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封印されていた映画「アンブロークン」公開が決まってあの騒動を思い出した

篠田博之月刊『創』編集長
映画「ザ・コーヴ」上映騒動の時、イメージフォーラム前で

人気女優アンジェリーナ・ジョリーが監督した映画「アンブロークン」(邦題は「不屈の男 アンブロークン」)の日本での公開がようやく決まった。海外では既に昨年公開されていたが、日本では「反日映画」なるレッテルが貼られ、配給会社が見つからないままになっていたものだ。

南京事件を描いた映画や、「靖国」「ザ・コーヴ」など、この何年か、様々な映画が「反日」という非難を浴び、上映中止騒動が相次いできた。それが今度はハリウッドの娯楽映画まで公開できないというのでは情けないと思っていたので、公開決定はうれしく思う。

昔からアメリカ映画では日本やドイツは悪者に描かれてきたし、そのステレオタイプに対する批判もなされてきた。でも暴力的に上映中止に追い込むといったことはそうなかったはずだ。日本社会はこの10年ほど、その種の表現に対して本当に寛容さを失ってしまった。

来年2月にまず上映されるのは、渋谷のイメージフォーラムだという。この映画館は「ザ・コーヴ」の時も、右翼団体の攻撃をはねのけて上映を行った劇場だ。2010年7月3日の同映画の公開初日の騒動は今でもよく覚えている。当時は今ほど有名でなかった在特会などの団体が大挙して映画館前に押しかけ、それに反対する市民や取材に訪れたマスコミ、それに警備の機動隊が劇場前でもみくちゃとなった。劇場前の少し広くなったスペースは騒然とした雰囲気に包まれた。

映画を観もしないで上映中止を叫ぶのはおかしいじゃないか、と説得しようとネトウヨの隊列に割って入ろうとしたのが鈴木邦男さんだった。だが、混乱状態のなかでハンドマイクで顔を殴られ、出血する事態になった。この記事の冒頭に掲げたのが、鈴木さんが殴られた瞬間の写真だ。

その公開初日には横浜の映画館にも右翼が押しかけたのだが、鈴木さんと親しい統一戦線義勇軍と上映中止を叫ぶネトウヨが対峙し、それに地元右翼もやってきて劇場前で怒鳴り合いになり、一触即発の状態になったらしい。私は渋谷の方に行っていたのだが、横浜に行った知人から電話が入り、「恐ろしいことになっている」と聞かされたのを覚えている。

「ザ・コーヴ」も当初、 街宣抗議を恐れて次々と都内の映画館が上映を中止させたのだが、その結果、2010年6月9日に自主上映とシンポジウムを「なかのゼロホール」で開催予定だった『創』主催の上映会が大規模公開の最初になってしまった。定員550人の会場には開場1時間前から700人を超す行列ができたのだが、地元警察が警備に押しかけ、パトカーが何台も並ぶ中での開場となった。

我々も、反権力のメディアだから警察の手は借りないなどとカッコいいことを言っている場合ではないので、警察と協力しながら、会場外の警備は警察に任せ、スタッフは場内警備に神経を使った。ペットボトルが武器になる怖れがあるとのアドバイスで、館内の自動販売機は全て使用中止にした。右翼側は客として館内に入り、そこで上映中止のビラをまくなどの抗議を行った。暴力を振るわない限り彼らの抗議する自由は認めることにし、むしろ上映後のシンポで彼らに発言を促した。

映画上映の後、鈴木邦男さんや森達也さん、綿井健陽さんらに登壇してもらって、この映画をめぐる騒動と表現の自由についてシンポジウムを行った。実は事前には伏せていたのだが、その討論の冒頭に映画の主人公が登壇するというサプライズ演出があった。不測の事態が起こるとしたらそのタイミングなので、この時は本当に緊張した。

「ザ・コーヴ」は日本のイルカ漁を批判した映画で、日本の漁民などが悪者にデフォルメされて描かれており、私もその主張に同意するものではなかったが、日本で「反日映画」と指弾されていた映画のアメリカ人の主人公がこんなふうに危険も予想される場に出てきて信念を持って発言するのは良いことだと思った。

私は司会をしていたのだが、そのアメリカ人リチャード・オバリーは、何と手製のボードに日本国憲法21条の条文を書いてきていた。それを読み上げて、日本には表現の自由があるはずなのに映画が上映できないことは残念だと語った。私はそれを隣で聞いていて、アメリカ人に日本国憲法を説教されるというシチュエーションに、情けない気持ちになった。

この映画も海外では既に公開されながら、日本では上映中止騒動に巻き込まれていたのだが、日本はいつから自分たちを批判的に取り上げた映画の上映さえも許さないというような狭量な国になってしまったのか、と思った。映画への批判は当然なされてよいが、それを暴力的に中止に追い込もうというのはまた別のことだ。当時、抗議する側は、公開の劇場前だけでなく映画関係者の自宅にまで街宣をかけるなどしていた。

「ザ・コーヴ」騒動の2年前、2008年には映画「靖国」をめぐる上映中止騒動が起きた。これも大変な騒動だったが、その経緯は創出版刊『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』というブックレットにまとめてある。

今回の「アンブロークン」については、来月11月から試写が始まり、2月公開へ向けてまだ紆余曲折がありそうだ。イメージフォーラムはこれまでもある種の覚悟をもって映画上映を行ってきた劇場だから心配ないだろうが、問題はそれに続いて全国にどんなふうに公開を広げていけるかだろう。

「ザ・コーヴ」の時には全国の上映劇場が配給会社を軸に連携し、右翼の街宣を受けた時にどう対処したらよいかといった情報を共有していった。「アンブロークン」については、そういう状況に至らないことを祈っているが、「靖国」や「ザ・コーヴ」での経験がぜひ生かされてほしいと思う。

「アンブロークン」についてはもちろん『創』でもフォローするつもりだし、これまでの上映中止騒動についての情報も提供していきたいと思っている。「靖国」や「ザ・コーヴ」の時は、公開劇場に弁護士たちも足を運んだし、表現に関わる多くの人たちが声をあげた。そういう議論がきちんと行える状況をぜひ作っていかなければいけないと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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