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ドラマ「逃げ恥」ヒットの興味深い現象とプロデューサーが語った話

篠田博之月刊『創』編集長
新聞や雑誌も大きく取り上げた「逃げ恥」のヒット

TBSのドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」、通称「逃げ恥」が12月20日、視聴率(関東地区。ビデオリサーチ調べ)20・8%を叩き出して終了した。回を追うごとに視聴率を押し上げていったこのドラマだが、ドラマのヒットのパターンとして新しい、かつ興味深い事柄を幾つも提示している。

ヤフーニュース個人のブログでも例えばツイッターとの関係を検証したり、「恋ダンス」がどんな効果を発揮したかの分析などデータを駆使した分析が公開されており、興味深い。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/sakaiosamu/20161221-00065720/

http://bylines.news.yahoo.co.jp/suzukiyuji/20161220-00065683/

同時に、この10月からビデオリサーチが従来のリアルタイム視聴率のほかにタイムシフト視聴率(録画再生率)を集計し、11月からそのデータを発表し始めたのだが、最初に発表された集計で最も注目されたのが「逃げ恥」だった。ドラマ初回のリアルタイム視聴率12・5%も悪くはないのだが、タイムシフト視聴率がそれを上回る13・7%。全番組を通してトップだったのだ。両方合わせた総合視聴率では、テレビ朝日の「相棒」を抜いてしまうというデータだった。

「逃げ恥」の総合視聴率は、最終回の前、12月6日放送の第9話で30%を超え、これも話題になった。これらのデータについては新聞各紙も何度も報じたが、例えば下記の毎日新聞の記事がわかりやすい。

http://mainichi.jp/articles/20161117/k00/00e/040/262000c

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161215-00000084-mai-soci

録画再生率がこんなに高いというのは、「逃げ恥」が回を追うごとに視聴者を増やしていったからだ。つまり途中で話題になっているのを知って見始めた人が、見逃し視聴で前の回から見るというパターンが多かったのだ。これが「相棒」や「ドクターX」のように定番の人気を誇る番組との違いだ。つまり「逃げ恥」は、圧倒的に伸び幅が大きいヒット番組だったのだ。

その特徴は、ドラマ「逃げ恥」の波及効果の方にも現れている。月刊『創』は1月7日発売の2月号で出版の特集をやっているのだが、その取材の過程で出版物への「逃げ恥」効果もいろいろ聞いた。

まずは講談社から出ている海野つなみさんの原作コミックスだが、販売責任者の話はこうだ。

「もともとコミックスの初版が5~6万だったのですが、ドラマ化によって全8巻で100万部を超える増刷がかかっています。それまでの初版の倍くらいの重版がかかっているわけです。しかもドラマの回が進むごとに売り上げが伸びました。通常のドラマ化の場合は、一度ドンと売れてあとは収まっていくケースが一般的ですが、この作品はドラマの人気とともに原作も売り伸ばしたという異例の売れ方です」

「逃げ恥」はデジタルでも驚異的な売れ行きを示した。ドラマを見て原作を読もうという人が第1巻からまとめ読みをする場合、電子書籍を読むケースが多いというのは、他のヒットドラマでも指摘されている通りだ。

原作のコミックだけでなく、例えば文藝春秋から出ているドラマの主役の一人・星野源さんの『働く男』『そして生活はつづく』という既刊エッセイの文庫2冊にも大きな跳ね返りがあった。それ以前から10万部は超えていたのだが、ドラマで一気に火がつき、2冊で20万部以上の大増刷になったという。

ドラマ原作や関連書についても、ドラマの回を追うごとに伸びていく、それも2倍増3倍増と伸び幅が大きいのが特徴だ。

「逃げ恥」は、回を重ねるごとに口コミが広がり、普段ドラマを見ていない層に波及していったという点では、TBSの「半沢直樹」のヒットに似たパターンだ。「逃げ恥」がなぜこんなに予想を超えるヒットになったかの分析はいろいろなされているが、ここで当のプロデューサーがどう考えているか、紹介しておこう。発売中の月刊『創』1月号のテレビ特集で、峠田浩(たわだゆたか)プロデューサーへのインタビューを掲載しているが、その中からの引用だ。

ちなみにこのドラマはプロデューサーが3人ついているのだが、峠田さんは3年前まで報道情報の部署にいて、「サンデーモーニング」などの報道番組や「朝ズバッ!」などを担当していた若手だ。ドラマへ移ってからは、今回がプロデューサーとしては3本目。前回は2015年にヒットした「コウノドリ」で、星野源さんとはその時、一緒に仕事をした関係。実は今回のドラマへの出演をお願いしたのはその時だったという。

さて、その峠田プロデューサーは、今回のドラマづくりでどんなことを心がけたのか。こう語っている。

「ドラマの部署に来てから、いろいろなドラマを見るようにしているのですが、見てみると面白いドラマがたくさんあるんです。でも例えばラブコメと聞いた途端に、見るとか見ないとか決めてしまう人もいます。面白いドラマであっても、そもそもドラマを見ない人にはなかなか届かない。そういう人たちに面白さを知ってもらうためにはどうしたらよいか、今回はそれを考えて、いろいろな工夫を行いました。『恋ダンス』もそのひとつです。   

そのほかにも、主人公がドラマで作った料理をクックパッドとコラボしてレシピをネットで公開するとか、舞台となった横浜市と協同でイベントをやるとか、日産と組んでCMを作ったりとか、日頃ドラマを見ていない人にも触れるきっかけを作れないかと考えました。

もうひとつ心がけたのは、制作側が楽しんでドラマづくりをしている雰囲気が届くようにしたいということでした。毎クールたくさんのドラマが放送されているなかで、この番組を見てもらうためには、それまでのドラマのイメージとちょっと違うという感じを出すことも必要だと思いました。例えば第1回の冒頭でいきなり『情熱大陸』のオープニング画面と曲が流れる。あるいは第2回では冒頭からいきなり『NEWS23』のスタジオが映ります。見た方は、チャンネルを合わせ間違えたかとびっくりすると思うのですが、そういう遊び心というか、何か違う、やらかしてくれるぞという試みをたくさん盛り込んでいます」

「逃げ恥」がヒットした理由の一端がよく語られているのだが、注目すべきは、ドラマというのは見る人がある程度固定しているため、普段見ていない人に訴求するために接触ポイントをいろいろ考えたという話だ。ある程度はどの制作者も考えることではあるが、峠田さんがそこに集中していろいろな発想ができたのは、彼が以前、報道・情報番組を担当していたことと関係がありそうな気もする。

ドラマ「逃げ恥」のヒット現象は、SNSなどのネットとテレビの関係を含め、いろいろ考えるべき新しい要素を含んでいる。次のヒットを狙っているテレビ関係者だけでなく、多くの人にとっても、それは考えるべき貴重な素材であるような気がする。

ちなみに先に紹介した『創』1月号のテレビ特集では、「逃げ恥」だけでなく、フジテレビ「フルタチさん」の中嶋優一プロデューサーや、鉄板ともいうべき日曜夜のバラエティ番組のプロデューサーを務めてきた日本テレビの加藤幸二郎制作局長など、各局の現場制作者の貴重なインタビューを紹介している。今のテレビがどういう状況に置かれ、どういう課題を抱えているかを特集したものだ。興味ある人はぜひ読んでいただきたいと思う。

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http://www.tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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