Yahoo!ニュース

シリアで拘束された安田純平さん解放のために、私たちに何ができるのか

篠田博之月刊『創』編集長
安田純平さん拘束事件と戦場取材についてのシンポジウム

昨年6月にシリアで消息を絶ったジャーナリスト安田純平さんが「助けてください。これが最後のチャンスです」と書かれた紙を持った写真が5月末に公開され、代理人を自称するシリア人が「期限は1カ月」と言ったと報じられてもう半月がたった。拘束しているのはアルカイダ系のヌスラ戦線と言われるが、身代金目当てであることは明らかになっている。だから、この「期限は1カ月」というメッセージも一種の揺さぶりだという見方もある。ただ、昨年、これはイスラム国という別の組織に拘束された後藤健二さんら2人の日本人が実際に殺害されているから楽観は禁物だ。

昨年のシンポで発言する安田純平さん
昨年のシンポで発言する安田純平さん

5月末に写真が公開される前には3月16日に安田さんの動画とメッセージが公開されている。安倍政権はテロリストは相手にしないと言明しているから、拘束した側も間もなく1年ということで焦りが出ている可能性もある。

そうした状況を受けて、ここへきて日本でもいろいろな動きが出始めている。最近、NHKなどテレビのニュースでも報道されて話題になったのは、6月6日夜に首相官邸前に100人以上の市民グループが集まり、安田さん救出へ向けてあらゆる努力をすべきと訴えたことだ。市民グループがイメージしたのは2004年に高遠菜穂子さんらがイラクで人質になった時の救出運動だろう。あの時はいろいろな人が声を上げ、人質は無事に解放された。ちなみに安田さんもその後に一時拘束され解放されている。

ただ、この市民グループのデモについては、批判も含めていろいろな意見が投げられた。今回は2004年と違って、拘束した側が身代金獲得を目的としているため、下手に動くと拘束グループの思うつぼになりかねない。安田さん自身もこれまで戦場取材の経験を積んで、こういう局面で自らが何らかの取引に使われることを良しとしないという覚悟を表明してもいた。その本人の意志も尊重せねばならない。

実際、安田さん救出へ向けての動きは昨年からいろいろな人が行っていたのだが、それが水面下にとどまっていたのは、秘密裡にやったほうが解放への近道だという判断が働いていたからだ。その後、拘束グループが安田さんの映像を公開して揺さぶりをかけてくるという新たな局面に至って、安田さんの解放を望むジャーナリストらの間でも、救出へ向けてどう行動すればよいかについてはいろいろな考え方が表明されている。

そういう意見の違いが対立にまで至ったのが、6月9日発売の『週刊新潮』6月16日号に「勝手に『安田純平さん』身代金交渉という自称ジャーナリストの成果」と題してジャーナリスト西谷文和さんを名指しで非難する記事が掲載されたケースだ。西谷さんのこの間の動きが事態を悪化させたのではないかという、この記事に対して西谷さんは憤り、記事でコメントもしている常岡浩介さんを、「イラクの子どもを救う会ブログ」で激しく批判した(今検索してみると、その『週刊新潮』の記事自体はネットで読めなくなっているが、その記事を受けた書き込みや、同趣旨ながら実名を挙げなかった『週刊プレイボーイ』の記事は残されたままだ)。

さて、この段階で、どう行動することが安田さん解放への近道なのかという問題を含め、これまで戦場取材に関わって来たジャーナリストが率直に意見を交わそうという趣旨で開催されたのが、月刊『創』主催の4月19日のシンポジウム「安田純平さん拘束事件と戦場取材」だった。昨年、後藤健二さんらの事件の後にシンポジウムを開催し、そこに安田さんも参加していろいろな議論を行った経緯があったため、今回改めていろいろな人に声をかけて開催したものだ。

罵倒にまでは至らなかったものの、そこでは相反する立場も含め、いろいろな意見が表明された。ジャパンプレスの藤原亮司さんは「今日のシンポジウムの開催趣旨にもありますが、『こういう局面で私たちが何をすべきか、何ができるのか』ーー私は、何もしないでほしいと思っているんです」と語った。つまり下手に動くべきでないという主張だ。

中東ジャーナリストの川上泰徳さんは、それに異議を唱えてこう発言した。「私は、交渉イコール身代金を支払うものだと決めつけないで、いったい何を求めていて、どういうコネクションがあってどういう話ができるかということをまず探るべきだと思っています」

シンポジウムではそのほか、アジアプレスの野中章弘さんが戦場取材におけるフリーランスの置かれた状況について、新聞労連委員長の新崎盛吾さんが組織ジャーナリズムとフリーランスについて語った。さらにフリージャーナリストの志葉玲さんや、作家の雨宮処凛さんがそれぞれの意見を述べ、中身の濃い議論が行われた。安田さん救出のために何ができるのかという問題だけでなく、そもそも戦場へ足を運んで戦争の実態を報道することにどういう意義があるのか、あるいはもっぱらフリーランスに危険な取材を負わせている現在の日本における戦場取材のあり方をどう考えるべきかなど、ジャーナリズムの基本に関わる多くの問題が提起された。

