Yahoo!ニュース

韓国では「憎たらしいが偉大すぎる」とされるイチロー。その大快挙をどう見ているのか

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
日米通算で4257本安打を記録し、世界最多安打記録を更新したイチロー(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

日米通算で4257本安打を記録し、ピート・ローズが持つ世界最多安打記録を更新したイチローの大快挙は「世界最多安打の男、イチロー」(『ソウル新聞』)、「イチロー、米・日通算4257安打、“世界最多記録”」(『OSEN』)、「ローズを超えたイチロー」(『MKスポーツ』)など、韓国でも詳しく報じられている。 東亜日報などは「イチロー、米・日通算4257安打、“最多安打記録”に日本熱狂」として、安倍首相のコメントまで掲載したほどだ。

言うまでもなくイチローは韓国でも有名人だ。韓国の大手検索サイトのリアルタイム検索でトップ10入りしたこともあるし、数年前、とある韓国メディアが行った「韓国人が知る日本の有名人」で2位に輝いたこともある。先日インタビューした、韓国ナンバーワン・チアドルのパク・キリャンも、「日本の野球選手で知っている選手は?」と尋ねると、間髪入れずに「イチロー選手です!!」と答えていた。

ただ、韓国人のイチローを見つめる眼差しは複雑で、同じメジャーリーグで活躍する日本人選手とも一線を画する。例えばテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有については、メディアは「現役最強最高のアジア人先発選手」と評し、皮肉屋で口うるさいはずのネット住民たちも、「骨のある男」と絶賛しているが、イチローには“アンチ・ファン”が多い。

(参考記事:「日本のネトウヨを一喝する骨のある男!!」と絶賛。ダルビッシュ有が韓国でも人気なワケ

その原因はWBCにある。韓国ではオリックスで活躍していた頃から“天才打者”として有名だったが、第1回WBCでの「30年発言」を機に韓国はイチローを何かと“目の敵”にするようになった。

そんなこともあってか、日米で議論になっている安打数の合算についてもチクリと紹介している。『朝鮮日報』も「“計算はしっかりやりましょう”イチロー4257安打論乱」と題した記事を掲載し、日本とアメリカでのイチローの快挙報道に温度差があることを詳しく紹介しているし、「イチロー4257安打、どう見るべきか」との記事を掲載した著名なコラムニストは「イチローは韓国野球ファンたちの間で“憎たらしい存在”。理性ではなく“感情”の側面で、イチローが打ち立てた“世界記録”を認めたくない野球ファンたちが多いことだろう」ともしている。

ただ、『朝鮮日報』は、「記録に論乱があるが、実力には疑問がない。プロで20年以上も最高レベルで長寿しているイチローは誠実性の化身だ」とし、前述のコラムニストも「天才性の影に隠れたイチローの誠実さこそイチローが活躍できた秘訣だ。彼が長い年月をかけて積み上げてきた記録は、公式記録であろうとなかろうと尊重されなければならない」ともしている。以前、WBCでイチローと対決した韓国人投手も言っていたが、「憎たらしいが偉大すぎる」。これこそが韓国人が抱くイチロー像なのである。

(参考記事:「憎たらしいが偉大すぎる」韓国が抱くイチローへの愛憎

それにイチローという偉大で手ごわい相手がいたからこそ、韓国プロ野球は刺激を受けたという見方もある。WBCで日本と韓国は「アジア版ニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックス」(AP通信)と称されるほどの死闘を演じたが、イチローという存在がいなければ、韓国が抱く対抗心もあれほど熱く激しく燃え上がらなかっただろう。

そんな“愛憎の存在”であるイチローが打ち立てた記録が、韓国球界にも好材料になるという見方もある。イチローが打ち立てた日米合算での世界記録がひとつの前例となり、今後は韓国打者たちにも適用されることになるだろうという見方だ。近年、韓国ではカン・ジョンホ、キム・ヒョンス、パク・ビョンホ、イ・デホなど韓国プロ野球を経てメジャー進出した打者たちが増えているが、「イチローのように両国合算記録に挑戦したらどうか」というわけだ。

(参考記事:日韓対決 in メジャーリーグ!! 今季は日本人が投げ、韓国人が打つ!?

もっとも、たとえこれから多くの韓国人打者たちが死に物狂いで記録を追いかけても、イチローを超えることはできないだろう。今回の記録はそう断言できるほど偉大で、大きな価値があり、それを韓国の野球ファンたちも十分に知っている。

韓国のイチロー記事にぶら下がっていた掲示板にもこんなコメントがあった。

「アメリカが認めないから余計に凄い記録のような気がする。イチローの快挙は誰も否定できない。その記録を更新できるのは、これからイチローだけなのだ」と。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

慎武宏の最近の記事