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佐世保女子高生殺害事件の遺体解剖と父親自殺は、あの事件とそっくりだ

篠田博之月刊『創』編集長

佐世保での女子高生による同級生殺害事件は、犯人とされる少女の父親の自殺という衝撃的な展開となった。この事件が起きてから嫌な予感がしていたのだが、この展開は、私が12年間つきあったあの事件とそっくりだ。1989年に日本中を震撼させた連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚(既に執行)だ。

幼女猥褻事件と一緒にするなというツッコミが入りそうだが、実は宮崎死刑囚の事件は決して単純な猥褻事件ではない。精神鑑定結果が鑑定医によって幾つにも分かれるなど難解な事件なので、裁判所は単純な猥褻事件に収斂させてしまったのだが、その裁判所が描いたストーリーでは理解できない要素が多すぎる。私は宮崎死刑囚とは12年間つきあい、彼の著作を2冊出した。今まで関わった凶悪事件の中で、最も考えさせられた事件だし、処刑の翌朝には彼の母親から「長い間お世話になりました」という電話がかかってきたほど宮崎死刑囚とは深く関わった。

宮崎死刑囚の父親は事件を苦に投身自殺したのだが、恐らく母親だって自殺したい気分だったろう。しかし、自分がいなくなったら息子のめんどうを見る人はいなくなるから、死ぬことも許されぬ状況に陥った。その後、母親は毎月、息子のために着替えなどの差し入れに拘置所に足を運んだのだった。一方、宮崎死刑囚は、親を憎んでいたから、そういう母親をいつも呼び捨てにしていたし、父親の自殺を弁護士から聞かされた時には「胸がすーっとした」と平然としていた。既にその時点で、宮崎死刑囚の精神状態は崩壊しつつあった。今回の少女も、父親の自殺について知らされた時には、それをきちんと受け止められる状況ではないのではないだろうか。

しかも今回は唯一の親の自殺だから深刻だ。これによって娘を守る人は誰もいなくなった。「守る」というと語弊があるかもしれないが、この事件の解明は、彼女の精神状態を安定させることによってしかありえないし、そのためには父親の存在は極めて重要だった。

今回の事件は、少女が解剖する目的で同級生を殺害したという点が社会に衝撃を与えているのだが、実は宮崎勤死刑囚の殺害動機ともよく似ている。宮崎死刑囚が最初の事件を起こす3カ月前に慣れ親しんできた祖父が急死、彼は身近な人間の死という体験に遭遇する。

人間は生きている時は「人格」を持った存在なのだが、死んだとたんに物体になってしまう。人格が消失してしまうわけだ。我々人間は誰もが自分が死んだ時に、この自分の人格や思惟する主体がどうなるのかに根源的関心を持っているのだが、それを考えると恐ろしくなるだけなので普段はその疑問を封印している。ところが、例えば宮崎死刑囚のように、ある種の理性やモラルが作用しない程度に精神のバランスが崩れると、その封印を自ら解いてしまう。実際に彼は殺害した幼女の遺体を解体し、それを「解剖行為」と呼んでいた。また殺害して遺棄した幼女の遺体が腐食していく様子を観察し、ビデオ撮影していた。それらはある種の性愛とも関わっているとは思うが、単純な猥褻という概念とは少し違う。

宮崎死刑囚は人間の死体を法廷でも「肉物体」と称し、それが骨になってしまうと「骨形態」と呼んでいた。つまり人格を持っていた人間は死んだとたんに「物体」になり、骨になると「形態」になってしまうというわけだ。この呼称はかなり本質的で、彼の事件を解く重要なキーワードだ。そして私は、佐世保の事件をニュースで知り、彼女が殺害した遺体を解剖していたという話を聞いて、宮崎事件との類似性を思わざるをえなかった。佐世保の事件の場合は、少年事件であるうえに精神鑑定が必要な状況だから、事件の解明は相当困難だ。

ちなみに私は宮崎死刑囚とかなり関わり、やりとりした手紙も片道300通にのぼる。彼とのつきあいについては拙著『ドキュメント死刑囚』に書いたが、まだまだ書いていないことも多い。彼はたぶん統合失調症の一種だったと思うのだが、世間が考えるほど思惟力は崩壊していなかったし、自分自身について客観的に見る視点も保持していた。宮崎死刑囚は、鳩山邦夫法相(当時)の「法相就任後、死刑執行を推進しようと考えた時に自分も知っている有名な凶悪事件だったから」というトンデモな理由で早期執行されてしまったのだが、あの事件がきちんと解明されなかったことがいまだに残念でならない。

佐世保の事件の解明は、相当困難だと思うが、ぜひ英知を結集してその一端なりとも解明してほしい。こういう事件こそ、きちんと切開し、社会がどう対処すべきなのか考えないといけないケースだ。動機不解明でよくわからぬまま処罰のみ行われるという事件が、今の社会で確実に増えているというのは、真剣に考えねばならないことだと思う。

と、ここで終わろうと思ってふと思い出したが、今月17日(金)夜にこの事件について臨床心理士の矢幡さんや元刑務官の坂本さんと都内でシンポジウムをすることになっている。正式な告知が私のもとにも来てないし、あまり大きくない会場だと思うのでここで詳しい告知はしないでおくが、できたら精神科医の人たちとこの事件については議論したいと思っている。関心ある人がいたら、メールをください。『創』のメルアドは創出版のホームページに載っていますので。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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