綻”しないとする主観的確率は高くなる可能性が高い
  3. ”シルバーデモクラシー”はコミュニケーション不足の一面もある

日本の財政・社会保障制度は、非常に深刻な世代間格差を生み出している。

アベノミクスは将来世代を救うか?

若者・将来世代の負担を軽減し世代間格差を是正するには、もっぱら給付を受け取るだけの高齢世代の同意が必要であるが、シルバーデモクラシーが存在するため、世代間格差の是正が進まないというのが、最近の論調である。もっとも、シルバーデモクラシーの定義、つまり、シルバーデモクラシーとは何か?についてや、そもそもシルバーデモクラシーは存在するのかという点については、本記事では取り上げず、別の記事に譲りたい。

前述の通り、世代間格差を生み出す財政・社会保障制度(主に社会保障制度)の抜本的な改革を阻む悪の存在として指摘されるシルバーデモクラシーであるが、この解決策としては、ドゥメイン投票法や平均余命投票法のような荒業は置いておくとしても、高齢者の利他性に働きかける手法と、反対に、高齢者の利己性に働きかける手法とに大別される。

前者は、例えば、孫やひ孫の窮乏をデータをもとに提示して説得を試みることが考えられる。あるいは、高齢者に他世代への利他心を要求することも考えられる。一方、後者に関しては、例えば、八代尚宏『シルバー民主主義- 高齢者優遇をどう克服するか』(中公新書、2016年5月)で触れられているように、現状の公的年金制度は持続不可能であり、改革もなく年金積立金が枯渇し破綻すれば年金給付額の4割(年金給付額のうち保険料分が6割で破綻の場合残りの公費負担分等が削減されるイメージ)が削減されてしまう。

社会保障給付総額を削減する余地は十分ある。

破綻前に2割の削減に賛成すれば持続可能となるのだから、事前に改革案に賛成した方が得だと、高齢者の利己性・合理性に働きかける手法である。

政治という権力を用いて自らの利益の実現を図るのが民主制の一面であるとすれば、高齢世代にのみ利他心を要求するのは酷であるし、フェアでもない。また、積立金の枯渇が年金の破綻と考えることの妥当性や公的年金の破綻とはどのような状態なのか、そもそも公的年金制度は破綻するのかについては今は触れないとして、先の八代氏の提案は一見もっともらしい。もっともらしくはあるが、重要な視点が欠けているのも確かだ。つまり、公的年金制度が破綻するとして、それは明日なのか200年後なのか誰(含むマーケット)にもわからないことが問題なのである(だから存続しているという面もあるが)。誰にも破綻の日が分からなければ、また現時点で破綻の兆候がなければ、破綻するかしないかに関しては、各人の勘あるいは主観的な確率に頼る他ない。要すれば、八代氏の提案のような高齢者が事前に抜本的な改革に賛成するかしないかは、高齢者各人が持つ公的年金制度破綻に関する主観的な確率の大きさと事前の改革による年金削減率・破綻後の年金削減率とのバランスで決まるのだ。

そこで、公的年金制度存続の主観的確率がどの程度の大きさであれば、高齢者は抜本的な改革に応じるのかあるいは応じないのか、簡単な計算で求めてみる((D)式まで読み飛ばし可能です)。

いま、公的年金給付額をX、公的年金存続に関する主観的確率をp、破綻による事後の年金給付額削減率をt、抜本的改革による事前の削減率をsとすると、

破綻しない場合に賭けたときの公的年金の期待受給額P=p・X+(1-p)・(1-t)・X---(A)

破綻前に抜本的な改革に応じたときの公的年金の受給額Q=(1-s)・X---(B)

求めたいのは、事前の改革による年金削減率・破綻後の年金削減率に対する公的年金存続に関する主観的確率pであり、主観的確率pは

F=P-Q>0---(C)

という条件を満足させる必要がある。

(A)(B)式を(C)式に代入して整理すると、

p>1-s/t=1-(抜本的改革による事前の年金削減率)/(破綻による事後の年金給付額削減率)---(D)

が得られる。

この(D)式が満たされる限りにおいて、高齢者は公的年金制度の抜本的な制度改革には事前には賛成しないことになる。(D)式によれば、抜本的改革による事前の年金削減率が小さければ小さいほど、あるいは破綻による事後の年金給付額削減率が大きければ大きいほど、現状のままでの公的年金制度の持続に関して強い期待が必要になる

ここで、八代氏の著書より、t=0.4(40%の削減)、s=0.2(20%の削減)とした場合の主観的確率を求めてみると、

p>1-0.2/0.4=0.5

となる。

50%を超える確率で、公的年金制度が、一切の追加的な改革なしで今後も存続し続ける人にとっては、政府なり政治が意図する改革は文字通り余計なお世話であり、財産権で保証された年金への不当な侵害であるとしか認識できない。つまり、現状のまま追加的な改革をしなくても公的年金制度が存続すると考える確率が50%より大きいとみなす高齢者は一切の追加的な改革を拒否するのが合理的であることが分かる。逆に言えば、こうした高齢者は追加的な制度改革に対しては否定的であり、そうした提案を行う政党なり政治家なりに対しては反対のアクションを起こすことになる。

結局、現時点で年金給付を受けているか、あるいは今後10年以内に年金を貰うことになる世代のうち、なにがしかの割合で、公的年金制度が存続すると考える確率が50%より大きいと確信していれば、そうした確信に反する一切の提案に対しては否定的あるいは非協力的となる。その一方で、現状のままの公的年金制度が今後も持続する確率が50%にも満たないと考える世代、もちろん、残りの人生が長く、だからこそ年金制度の破綻もヨリ現実的な脅威と映る若者世代から見れば、一切の改革に反対する世代との間でギャップが生じ、あたかもシルバーデモクラシーが悪であるかのように見えることになる。しかし、誤解を恐れずに言えば、シルバーデモクラシーなどではなく、単なるコミュニケーション不足でしかない。

このように、シルバーデモクラシーは、高齢世代と若者世代との間で、社会保障の持続可能性に関する確率の認識の違いから生じているとも言え、シルバーデモクラシーは全面的に悪とは言えない可能性を指摘できる(シルバーデモクラシーは正当な民主制の一部であり、道徳的な観点から断罪するのは適切ではなく、結局、シルバーデモクラシーを考えることは民主制について考えることであるというのが筆者のスタンスである。この点についても別記事でまとめたい)。