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大騒動の清原和博薬物報道があまり触れない、薬物依存に関してとても大事なこの話

篠田博之月刊『創』編集長

このブログを一度書き終えたところへ、岡崎聡子さんから手紙が届いた。岡崎さんは元オリンピック体操選手だが、薬物依存で何度も逮捕され、今も服役中だ。アスリートから薬物依存へという点では清原選手と共通しているかもしれない。私はもう何年か前からのつきあいだが、深刻な薬物依存になると、そこから抜け出すというのは事実上、かなり困難だ。2~3年ずつ塀の中と外を往復するという状況に陥っている薬物依存者が実は刑務所にはかなり多い。再犯率が高いからだ。

その彼女の手紙の中で、清原元被告の保釈の時にヘリコプターまで飛んでマスコミが大騒ぎした話に言及がなされていた。ヘリコプターとバイクで、保釈された人間を追尾し、入院した病院を何日にも渡って取り囲むというマスコミの異常さを示した事態だった。

有名人の薬物事件だから、大報道を行うのもやむをえないかもしれない。しかし、どうせやるのなら、もう少しきちんと考えた報道ができないものか。マスコミの薬物報道については以前からそう思ってきた。清原元被告の判決報道を経て、マスコミの大騒ぎ報道も一気に終息する可能性があるので、ここでひとつだけ書いておきたい。

5月31日に執行猶予付の有罪判決が出た清原和博元被告の判決内容は予想通りだ。大量に行われた一連の報道は、薬物依存について考えるためのきっかけにはなったと思う。そこでぜひお願いしたいのだが、6月1日から始められた「刑の一部執行猶予」制度について、もっと注目してほしい。この制度については、5月29日付読売新聞や、31日付朝日新聞が大きな記事を載せているが、清原裁判の報道に比べて今一つ関心を持たれていない。

この制度改革は大変意味のある事柄だ。薬物依存への対処をめぐって処罰から治療へという流れに司法の世界が舵を切ったことを意味するからだ。清原元被告の場合は、もとから執行猶予付き判決が予想されたケースで、この「刑の一部執行猶予」制度の対象とはならないのだが、でももう少しマスコミは関連付けて報道してほしい。

日本の薬物依存に対する取り組みはアメリカに比べて20年以上遅れていると言われてきたが、ようやくアメリカの後を追い始めたといえる。アメリカではドラッグコートという独特の司法システムを導入しているのだが、日本の場合は法律改正も必要だし、いきなりドラッグコートの導入は無理と言われてきた。今回の「刑の一部執行猶予」制度は、日本でも可能な範囲で司法システムを変えていこうという方向を示したものだ。

こうなったのは、薬物犯罪など再犯率が高いと言われるものに対しては刑務所に隔離しておくだけの処罰法では限界があることが指摘されてきたことと、刑務所の収容定員オーバーという問題が深刻化してきたためだろう。後者はアメリカが薬物依存対策について舵を切った背景のひとつとも言われてきた。

改正の方向を一言で言えば、処罰だけでなく治療を、ということだろう。刑務所だけでなく社会全体で薬物依存対策を進めようという考え方だ。

私もこれまで、三田佳子さんの次男や田代まさしさんなどのケースで薬物依存の恐さに触れてきたが、「え?」と思ったのは、例えば、田代さんが2008年に出所した時のことだ。満期出所だったため、刑務所を出た時点で保護観察もつかず、何のフォローもなされない。出所後は家族を始め周囲のサポートによって更生を図るしかなかったのだが、「放り出した」という印象に近いものだった。一般の犯罪と比べて再犯率が高いと言われる薬物依存への対応がこれでは再犯防止はできないだろうと思った。逮捕して刑務所に一定期間閉じ込めて懲罰を与え、刑期が過ぎたらフォローもせずに放り出すというのが、これまでの日本の薬物対応だった。これでは薬物依存は減っていかないだろう。

今回導入された「刑の一部執行猶予」制度は、少し早めに出所できるようにするのと引き換えに、保護観察を受けたり治療プログラムを受けることを求めるというものだ。アメリカのドラッグコートも導入されて効果があったとされているが、日本でも治療にもっと軸足を置いた対応に舵を切ろうという考え方だ。 

ただ、マスコミ報道でも指摘されているように、民間にそれだけの受け皿が十分に備わっているかが重要で、そこの充実を伴わないと制度だけ変えても実効性はない。読売新聞が「薬物犯 社会で更生支援」と大見出しをつけ、サブタイトルで「長期的に専門治療 出所後の態勢課題」と謳っているのは的確だ。朝日新聞も「保護観察年3000人増 受け皿足りぬ恐れ」と中見出しを付けている。

だから、まだまだ課題は多く、今回の制度改正はその第一歩なのだが、薬物事件にどう対処すべきかという方向性を示したという点では意義は大きいと言える。これまで薬物事件のたびにテレビで「もっと厳罰に処すべきだ!」と声高に叫ぶ識者が多かったが(今回の清原元被告の執行猶予判決に対してもそう言っている人もいたが)、それは薬物依存の実態を知らない人の見方と言わなければならない。刑務所にぶち込んでおいて、薬物依存が治るという実態はない、というのは、実際に受刑したほとんどの人たちが口にしていることだ。

5月31日に清原元選手の判決、そして6月1日に新たな制度が始まったというのは、偶然ではあるのだが、これを機に薬物依存を減らしていくにはどうすべきなのか、もっと報道し、議論してほしい。

ちなみに清原元被告について言えば、妻と離婚し、子どもともあまり会えなくなったという孤独な状況が彼の薬物依存を悪化させた背景にあることは明らかだから、その状況を変えない限り解決にはならないかもしれない。そこが薬物依存との闘いの大変なところなのだが、でも「またやったら刑務所行きだ」といった脅し効果でやめさせるという、これまでの考え方では限界があることは明らかだ。逆に言えば、それほど薬物依存とは深刻なものだということだ。

今回の清原薬物報道全体を見ていた印象としては、報道する側が薬物依存の背景に踏み込むなど、かつての「厳しく処罰せよ」という単純な報道から見ればかなり改善されつつあると思う。だからその意味で、「刑の一部執行猶予」制度についてもっと報道してほしい。犯罪防止というものに国が、社会がどう対応していくべきかという、かなり本質的な問題提起を、今回の制度改革は投げかけている。これをきちんと社会に提示して議論する基盤を作るのがマスコミの役割ではないかと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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