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『中東の笛』は捨てるべき偏見。本当の問題が見えなくなる

清水英斗サッカーライター
ワールドカップ最終予選、タイ対日本(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

前回の記事(『中東の笛』が日本代表を敗退させる。そのリスクこそ、本当に受け入れがたい)は、かなり大きな反響があった。

トピックスに掲載されたこともあり、サッカーに詳しいファンだけでなく、普段はそれほどサッカーを見ない人、日本代表戦だけを見る人にも、たくさん読まれた。ありがたいことだ。

しかし、その反響から、少し補足するべきことがあると感じた。この記事を書く次第だ。

まず、『中東の笛』という言葉について。元々はハンドボールのメディアから生まれた俗語であり、中東の審判が同じ地域の身びいきをする目的で、不正な笛を吹くことを指す。そのため中東チームが絡まない試合で、中東の審判が正しい笛を吹いたことは、例として不当であると、そのような指摘があった。

もっともな指摘だが、しかし、言葉は時代と共に用法が変わっていく。俗語ならば尚更だ。

昨今の『中東の笛』は、より広義であり、対戦チームにかかわらず、中東の審判が不可解な笛を吹くこと全般を指すと、私は解釈した。実際のところ、日本対UAEだけでなく、タイ対日本の試合を指し、『中東の笛』を用いるメディアは多い。今は広義の解釈のほうが一般的だろう。

もちろん、それでも、日本対中東の試合を例に挙げれば、より誤解を生まずに済んだのだが、しかし、今はACL(AFCチャンピオンズリーグ)が東西に分かれている関係もあり、そもそも、Jクラブや日本代表が、中東と戦うケース自体が少なくなった。29歳と若いアル・ジャシム主審が、日本対中東で笛を吹いた例が見つからなかったため、それ以外の試合を用いた次第だ。

あるいはアル・ジャシム氏以外から、日本対中東の構図を持ち出すなら、2015年アジアカップの日本代表は、全4試合が中東勢との対戦だった。

初戦のパレスチナ戦は、カタールのアブドゥルラフマン・フセイン主審。イラク戦と準々決勝のUAE戦は、イランのアリレザ・ファガニ主審。ちなみにヨルダン戦は、中東の主審ではなく、ウズベキスタンのラフシャン・イルマトフ氏だった。

いずれの試合も、フットボールコンタクトをもっと流して欲しいと感じる場面はあったが、どちらかに偏った不正な判定という印象はない。パレスチナ戦とイラク戦では、日本に1本ずつPKが与えられ、イラク戦ではその得点により1-0で勝利。

逆に日本は、4試合で一本のPKも取られなかった。中東の主審によって有利な笛が吹かれたケースがあっても、私たちは都合良く忘れてしまう。

レッテル貼りに意味はない。一つ一つの精査が必要

また、同じ中東といっても、カタールとUAEは関係が悪いとか、パレスチナとカタールは関係がどうとか、イラクとイランは関係がどうとか、そういう話もある。

もしも「日本や韓国、中国は同じ地域だから、身びいきしただろう!」と中東から疑いをかけられたら、私たちは笑うしかない。同じ地域だからこそ、事情は複雑なのだ。買収や脅迫といった不正行為は、そんな表立ったわかりやすい関係でばかり起きるわけではない。私はそうした議論にあまり意味はないと考える。

たとえば、ワールドカップ最終予選の初戦、サウジアラビア対タイでは、中国のフー・ミン主審が笛を吹いた。この試合の判定も不可解であると、タイから猛抗議された。もし、背景を考えるなら、近年のサウジアラビアと中国は政治的に接近しているので、これも疑わしい。きりがないのだ。疑い始めたら。

事情はもっと複雑だ。隣国だから身びいきしたとか、そんな無闇なレッテル貼りには何の意味もない。ただの言いがかりで、相手を不愉快にさせるだけだ。

だからこそ、私たちにできるのは、ひとつひとつの審判の判定を精査すること。それが前回の記事で行ったことだ。

その結果、ゴール判定の誤り以外、2つのPKについては、不正や誤審とは呼べないことがわかった。前回の記事を読んだ知人のサッカー選手や監督、審判員からメールをもらったが、全員が私の検証に同調している。

正面衝突であっさりと倒れた宇佐美貴史と、倒れても何度も立ち上がったアハメド・ハリルが最後に足をかけられて倒れたシーンは、比べようもない。前者がPKではなく、後者がPKだったことは、正当な判定だ。何ら不思議なことではない。

また、誤ったゴール判定に付け加えるなら、副審はタッチライン上で、コーナーフラッグから2メートルほど離れた場所に立っていた。これはオフサイドラインを見るためだ。つまり、副審はゴールラインの真横から見られたわけではない。角度が付いたため、ボールがゴールポストの陰になり、見極めづらくなった可能性も高い。

そして、中継の映像を改めて確認したが、BS解説の木村和司氏は、スローのリプレイ映像を見た後でも、「入ってないね。これは」と発言しており、福西崇史氏も否定しなかった。スローを見てさえ、間違える判定。それを副審の位置から間違えたことを責めるのは酷だ。やはり、この問題の解答は、ゴールラインテクノロジー、追加副審、映像判定しかない。

いちばんまずいのは、集中を欠く要因になること

私は日本対UAEの試合で、審判が買収された可能性を「ゼロ」と言うわけではない。不可解な判定がなく、普通の審判だったので、これをもって不正を疑うのは無理。そう言っているだけだ。

もし、審判の裁量の範囲で、後から精査されても、「これを間違えるのは仕方がない」と言えるような判定だけを、一方のチームに肩入れしたとしたら、その可能性をゼロとは言い切れない。ある意味、ものすごい技量だが。

その意味では、ゴールラインテクノロジーや映像判定は、重要シーンにおける審判の裁量を制限することにつながる。つまり、意図的な「見えなかった」を予防できる。正確なジャッジだけでなく、不正の防止に役立つ点は、見逃せない。

私はYahoo!個人の過去の記事で書いたように、テクノロジーの導入には消極的賛成という考えだった。しかし、昨今の状況を鑑みるに、導入するべき理由は強くなったと思える。アジアでも、この議論は活発化させたい。

最後に、私が何よりも問題視しているのは、この『中東の笛』というレッテル貼りが、日本代表の集中力を削いでしまうことだ。

ミックスゾーンで聞くと、「また中東の笛か…」と思いながらプレーしていたことを、ある選手は吐露した。他にもいた。意味のないレッテル貼りにより、正しい判定までも「またか…」と思い込みながらプレーするとしたら、チームの集中環境に、明らかな悪影響を及ぼす。

まずは、自分たちがやるべきことに集中しなければならない。そのためにも、この『中東の笛』というレッテル貼りを撲滅させたい。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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