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リオ五輪ピッチに泣き崩れたソン・フンミンの涙のワケと“最悪のシナリオ”

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
韓国サッカーのエースとして期待されるソン・フンミンだが・・・(写真:ロイター/アフロ)

リオデジャネイロ五輪・男子サッカー。2大会連続のメダル獲得を目指していた韓国だが、準々決勝でホンジュラスに0-1で敗れた。

グループリーグ突破時は、「日本、イラクは脱落、8強進出した韓国がアジアの自尊心を守った」(『アジア経済』)、「リオ五輪サッカー、喜悲分かれた韓日」(『日曜新聞』)と、勢いがあった韓国メディアのリオ五輪・日韓比較評だったが、「ホンジュラスの逆襲一発に沈んだ韓国」(『韓国経済』)とトーンダウン気味だ。

そんななかで最も敗戦のショックを隠さなかったのは、ソン・フンミンだろう。オーバーエイジとしてチームに加わったプレミアリーガーは試合直後、ピッチの上に泣き崩れた。コーチングスタッフに抱きかかえられながら10分以上も号泣していたほどだった。

気になるのはソン・フンミンの今後だ。現在、プレミアリーグのトッテナムに所属するソン・フンミンだが、リオ五輪の結果が今後の選手生活にも影響を及ぼす可能性は否定できない。

というのも、韓国では成人男子に約2年間の兵役義務があるが、ソン・フンミンはまだ兵役問題を解決していない。今回のリオ五輪でメダルを獲得していれば、兵役免除の特例に授かることもできたが、それも叶わなかった。

(参考記事:韓国スポーツと兵役/韓国アスリートたちが五輪やアジア大会に執念を燃やすワケ

もちろん、今後もチャンスはある。満29歳6カ月まで入隊しなければならないという韓国の兵役法に基づけば、1992年7月生まれのソン・フンミンにはインドネシアで行われる2018年アジア大会や2020年東京オリンピックもチャンスとなる。

ただ、東京オリンピックは4年後であるし、FIFA主管大会ではないアジア大会への参加を欧州クラブが承諾する可能性は低い。実際、2014年アジア大会のときにはソン・フンミンが当時所属していたレバークーゼンが参加を許可しなかった。そもそもオリンピックやアジア大会でメダル獲得が保証されているわけでもない。

となると、今後どう兵役問題を解決していくかがソン・フンミンのテーマとなるのだが、状況は複雑だ。

まず、正式名称を国軍体育部隊とする“尚武(サンム)”に入隊できない。尚武は身分は軍人でも朝から晩までサッカー漬けの毎日を送ることができる場所で、かつてJリーグで活躍したイ・グノなども入隊した部隊。その尚武入隊にはいくつか条件があり、その中には最終学歴が高卒以上という条件もあるが、ソン・フンミンの最終学歴は中卒となるため入隊できないのだ。

サッカー選手だった父親から個人レッスンを受けながら育つという特異な経歴の持ち主のソン・フンミンだが、その成長過程が足を引っ張ることになるとは皮肉な話である。

(参考記事:「漫画のような父子物語」で育った韓国サッカー期待の星、ソン・フンミン

最近はこの尚武のほかにも、有力選手が警察庁サッカー団に入隊するケースも増えている。かつて清水エスパルスや徳島ヴォルティスに所属したキム・ドンソプなどが“義務警察制度”を使って現在、警察庁サッカー団に所属しているが、この警察庁サッカー団への入隊には「Kリーグで6カ月以上プレー経験がある」ことが条件になっている。

つまり、ソン・フンミンが義務警察制度を使って兵役を解決するためには、一度、韓国に戻り、Kリーグのクラブと契約をしなければならない。

しかも、警察庁サッカー団の入隊は満27歳までという年齢制限もある。すなわち、2018年アジア大会でも金メダルが獲れなかった場合、ソン・フンミンがヨーロッパでプレーできるのは2019年夏までとなり、そこから逆算して6カ月前までにはKリーグのどこかのクラブと契約を交わさなければならないのだ。

ただ、昨年8月にトッテナムとソン・フンミンが交わした契約期間は5年と言われている。契約満了を待たずして韓国に戻るとなれば違約金が発生するだろうし、Kリーグに完全移籍するにしても、レバークーゼンからトッテナムに移籍する際の移籍金は3000万ユーロだったと言われている。同額ではなくとも、その半分の金額を支払えるクラブがKリーグにあるとは、現時点では思えない。

そうなるとソン・フンミンに最後に残された手段は2020年東京オリンピックとなるが、前出した通り、メダル獲得の保証はどこにもない。むしろこれから4年間ケガや故障なく、順風満帆な選手生活を送れるとも限らない。韓国サッカーの東京オリンピック出場も決まったわけではない。

では、尚武に入隊できず、2016年アジア大会でも結果を残せず(出場許可も下りず)、警察庁入隊のためのKリーグ移籍も叶わずに、2020年東京オリンピックでも兵役問題を解決できなかったとき、ソン・フンミンはどうなるか。

身体状態などをチェックする“徴兵検査”にもよるが、おそらく現役兵として兵役を務めねばならなくなり、泣く泣く韓国に戻らなくてはならなくなるだろう。最近では男子ゴルフのペ・サンムンが兵役のためにアメリカPGAツアーからの撤退を余儀なくされ、現在はクラブの代わりに銃を握っている。

(参考記事:リオ五輪ゴルフ出場を熱望するも、クラブの代わりに銃を手にする韓国の“飛ばし屋”の今

はたして、ソン・フンミンの選手生活は今後どうなるのか。彼が人目を憚らずピッチに泣き崩れて号泣したワケは、もしかしたら自らの今後を嘆く“悔し泣き”だったかもしれない。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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