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「あまちゃん」能年玲奈“引退騒動”が提起した芸能マスコミのあり方

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊文春」6月9日号

NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」でブレイクした能年玲奈さんをめぐる “引退騒動”が続いている。この騒動、芸能マスコミのあり方についていろいろな問題を提起しているように思うので整理しておこう。

“引退”報道のきっかけを作ったのは5月24日発売の『週刊女性』6月7日号の記事「能年玲奈 事実上芸能界を引退へ」だった。能年さんがこの6月末で切れる契約の更新を行っておらず、このままでは芸能界を引退することになりかねない、という内容だ。表紙にも大きくぶちあげ、「引退」という表現にインパクトがあったために、スポーツ紙やテレビのワイドショーが一斉に後追いした。

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実は昨年も能年さんの“洗脳”騒動というのが起きたが、今回の騒動はその延長といえる。昨年の“洗脳”騒動とは、能年さんと所属事務所のレプロエンタテインメントが対立し、互いに弁護士を立てて協議中で、能年さんは2014年末公開の映画『海月姫』以降、一部のCM以外新たな仕事もできない状況になっているというものだった。

例えば2015年公開の映画『進撃の巨人』についても能年さん出演の話があって、彼女自身に直接打診が行われ、本人は乗り気だったが、事務所を飛び越えて話をしたのはルール違反だと事務所側が反発して、出演がだめになったという。そうした双方のぎくしゃくが重なっていったらしい。

それが公になったのは、昨年初めに、事務所に知らせずに能年さんが会社を興していたことが発覚したためだ(能年さん側はこれはタレント事務所ではないと主張)。事務所側は、誰かが背後で画策している者がいるのではないかと思ったらしい。その結果、噴出したのが“洗脳”騒動だった。能年さんの演技指導を一時期行った「生ゴミ先生」こと滝沢充子さんを能年さんが慕っており、新事務所にも取締役として名を連ねていたことから、事務所側は滝沢さんが能年さんの背後にいると疑ったようだ。

こうしてちょうど1年前、能年さんが滝沢さんに“洗脳”され、迷走しているという“洗脳”報道が芸能マスコミに吹き荒れた。

今回の“引退”騒動は、いわばその第2幕だ。昨年のゴタゴタ以降、対立した事務所と能年さんは双方が弁護士を立ててこう着状態に陥り、双方の契約期限がこの6月末に迫った。能年さんが契約更新をしないために、事務所側は「このままでは芸能界引退という事態にもなりかねない」といった話を芸能記者にしたのだろう。

冷静に考えれば「このままでは芸能界引退も」という捉え方自体、事務所側の発想だ。しかし、ほとんどの芸能マスコミがその線に沿って一斉に報道を行った。事務所から独立して新たな活動をしたいと思っていた能年さん側にしてみれば、「契約更新をしなければ芸能界引退」という5月下旬以降の報道は、事務所の意を受けて自分たちを追い詰めようとした動きとしか映らなかっただろう。

そしてその状況に風穴をあけたのが6月2日発売の『週刊文春』6月9日号「能年玲奈母独占告白『引退も洗脳もウソ“報道リンチ”酷すぎます』」だった。一連の報道に能年さん親子はマスコミへの不信感を強めており、『週刊文春』の取材依頼にも最初はなかなか応じなかったという。

“報道リンチ”という表現はあまりにも強烈だが、本文を読むとこの表現は、能年さんの母親でなく同誌記者が使ったもので、記者が「今、能年さんバッシングが相次いで、“報道リンチ”を受けているような状況です」と問いかけたのに「本当に酷い」と答えたものだ。これを母親の言葉としてカギカッコ付きで見出しにしてしまう手法はちょっと気になるのだが、まあ細かいことはさておいて、この局面で母親の単独インタビューを引き出した『週刊文春』には敬意を表したい。

私は東京新聞に毎週日曜連載(北海道新聞や中国新聞にも転載)しているコラム「週刊誌を読む」の5月28日付で、芸能事務所の意向に沿った一斉報道を行っている芸能マスコミに疑問を呈し、昨年能年さん側の主張を独自報道した『週刊文春』に期待すると書いた。既にその時点で取材を開始していたと思われる同誌は、満を持してカウンター記事を掲載したのだ。

同誌の記事で能年さんの母親は、5月下旬から一斉に始まった引退報道に「すごくびっくりしています。事実無根の報道もあって本当に悲しい」「玲奈に引退する気持ちはありません」と述べている。

能年玲奈さんを洗脳して独立を画策しているとされた滝沢さんが『週刊女性』と、それに依拠した報道を行ったフジテレビの二つの番組に抗議文を送ったことも、その記事には書かれていた。

