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芳林堂書店の自己破産と出版界に広がる深刻な危機

篠田博之月刊『創』編集長

2月26日に発表された芳林堂書店の破産はショックだった。高田馬場芳林堂は早大に近いこともあって弊社刊「マスコミ就職読本」が最も売れた書店で、よく足を運んでいた。そういえば今年は全く追加注文が来ないなと思っていたらこの事態である。

ネットでは、2月5日に取次の太洋社の廃業発表があって、芳林堂が同取次の大手取引先だったことから、太洋社廃業が芳林堂に波及したという見方が流布されているが、正確にいえばそうではないだろう。というのも2月22日に弊社を含む全出版社に太洋社からやや深刻な報告が送られていたからだ。

太洋社は2月8日の債権者向け説明会で、資産売却などによる自主廃業を行い、出版社などの債権者に迷惑をかけないつもりであることを表明したのだが、その後、事態が悪化したと報告してきた。そしてその中で、大口取引書店の売上金の焦げ付きを指摘していた。そもそも太洋社の経営悪化の一因としてその大口書店の売掛金延滞があることを説明会でも指摘していたのだが、その回収が不可能になりつつあるとして、このままでは出版社などへの売掛金の半分近くが焦げ付くことになると通告してきたのだった。報告には書店名が書かれてないが、それが芳林堂を指すことは明らかだ。

つまり、芳林堂の経営悪化で太洋社への支払が延滞し、それが最近になって焦げ付く恐れが判明したというわけだ。その4日後に芳林堂の破産が明らかになった。太洋社と芳林堂は一心同体といった関係にあったわけだが、双方の業績悪化が両方共倒れという事態に至ったわけだ。太洋社自身も説明会では大丈夫だろうと説明していた出版社への支払が困難になるわけで、その危機は次には出版社に波及する。

栗田に続いて太洋社と、こんなふうに取次が次々と潰れていくなどということは、かつては想像もできなかった。戦後、世の中が不況でも出版市場だけは右肩上がりと言われてきた。日本人は本をよく読む国民とされてきたのだ。

それが90年代半ばをピークにとめどない落ち込みを続けている。書店が潰れ、取次が潰れ、出版社が潰れるという負の連鎖が次々と起きている状況だ。出版界全体としてこの問題を真剣に考えて行かないと出版文化の危機といった相当深刻な事態に至ることは明らかだ。

書店、取次、出版社の危機と書いたが、同時に考えてほしいのは、読者の方々だ。芳林堂高田馬場店は立地条件から言っても決して悪くない。早稲田から高田馬場駅に出るちょどそのターミナルにある相当条件の良い書店だった。早大生が相当利用していたはずだ。「マスコミ就職読本」が同書店で相当売れていたのも、マスコミ志望者の多い早大生が買っていたからだ。

でもこの1~2年、それが急速に落ちていた。同書店だけでなく早大の周囲にある書店も同様だ。たぶん大学生が本をあまり買わなくなっているのだろう。私は以前、早大で講師を務めていたが、自由な気風だし、学生が比較的よく本を読んでいるという印象で、教えていて楽しい大学だった。今もマスコミ志望の学生と毎年相当接触しているが、実感として学生が本や雑誌を読まなくなっているのを感じる。

例えば女性誌を例にとると、『JJ』『CanCam』『ViVi』というかつて赤文字雑誌と言われたジャンルの落ち込みがこの10年ほどものすごい。逆に中高年の女性誌市場は安定しているため、『JJ』など、読者年齢を引き上げて、壊滅状態の20代向け市場から抜け出そうとしているのが現状だ。

かつては雑誌市場のかなりの部分を支えていた20代読者の市場が相当落ち込んでいる。一番大きい理由はスマホの影響だろう。若い世代がスマホへ大きくシフトしてそこから情報を得るようになり紙媒体を買わなくなった。高齢者はそれに追いついていないために紙媒体の落ち込みがそこまで深刻でないのだ。雑誌だけでなく、新聞も20代への浸透はいまや絶望的状態だ。

スマホは確かに便利だが、紙媒体の情報がネットに代えられるわけではない。最近、ニュースといえばヤフーニュースしか見てないという若い人が多い。でも、ネットニュースと新聞のニュースは実はかなり違う。このあたりはもうさんざん言われていることだから今さら書かないが、ネットの速報性は他のメディアをもって代えがたいが、新聞の持っている情報をネットが全て肩代わりできるわけではない。

いま書店が本当に次々と姿を消している。芳林堂のあったお店は書泉が買い取るようだが、それは高田馬場駅前という立地が良いからだろう。「創」編集部のある四谷駅周辺は、かつて2つの書店があったが、いずれも潰れ、駅周辺に書店がなくなってしまった。書店は単に本を売るだけでなく、文化の発信拠点でもある。書店がこんなふうに次々となくなっていくのは、一般に思われているよりも深刻な問題だと思う。四谷文鳥堂には、売れている雑誌だけでなく、中核派の機関紙「前進」まで置いてあった。あおい書店四谷駅前店にも映画やサブカル系の雑誌がたくさんあって、店頭に行くたびに新たな文化との出会いがあった。それはネット書店に代えられない貴重な機能だ。

出版文化はいま本当に危機的状況にある。手遅れにならないうちに皆がこの現状を考えていく必要があると思う。私が創出版を興したのは1980年代初め。まだ20代の時だった。その頃はまだ20代の若輩者が出版社を起こし、雑誌を発行するというのができた時代だ。そこから30数年、今ほど出版文化が危機にさらされたことはなかったのではないだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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