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元朝日記者・植村隆氏と産経・阿比留編集委員の対決、そして雇用継続問題

篠田博之月刊『創』編集長
9月16日の植村さんの雇用継続に関するシンポジウム

『週刊新潮』最新号(10月15日号)も取り上げていたが、『創』11月号でも取り上げた元朝日新聞記者の植村隆さんと産経新聞の阿比留瑠比編集委員の対決がなかなか面白いので紹介しておこう。ちなみに『創』11月号の記事は下記に転載した。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151009-00010001-tsukuru-soci

昨年の夏は朝日新聞バッシング一色だったが、今年は安保法案一色で皆がもう1年前のことなど忘れたかのような雰囲気の中、いやそうはいかんぞ、と「朝日慰安婦誤報取り消し1年」という特集を8月4日に掲載したのが産経新聞だった。我々は決して忘れもしないし許しもしない、という産経の執念を感じさせる企画で、何と1面、3面、27面などものすごいスペースをさいて特集をぶちあげたのだった。

そしてその目玉となったのが、慰安婦報道との関連で当時名前が出、右派に「売国奴」などと攻撃を受けてきた元朝日新聞記者の植村隆さんのインタビューだった。

その企画に応じて敵陣に乗り込んだ植村さんも、それなりの覚悟はしていたのだろう。インタビューというより実態はディベートで、朝日批判で有名な産経政治部の阿比留瑠比編集委員との間で激しい応酬になった。業界では知られた二人の論客の対決となったために反響もあり、産経はその後8月29日に、紙面に掲載する前の文字起こし原稿を10回に分けてウェブサイトにアップした。

http://www.sankei.com/premium/news/150829/prm1508290007-n1.html

産経新聞の紙面は、「証言テープ聞いたのは一度だけ」という見出しをメインに持ってくるなど、植村さんや朝日を追及しようという姿勢がありあり。明らかに、植村さんにとってはアウェイだった。  ただそのアウェイの中で植村さんがなかなか健闘していることが話題になった。さらにウェブで詳しい内容が公開されると、これじゃあ植村側が攻めているみたいじゃないかという声もあがった。

詳しくは原文をご覧になっていただきたいが、産経のweb版が記事をあまりに細切れにしていて読みにくいことこのうえないので、先に紹介した『創』記事でハイライトシーンを読んだ方がよいかもしれない。

前述した『週刊新潮』の記事もその植村vs阿比留の対決を紹介しつつ、もちろん植村さんを批判するものなのだが、おかしいのは対決において植村さんが健闘していることは認めているようで、見出しがこうだ。「産経インタビューを乗り切って植村隆は責任転嫁の天才だった」。つまり植村が自分を棚に上げて他紙や産経を批判しているのは責任転嫁だ、と非難しているのだ。

植村さんは周知のように昨年の朝日新聞バッシングに先駆けて週刊誌などの猛攻撃にさらされ、それを受けた脅迫状が非常勤講師としての勤務先である北星学園大学に何度も送られ、逮捕者も出る騒動になった。昨年後半以降は、『文藝春秋』への手記発表や、「負けるな北星!の会」など支援団体もできて、反撃が行われ、世論の盛り上がりもあって、北星学園大学での講師としての雇用継続が実現したのだった。

ただ、この秋、実は来年度の植村さんの雇用継続をどうするかが北星学園大学でまさに今、焦点になっている。その経緯については、下記の長谷川さんの記事が詳しい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151009-00010000-socra-soci&p=1

実は私も今年5月に北星学園大学の特別授業の講師に呼ばれ、行ってきたのだが、東京での昨年の植村・北星問題の盛り上がりに比して、意外と当の北星学園大学での反応がいまいちであるのに驚いた。これは教授会がその問題にやや冷淡であるためらしく、昨年秋に植村さんの雇用継続が劇的に決定した背景には、大学の自治を守れという理事会の動きが大きかったようだ。そして今年、再度雇用継続問題が起きるなかで、外部からの脅迫に対して今後も警備態勢を継続することに教員などから反対の意向が強く、雇用継続は楽観できない状況になりつつあるようだ。

札幌では9月19日に「負けるな北星!の会」のシンポジウムが開催され、大学に対して雇用継続を求める運動が再び盛り上がりつつある。そのシンポの内容は、『創』11月号で8ページにわたって収録したが、例えば昨年、植村問題をニューヨークタイムズの1面で紹介した同紙東京支局長が、昨年のバッシング騒動以来の朝日新聞の自粛ぶりを強く批判するなど興味深い内容だ。

http://www.tsukuru.co.jp/

昨年の北星学園大学脅迫事件に対しては、読売新聞や産経新聞なども脅迫を弾劾する社説を掲げるなど、言論報道界をあげて反対の声が高まったが、植村さんの雇用問題について言えば本当に大変なのは今年秋だ。既に同大学では大きな議論になりつつあるようだが、

言論報道や大学自治をめぐる問題として今後関心を持っていきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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