それらの議論は、発売中の月刊『創』7月号に28ページにもわたって詳細に掲載されているし、創出版のホームページからその部分だけをスマホなどで読めるようにしてある。

http://www.tsukuru.co.jp

関心ある人はぜひ議論の全文を読んでいただきたいが、ここではその中から幾つかの発言を抜粋して公開しよう。

実はこのテーマについては6月11日に産経デジタルのサイトiRONNAに幾つかの発言や論考を公開したのだが、最後に産経デジタルの編集部が設定したアンケート「命を落とす危険があってもジャーナリストは戦地に行くべきだと思いますか?」に対して、現状で「行くべき」が97票、「行くべきではない」が911票。圧倒的に戦場取材についての理解が得られていないという結果が出ている。もちろんこういうアンケートはどういう情報を提示してどういう設問にするかによって結果がある程度左右されるのだが、この結果が今の日本における市民感覚と言えるかもしれない。

この問題をめぐっては、6月20日過ぎが安田さん拘束から1年を迎えるため、再び拘束グループが揺さぶりをかけてくる可能性がある。またその時期に、川上さんやイラク戦争の報道で知られる綿井健陽さんら戦場取材に関わって来たジャーナリストを中心に「危険地報道を考えるジャーナリストの会」という会を立ち上げ、安田さん解放へ向けた声明を世界に発信しようという動きもある。

多くのジャーナリストや市民がぜひこの問題を一緒に考え、議論してほしい。シンポジウムの発言もぜひ全文を読んでほしいが、ここではその中から藤原さんと川上さんの発言だけを紹介しよう。

そして安田さんが一刻も早く無事に解放されることを祈りたいと思う。

●藤原亮司さん(ジャパンプレス)の発言

安田純平さんが昨年6月23日にトルコの国境を越えてシリアに入って、すぐに地元の武装勢力につかまったということを、私はその数日後に耳にしました。個人的にも親交がありますので、私はそれから安田さんの情報をずっと追いかけてきました。私自身もシリアで取材したことがありますので、現地の友人や安田さんの友人、あるいは私が使っていたコーディネーターなどから情報を得ています。おそらく今はヌスラ戦線というシリアの反体制派グループに拘束されているだろうと言われています。

彼がつかまって以降、公にはずっと情報がなかったのですが、昨年12月22日付で、「国境なき記者団」という団体が声明を出しました。その内容は、日本政府が解放交渉を行わなければ安田純平は人質として転売されるか殺されるであろうというものでした。なぜそんな発表がなされたかというと、セキュリティ会社の社長を名乗るスウェーデン人の男がおりまして、それまでもずっと日本のメディアや政府に自分が仲介役になれる、交渉できると持ちかけて、一儲けしようと企んでいたのです。しかし相手にされず、国境なき記者団でよく知っているベンジャミンというアジア太平洋担当デスクに話を持ちかけた。そして彼が上司の判断を得ず、会社の会議にかけずに個人の判断でリリースを出してしまい、世界に広まってしまったということです。

それは全くの誤報であり、国境なき記者団に抗議を送ったところ、ベンジャミンの上司からすぐにメールが返ってきて、撤回させるとのことでした。私だけでなく複数の人が働きかけたと思いますが、それによって国境なき記者団は、声明を取り下げたわけです。

その後、今年の3月、今度は安田純平さん本人がビデオで語っている映像が流れ、大きく報道されて知られることになりました。今日のシンポジウムの開催趣旨にもありますが、「こういう局面で私たちが何をすべきか、何ができるのか」。私は、何もしないでほしいと思っているんです。

というのは、安田さんが3月16日のメッセージの中で、ご家族や奥様、ご兄弟のことを言っています。「いつもみんなのことを考えている。みんなを抱き締めたい。みんなと話がしたい。でも、もうできない」。これは、安田さんが家族や関係者に伝えようとした強烈な覚悟、意思表示だったと思うんです。自分は身代金による解放を望んでいないので、もう家族たちには会えないだろうという決意表明をしたのだと思います。私はこれは、一人の職業人として、ジャーナリストとして、本当に立派な覚悟のしかただと思っています。

安田さんは過去に一度、3日間ほどではありますが、イラクでも拘束されたことがあります。戦場においてジャーナリストや取材者が一時的に拘束されるというのは、時々起こりうることなんです。12年前にイラクで安田さんが拘束されたこともよくあることの一つだったにもかかわらず、大きく扱われてしまった。高遠菜穂子さんら他の3人の誘拐事件とタイミングが重なったために、非常に大きな扱いをされたわけです。

それ以降、彼はずっと、自分がもしどこかで拘束されたり、身の上に何かがあった時どう処すればいいかを考えて取材地に向かっていたはずです。彼はそれを、今回ヌスラ戦線と思われるところから流れてきたビデオによって、しっかりと表明したんです。それに対して我々はじめ同業者、あるいは関係者や一般の人たちが、政府に安田さんを解放してやってほしいと働きかけることは、安田さんの意に反することでもあるのです。これは国家が国民の身に何かが起きた時に、尽力する責任がある、義務があるということとは全く別の話で、当然政府にはそうした責務があるのですが、一方で安田純平さん個人が、自分の職責において、自分の生き方において、政府による交渉を望んでいないので何もしないでくれという訴えかけをしてきた時、私は友人として、同じ仕事をしている人間として、彼の意志を尊重したいと思うんです。

