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連続放火事件で服役中のくまぇりに8年ぶりに面会した

篠田博之月刊『創』編集長
くまぇりが描いた漫画

2015年7月10日、連続放火事件で服役中の「くまぇり」こと平田恵里香さんに面会した。逮捕から9年、私が会うのは8年ぶりだ。以前は丸顔だったが、刑務所で少しやせ、スリムになっていた。事件当時はパニック障害を患い、薬が手離せない状況だったが、刑務所で障害も克服し、今は健康だという。

くまぇりと言っても覚えていない人も多いかもしれない。2006年、長野県諏訪市で地元の中学校などが相次いで放火された事件が起きたのだが、逮捕された女性に皆が驚いた。放火のたびに自分のブログに現場写真などをアップし、「こわいよー」などと書き込んでいた20歳の女性だったからだ。つまり自分で放火した事件をブログで紹介し、世間に広めていたという劇場型犯罪だった。当時はまだブログがいまほど一般的でなかった頃で、ネット社会の象徴的事件としてマスコミが大きく報道した。

この本人は自分の顔写真を公開し、タレントの熊田曜子に似ている平田恵里香ということで「くまぇり」と名乗っていた。2007年春に懲役10年の実刑判決を受けたのだが、その判決直前に『創』に発表した手記は大きな話題になった。世間から見ればとんでもない女性ということなのだが、実際に取材を進めると、彼女は小学校でいじめに会い、中学時代には引きこもりで、学校の授業にはほとんど出席していなかった。しかもパニック障害を抱えており、留置所で自殺を図ってもいた。放火事件の背景には、そういう彼女の抱えた問題があったのだった。

http://news.livedoor.com/article/detail/3113353/

さて、そのくまぇりだが、服役後は全く消息を絶っていたが、『創』2014年9・10月合併号に刑務所での近況を示す手記を発表した。そのなかで職業訓練を受け、ボイラー技士の資格を得たことなどを書いていたのだが、ネットでは「放火犯がボイラー技士か」と一斉に書き込みがなされ話題になった。それから約1年、くまぇりは現在、毎月『創』に4コマ漫画で服役生活を描いている。マンガやイラストは以前から得意で、収容者のコンクールにも応募したりもしている。

約10年もの長期収容者になると、出所後の社会復帰も大変だし、それ以上に家族と決裂して勘当や離縁といった目にあうケースも少なくない。その点では彼女の場合、今でも両親との関係は良好だというから恵まれたケースといえる。出所しても家族のもとへ帰れず、職にもつけないまま再び犯罪に手を染める人も少なくないのが実情だ。しかし、彼女のようにもともと社会になかなか適応できなくて犯罪を犯した人の場合、恵まれているとは言っても困難は多いだろう。

面会室で彼女は、胸に名札をつけていたのだが、名前と番号のほかに色のついたマークが表示されていた。刑務所というのはわかりやすいシステムで、規則を守る模範囚は等級が上がり、いろいろな権利が得られる。つまり自分が努力し、頑張れば確実に見返りが得られるという社会なのだ。そういう環境に人を置いて更生させるということなのだが、獄の外はそうシンプルではなく、努力した分だけ報われるとは限らない。ある意味では獄外の社会の方が生きづらい面もある。

犯罪をなくしていくためにはただ処罰するだけではだめで、最近は行政側も、社会復帰した者にある程度フォローをしようというシステムを構築しつつある。しかしまだ現実には、出所した者はひとりで社会に放り出され、自分で生きていくことを求められる。しかも、前科がついた分だけ社会的ハンデを負うわけだ。

今のマスコミは、事件が起きた時に、逮捕までは社会部のサツ回りの記者が追い、裁判中は司法クラブ担当がフォローするのだが、その犯罪を犯した人間がその後、どうなっていくかについてはほとんど取材もしない。テレビドラマの事件ものと同じで、逮捕されたり判決が確定した時点で「ジ・エンド」になってしまう。だから服役者たちがその後どうなるかについては、ほとんど知られていない。出所後は、就職も難しいし、ひどい場合は住む場所を探すのにも苦労する。ある意味では、「第2の刑務所」のような状況だ。薬物依存だった田代まさしさんは著書『審判』(創出版)に「刑務所は地獄だったが、シャバもまた地獄だった」と書いていたが、それが実感だろう。

さて、くまぇりは、2016年に懲役10年の刑期を終える。判決直後に「20代を刑務所で過ごすなんて私の人生終わりだ」と語っていたが、今は早く出所して新しい人生をやり直したいと言っている。一方で不安も抱えてはいるだろうが、判決の頃と比べると、考え方が前向きになっている。

そんな彼女が、きょうの面会で気にしていたのは「私のマンガ、反響はどうなんでしょう」ということだった。昨年の彼女の近況手記はこのブログでも紹介したため、今でも「くまぇり」で検索すると、多くのコメントが載っているのだが、最近のマンガの連載についてはそこまでの反響を呼んでいないので、今回特別に『創』7月号に掲載した彼女のマンガを無料公開することにした。この号から彼女は「ムショメシ」について描き始めたのだが、刑務所において一番の楽しみは何と言っても食事だ。その「ムショメシ」をめぐるエピソードを彼女はシリーズでマンガに描いている。

刑務所生活を雑誌や本で書いている人は多いが、実はほとんどが出所後に回想して書いたものだ。くまぇりのように服役中に外部の雑誌に発表をするケースは珍しい。しかもそれがマンガやイラストというのは、これまで例がなかったかもしれない。

下記に画像を貼り付けたが、小さくて読めなければその下のURLをクリックすればもっと大きな無料公開画像にアクセスできる。またこの号を含む彼女の連載や彼女が判決時に書いた手記や昨年の獄中手記もデジタルで閲覧可能にしてある(但しこれらは申し訳ありませんが有料です)。興味ある人はぜひアクセスしてもらいたい。

画像

http://www.tsukuru.co.jp/ebooks/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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