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ベッドサッカーに隠された問題。日本は意見書を出すべき

清水英斗サッカーライター
長谷部誠のAマッチ100試合出場を祝うハリルホジッチ監督、JFA田嶋幸三会長(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ロシアワールドカップ・アジア最終予選グループBの日本対イラクは、2-1で日本が辛勝した。6分と長いアディショナルタイムが告げられた後半の終了間際、山口蛍の劇的ボレーシュートが日本を救った。

この勝利には、ひとつの伏線がある。

それは先月、9月のことだ。となりのグループAで、シリアと対戦した韓国は、攻め込みながらも1点を奪えず、後半はシリアの選手が次々とピッチに倒れ込んだ。時間を浪費され、韓国メディアの表現を借りるなら、『ベッドサッカー』で0-0のスコアレスに持ち込まれた。

韓国では自国代表の不甲斐なさに加え、中東の反スポーツ的なスタイルにも批判が起きた。日本と同じか、それ以上に『ベッドサッカー』は韓国で嫌われている。

そして、日本対イラク。この試合は利害関係のないグループAから、韓国の審判団が割り当てられた。

主審キム・ドンジンは、明らかにイラクの『ベッドサッカー』、つまり遅延行為に厳しい態度を取った。後半に2枚のイエローカードで警告しただけではなく、ピッチに倒れ込み始めたイラクの選手に、再三のジェスチャーで早く起き上がるように促している。

『ベッドサッカー』に厳しいレフェリーが担当したことは、日本にとって追い風だった。もちろん、それは日本をひいきする『極東の笛』が吹かれた、という意味ではない。サッカーの価値観が日本に近いレフェリーで、その点で相性が良かった、ということだ。

しかし、イラクは、納得できないことが色々あったようす。試合後の記者会見で、ラディ・スワディ監督は「ジャッジにミスがあった。審判が日本をサポートした」と不満を述べた。

具体的に指摘したのは、終了間際のシーンだ。治療のためにピッチ外へ出ていた14番のスアド・ナティクが、山口のゴールにつながる清武弘嗣のフリーキックを前に、ピッチへ戻ろうとしたが、主審に認められなかったと言う。さらにアディショナルタイム6分も「長すぎる」と。

たしかに、イラクが一人足りない状況でなければ、山口はフリーにならなかったかもしれない。

しかし、状況は複雑だった。その前のシーンで、10番アラー・アブドゥルゼフラが清武に足を高く上げる悪質なファールを犯していた。しかし、日本がボールを拾って攻撃し続けたことから、主審はアドバンテージを認め、流れを止めなかった。その後、左サイドのコーナーフラッグ付近で吉田麻也がファールを受け、フリーキックになった。

主審はさかのぼり、清武に対するファールで10番アブドゥルゼフラにイエローカードを提示するわけだが、両チームの選手が小競り合いになったため、主審は急いで駆け寄った。そして、10番アブドゥルゼフラにイエローカードを提示。争いを収めると、すぐにボールがあるフリーキック地点へ走って戻り、キッカーの清武にリスタート位置を指示。そしてプレーを再開しようとしたが、ここで壁に入ったイラク選手の抗議を受け、ピッチ外の14番ナティクに視線を送った。ピッチに戻りたがっている。

しかし、アドバンテージを認めた場面へのイエローカード提示、さらに小競り合いの収束に走り回り、主審は気がつかなかったようだ。すでに清武はボールをセットし、助走も取っている。主審は14番ナティクに手のひらを向け、「待て」の合図を送った。

サッカーのルール上、ピッチの外に出た選手を復帰させるタイミングは、主審の裁量と定められている。この程度のタイミングのズレは、サッカーではよくあることだ。イラクの抗議はわからなくもないが、誤審とまでは言えない。

また、6分のアディショナルタイムも不自然ではない。アディショナルタイムは、以下の時間について、最後に追加されるものと規定されている。

●競技者の交代

●競技者の負傷の程度の判断

●負傷した競技者の治療のためのフィールドからの搬出

●時間の浪費

●その他の理由

選手交代は、一人当たり平均30秒かかる。日本とイラクは、両チーム6人が交代したので、それだけで3分。さらに後半41分にイラクのGKが倒れ、ドクターがピッチに入ったが、この時間だけで2分あった。その他に両チームの選手が倒れて浪費した時間、判定に抗議した時間を含めれば、アディショナルタイム6分は長いとは言えない。

たしかに、6分というアディショナルタイムは普通ではない。しかし、それは推奨されない『ベッドサッカー』をやっているからだ。珍しいサッカーで、珍しいアディショナルタイムが取られることは、まったく不自然ではない。

日本には『身から出た錆』という言葉があるが、要因を他者に向けず、自分たちのサッカーを見直すきっかけにすることは、できないものか。

鍵を握るのは……

私がそう考えるのは、アジア全体の発展のためである。

AFC(アジアサッカー連盟)は、2013年末から2015年アジアカップまで、『Don't delay, play!』というキャンペーンを行った。

前述したように、アジアでは時間を不当に浪費する『ベッドサッカー』が横行しているため、アクチュアルプレーイングタイム(実際のインプレー時間)が短く、50分を切る試合も珍しくない。FIFAの大会や欧州サッカーの約60分に比べると、10分も少ないのだ。

この10分の差が、世界で激しい試合を行うとき、フィジカルやメンタル、集中力の持続の差となって表れてしまう。アジアが国際大会で勝てない、要因の一つだ。

もちろん、競技パフォーマンスだけでなく、単純にフットボールの魅力を増やしたい気持ちもある。観客はプレーする選手を見たいのであり、寝る選手を見るために、スタジアムに足を運ぶわけではない。

私は、アジアが『ベッドサッカー』から脱却することを、本気で求めたい。しかし、長年の習慣が、変えがたいものであることも知っている。

鍵を握るのは、日本の態度だ。JFAの田嶋幸三会長には、このイラク戦について、FIFAとAFCに意見書を提出してほしい。

スワディ監督は言及しなかったが、実は前半26分に原口元気が挙げた先制ゴールには、誤審があった。そのひとつ前に、本田圭佑からパスを受けた清武が、身体ひとつぶん、オフサイドポジションに出ていたのだ。

副審の目としては、すぐ手前を走り抜ける清武と、ピッチの奥にいるイラクDFの位置を見極める必要があり、ピントを合わせづらい難判定だった。だが、誤審には違いない。

たとえば、ゴール横に追加副審がいれば、どうだろうか。

接触やボールのラストタッチなどの判定を、追加副審に助けてもらい、副審はオフサイドの判定に、より集中を高める。そうした分業ができれば、オフサイド判定の精度が高まるだろう。あるいは、副審の目を鍛えるトレーニング方法など、他にも誤審を防ぐための方法を求めてもいい。

日本はUAE戦の誤審について、『追加副審』や『他大陸からの審判招聘』などの意見書を提出した。ならば、イラク戦でも同様に、意見書を提出するべきではないか。

日本はUAE戦のように、自分たちが不利益を被ったときは抗議し、意見書を出した。でも、自分たちが得をしたときは黙っている。その態度で「アジアのフットボールの発展のため」と、どんな顔をして主張できるのか。それで中東の人々が納得するはずがない。

そして、罵り合いが永遠に続く。そんなことは御免だ。

損得や利己を越えたところで、フットボールの提案をしなければ、彼らの心には絶対に響かない。

もちろん、それをやったところで、劇的に変わることはないだろう。しかし、少なくとも種を撒かなければならない。まずは数パーセントの人にだけでも、響くように。やがて、大木に育つことを目指して。

JFAは、利己を越えたフットボールの意見書を提出するべきである。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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