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『中東の笛』が日本代表を敗退させる。そのリスクは、本当に受け入れがたい

清水英斗サッカーライター
ワールドカップアジア最終予選、ホームのUAE戦(写真:ロイター/アフロ)

いったい我々は、いつまで「中東の笛」と言い続けるのだろうか。

ワールドカップアジア最終予選、日本対UAEで笛を吹いたのは、カタール人のアブドゥルラフマン・アル・ジャシム氏だった。29歳と若い主審である。日本では審判の高齢化が指摘されているが、近年の西アジアでは、若いレフェリーの台頭が目立つ。

今季、アル・ジャシム氏が担当した試合は、日本絡みでいえば、AFCチャンピオンズリーグのグループリーグ、浦和レッズ対広州恒大(1-0)、FC東京対江蘇蘇寧(0-0)が挙げられる。ジャッジが偏っていた印象はない。むしろ、FC東京については、相手のゴールを取り消すファール判定に助けられた。

また、昨年にチリで行われたU-17ワールドカップの3位決定戦、ベルギー対メキシコの笛を吹いたのも、アル・ジャシム氏だ。

当然ながら、大会中に問題のあるレフェリングが指摘されれば、大きな試合に割り当てられることはない。FIFAの国際大会で評価された主審が、日本対UAEを担当していた。

また、先日行われたリオ五輪の決勝でも、ブラジル対ドイツの笛を吹いたのは、やはり西アジア、イラン人のアリレザ・ファガニ氏だった。私たちが「中東の笛」と呼び続けている人々は、実は世界で活躍している。

ここ10年ほどの間、アジアのレフェリーは育成面、運営面で大きく改善された。その詳細については、9月6日発売の『フットボール批評』で、JFA審判委員長の小川佳実氏をインタビューさせて頂いた。ここでは詳細は省略するが、アジアのレフェリー環境の発展を伺うことができた。

追加副審の導入は、今後の課題

「中東の笛」―。

選手もメディアもファンも、この偏見に満ちた差別的な呼称を、改めなければならない時期に来ている。

もっとも、今回のUAE戦で、問題判定がなかったとは言えない。

いちばん大きいのは、後半32分のゴール判定だ。浅野拓磨のシュートは、リプレイで見るとゴールラインを越えていた。ただし、これを30メートル離れたポジションの副審が、正しく判定するのは人間技ではない。ラインを完全に越えなければゴールにならないため、あとボールが半個ほど前だったら、ノーゴールだ。

この難しい判定を助けるのが『ゴールラインテクノロジー』だが、一つのスタジアムに導入するためには、2000~3000万円の費用がかかる。アジア全域のスタジアムに導入するのは、まったく現実的ではない。

プレミアリーグなど対象スタジアムが限られていれば、導入しやすいが、広域の国際大会では難しい。欧州チャンピオンズリーグでも、やはりゴールラインテクノロジーは導入されていない。(そもそも個人的には、そんな高額な経費を使うくらいなら、世界中でソックスを丸めて蹴っている子供にサッカーボールを与えたほうがいいと思っているが)。

一方、その欧州チャンピオンズリーグで導入されているのは、追加副審(ゴール裏の副審)だが、今季は日本でも導入の最中だ。まずはJ3で試験導入。今後、ルヴァンカップやチャンピオンシップでも導入される。

つまり、アジアで審判育成の進んでいる日本でも、追加副審はまだ試験段階であり、全体としてはこれから、というのが現状だ。

審判+副審2人の現体制では、人間の能力の限界と言うしかない。『中東の笛』だろうが、『欧州の笛』だろうが、この微細なシーンを正しく判定するのは厳しい。今後は追加副審の導入により、改善されることを期待する。

PK判定は不可解ではない

また、PKについてだが、不可解な判定ではなかった。

後半8分の場面。大島僚太と香川真司の足はかかっている(9月2日22時45分、香川を追記)。PKはやむを得ない。ペナルティーエリア内で、うかつに何度も足を出し過ぎた。

一方、22分に宇佐美貴史が仕掛けたシーンは、ボールを切り返したコースに19番イスマイール・アハメドが入り、押し合いになった。ペナルティーエリアの外ならファールが取られるかもしれないが、これでPKは難しい。大島が足を引っかけたシーンほど、一方的な状況ではなかった。

さっきのがPKなら、これもPKだろ! 

もし、その理屈でPKが取られるなら、それこそが『中東の笛』だ。しかし、実際には2つのシーンは全く違うものであり、帳尻合わせのPKは取られなかった。決して理解できないジャッジではない。

それ以外のシーン、たとえば球際などで「え!?」と思うジャッジはあったが、それはサッカーの試合では普通に存在する類のミスジャッジである。誰が審判をやっても、一定数はある。また、細かく笛を吹く審判とも感じたが、その基準も、主審の裁量に委ねられるのがサッカーだ。それに素早くフィットするのも、選手の能力である。

『中東の笛』ではない。普通の審判だった。

確かに、過去にはそういう事例があったのかもしれない。今となっては『中東の笛』など明らかな時代錯誤だが、染み付いた偏見を取り除くのは、本当に難しいことだ。

私はこの偏見が、アジアを戦う上で、最も大きなリスクになると危惧している。

現状を知らず、アジアに対して自然と見下した態度を取ることが、審判に限らず、ピッチ上のすべてに表れている。日本代表から、謙虚さが感じられなくなった。審判にフィットする努力をしていない。

思い上がった態度は、日本代表を本当にワールドカップ予選から敗退させるリスクになる。改めるべきは『中東の笛』。その呼称を、無自覚に使い続ける私たちの姿ではないだろうか。

(3日朝追記:JFAが抗議をすることは必要。そうしなければ追加副審、ゴールラインテクノロジー、映像判定について導入議論が活発にならない)

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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