また、闇雲に政府に働きかけたり、それによって政府が何か動いたり、また我々の側からヌスラ戦線に解放してくれとアピールするといったことは、身代金を欲しがっている人間のことをこちらから宣伝してやっているようなものです。それは安田さんにとって何のメリットもないことだと、僕は思っています。

●川上泰徳さん(中東ジャーナリスト)の発言

私は朝日新聞で20年ほど中東記者をやって、1年前からフリーになっています。ちょうど1年前というのは後藤健二さんたちの人質事件があった時で、それを受けて、土井敏邦さん、石丸次郎さん、綿井健陽さんと私の4人で「危険地報道を考えるジャーナリストの会」を立ち上げました。そこで、ジャーナリストが危険地に行くというのは、ジャーナリストにとってはある意味当然のことなんだが、社会的には理解されていないという話をしてきました。安田さんもその会に参加して、自分の経験やいろんな意見を話してくれました。6月に行方不明になる前の話です。

安田さんの問題は非常に難しくて、今年の3月に映像が出てくるまで、確認情報がなかったんです。この映像も確認情報と言えるかという問題はありますが、それ以前は、安田さんが拘束されているのかどうかもわからない、誰が拘束しているかもわからない、その中で私たちも声明を出すこともできないし、動きようがないという状況でした。インターネット上では、安田さんのことが公表されないのは政府の意向などを受けて意図的に隠されているんじゃないかという声も出ている状況でした。私もあの映像が出て初めて、WEBRONZAで安田さんについての記事を書きました。

安田さんを拘束しているのは、ヌスラ戦線と言われています。ヌスラ戦線はシリアのアルカイダ組織ということですが、あまり理解されていないんじゃないかと思います。イスラム国とヌスラ戦線というのは、どちらも国際社会、安保理でテロ組織として認定されています。ただしこの二つが全く違うのは、これまでヌスラ戦線は人質をとっても、イスラム国のように殺した例はないんです。身代金の問題はありますが、何らかの形で解放されている。私は、これは重要なことだと思うんです。相手がどういう組織なのか。アルカイダ系ではあるけれども、少なくともイスラム国とは違う。ヌスラ戦線は、アサド政権軍に対して最も激しく戦っているグループと考えていいと思います。逆に、この前ロシア軍がアサド政権を支えるような形で空爆を行いましたが、その時、イスラム国に対する空爆よりも、自由シリア軍やヌスラ戦線などに対する空爆の方がひどかったし、それによる民間人の被害もかなり多く出た。だからまさに、内線の中で、政権軍と戦っている最前線にいるグループと考えてよいと思います。

だから私は、交渉イコール身代金を支払うものだと決めつけないで、いったい何を求めていて、どういうコネクションがあってどういう話ができるかということをまず探るべきだと思っています。それは民間でもできるし、当然政府にしかできないこともある。

実はアメリカが昨年6月に、人質についての政府の対応策を変更しました。それまでテロ組織とは全く交渉しない、関わらないと言っていたけれど、それを、身代金は払わないが、家族が支払うことを政府は止めないとか、その際に家族が騙されないように政府がいろんな形で支援すると方針を変えました。支援の中には、政府の担当機関が直接そういう組織と関わったりコミュニケートするということを含んでいるんです。アメリカがそれまで自国民を人質にとったテロ組織と全く関わらないとしてきたのを方向転換して、人質の安全な救出を最優先するとしたことは、すごく大きいと思うんです。

アメリカは決して、国家の安全保障は二の次だと言っているわけではありません。国家の安全保障は重要で、身代金は払わない。しかし一方で、人質の安全解放に向けて国は最善を尽くす、担当チームを政府の中に作って動く、情報収集をすると言っている。そういう態勢は日本でも必要だと思います。「身代金は払いません、テロ組織とは関わりません」でおしまいではなく、いろんな形で、人質をとっている組織とコネクションがあるところに当たり、政治的経済的宗教的に当たって、身代金を払わなくても解放する道があるのではないか。

アメリカでは実際に、ヌスラ戦線から解放されたフリーランスのジャーナリストがいます。その際にはアメリカ政府は20カ国のコネクションに当たったそうです。最終的には、ヌスラ戦線とコネクションのあるカタールが交渉に当たって人質解放がなされた。アメリカは直接的には交渉には関わっていないという立場ですが、周辺への働きかけはしている。日本も相手が「テロ組織」であっても何もしないというのではなく、できる限りの努力をする必要があり、そのためにはジャーナリストである私たちも動く必要があるし、政府しか使えないチャンネルもたくさんありますから、政府としても働きかけていくべきだと思っています。

それから、こういった危険地報道を考える時に、ジャーナリストの間で中心になって動くところがないということで、今、そういうものを作ろうと正式な立ち上げに向けて動いています。

『創』7月号のシンポジウム収録記事
『創』7月号のシンポジウム収録記事
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事