能年さんの母親は、娘が滝沢さんに洗脳されて親の言うこともきかないという報道は誤りだし、娘の独立については「新たに会社を立ち上げることになるのではないかと思っています」と語っている。引退どころか新たな出発を考えているというのだ。

記事によると、事務所側は契約期限の6月末が近づいているのに契約更新がなされないことを心配して、社長と能年さん本人の1対1の話しあいを主張し、能年さん側は弁護士同席を求めているという。そのこう着状態に事務所側が何とかしたいと思ったのが一連の報道の発端なのだろう。

もともと双方の対立には、ボタンのかけ違いのような面もあったようだ。昨年の“洗脳”騒動の時点で、事務所側の主張をわかりやすく報じたのは『週刊ポスト』2015年6月5日号「能年玲奈『もう気が狂う!』暴走ヒステリー現場をスッパ抜く」だ。能年さんはちょっと変わったキャラクターであることもあって、彼女の意向に現場が振り回され、女性マネージャーが体調を崩して長期休養に入ったなどという具体的な話が書かれている。

一方、芸能マスコミがほとんど事務所寄りの報道をする中で、能年さん側の主張を載せたのが『週刊文春』2015年5月7・14日号「能年玲奈本誌直撃に悲痛な叫び『私は仕事がしたい』」だった。前述した『進撃の巨人』への出演が事務所の意向でダメになるなどの経緯があって、能年さんは自分が事務所とうまく行っていないため仕事を干されているのではないかという思いを抱いていたらしい。事務所との交渉に弁護士を立てていたということは、もうその時点で能年さんは事務所を辞めることを考えていたのだろう。そして、その契約期限が1年後の今年6月末に迫ってきた。そういう一連の経緯が、今回の“引退”騒動の背景だ。

たぶん能年さんと事務所側とそれぞれ自分の主張はあるのだと思う。それは当事者同士で話しあって解決してくれればよいのだが、ややこしいのは、それを芸能マスコミが報じ、いわば代理戦争が展開されていることだ。それによって読者から見れば、どこまでが事実でどこまでがウラの取れた情報なのかわかりにくくなっている。おおまかに言えば『週刊文春』は能年さん側、他の芸能マスコミは概ね事務所の意向に沿った報道と考えて良いのだが、媒体によって書いてあることが正反対といってよいほど違うので、戸惑う読者も多いだろう。

どちらが正しいかというより、立場が異なる双方が自分の見方を主張しているということだろう。背景としては、芸能界の新人の育て方という問題が横たわっているように見える。育てあげた新人が人気の出た後に辞めていくのを黙ってみていては芸能事務所は成立しない。かつては独立したタレントを業界全体で干し上げたといった話もあった。事務所としては、能年さんを国民的タレントに育てたのは自分たちだと思っている可能性があるが、能年さんにとって見れば全くそうではないのだろう。契約満了時期に能年さんがスンナリと独立できるかどうかは簡単ではないのかもしれない。

事情はどうあれ能年さんのようなタレントがその才能を発揮できないことになるのは残念だから、何とか双方の話しあいで解決してほしいと思う。ただ昨年に続く今回の騒動で気になるのは、芸能マスコミがほとんど事務所側の意向を伝えるのに終始してしまったことだ。今回の『週刊文春』の報道がなければ、一方的な報道が続き、6月末へ向けてさらに激しくなっていたことだろう。結果的に芸能マスコミは、事務所側の報道機関になっていたわけで、まさに芸能界の“ムラ”の構造に報道側も組み入れられている現実を、それは示したものだ。

最後にひとつのエピソードを紹介しておこう。昨年の騒動の後、複数の週刊誌が、能年さんをプライベートな場で直撃している。そしてある週刊誌が騒動の真相を聞こうと直撃した時、能年さんはとっさに「事務所を通して下さい」と答えたという。タレントが突然、週刊誌の直撃を受けた時に条件反射のようにそう答えるのは通例だから、本人も突然の直撃に動転して、そう答えたのだろう。でも考えて見れば、その事務所と対立している説明を聞きたいというのだから、事務所を通すことはありえない。

だから、このエピソードは考えてみれば可笑しいのだが、でも本質的でもある。事務所は本来、タレントを守るためにあるものだから、その事務所とタレントが対立した場合など想定されていない。そういう想定外の事態を、通例通り事務所側のみの情報で伝えてはいけないということも、報道する側は自覚すべきだろう。

別にここで『週刊文春』の記事が一方的に正しいと言っているわけではない。事務所の側にも言い分はあると思う。問題なのは、芸能マスコミが事務所側の情報のみを一方的に報じてしまうという、その構造なのだと思う。

さて契約期限をまもなく迎えてこの騒動、どう決着するのだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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