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なぜSMAPは日本のインフラになったのか? SMAP以降の進化する男子アイドル像

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト
(写真:アフロ)

時代のニーズとSMAPの進化ー

日本中が揺れたSMAP解散の報道。さまざまな憶測が乱れ飛んでいますが、ファンは「SMAPの言葉しか信じない」と。いずれきっと彼らの口から、報告があるでしょう。

そして、以前こちらの記事(「前例なきアイドル道を行くSMAPとファンのパワー」)で言及した「もの言う」ファンのソーシャルパワー、購買運動がSNSで拡散され、どんどん力を増していくのはすごい。

解散が発表された直後、「8/14 の時点で、直近24時間の売上枚数の伸びで決まるAmazonの「人気度ランキング」の1位〜59位をSMAPが占めている」という事態がニュースとなりました。1月にはじまった購買運動から、引き続き「世界に一つだけの花」(03年)の「トリプルミリオン」を目指すファンの動きはとまりません。

さて、解散騒動の真相ではなく、なぜSMAPが28年の長期政権を保つスーパーグループになり、「日本のインフラ」と言われるまでになったのかを、時代のニーズから探ってみたいと思います。

彼らが前人未到の道を歩く男子アイドルグループになったのは、時代に合わせて自らを進化させてきた結果だと思います。

まず、男子アイドルの歴史として、ジャニーズ事務所所属のタレントの歴史から入りましょう。男子アイドル像をみていくと、SMAP以前と以降、明らかに変わってきているのです。

SMAP以前の男子アイドルとは、どのような人たちだったのか?

SMAP前とSMAP後

80年代までの男性アイドルは「10代のデビュー直後からの絶頂と短期の活躍」を繰り返すものでした。デビューしてすぐにトップに駆け上がり、数年の絶頂期の後、後輩にその座を譲り渡す。その循環がきれいに続いていました。

SMAP以前の楽曲は、ティーンのファンたちが、彼らを恋人と夢見ることができるような「オレとお前」「僕と君」などの恋愛ソング、アイドル歌謡が主でした。主体は「僕やオレ」で、「お前や君」という客体への関係性を主に扱っていました。ターゲットのメインはティーン層です。

しかしSMAPのグループ結成は91年、デビューはバブル崩壊の91年。90年代からのアイドルはどう変化したのか?

まず10代のデビュー直後からの絶頂はなくなり、20代後半からの遅いブレイク。そして楽曲も「オレとお前」という恋愛ソングだけではなくなりました。SMAPの94年のヒット「がんばりましょう」は普通のOLへの応援歌。恋愛ソングだけではなく、幅広い層に訴求する楽曲へと変化していき、「夜空ノムコウ」(98年)「世界のひとつだけの花」(03年)と国民的楽曲へと続いていく。中でも特筆すべきは紅白でも歌われた「Triangle」。歌詞には「大国の英雄」「戦火の少女」などのワードがあり、「反戦歌」と報道番組で特集されたこともあります。

なぜアイドルが世界平和を歌うのか?

なぜアイドルが「世界平和」までを歌わなくてはならなくなったのか?

そこにはターゲットであるファン層の変化にあわせ、ティーンではなく大人のファン層に向けて進化してきたアイドル像があります。

世界でも類を見ない大人のためのアイドル像が求められる国、日本。それは女性のライフスタイルの変遷と複雑に関係しています。以下の二つの事象からみてみましょう。

● 80年代からの未婚化・晩婚化の進行

● 70年代後半からの近代家族の機能不全

まずSMAPデビューの1990年代に、すでに顕著になった晩婚化未婚化により、女性の働く時間が長くなった。日本のM字カーブは以前に比べて浅くなったと言われていますが、それは単に「結婚せずに仕事を継続する女性」が増えただけでした。また、90年代から女性総合職の採用が本格化し、少数ではあるが、可処分所得が多い独身女性が増えた。彼女たちの経済的パワーがアイドルを支えます。

さらに既婚女性の層はどうなったのか? アイドルを卒業するのか? いえいえ、彼女たちこそが、実は今日の男性アイドルシーンを支えるコア層となっていきます。

アイドルの家族化

バブル期の恋愛結婚で専業主婦になった可処分所得の高い主婦層を捉えたことが、新しい男子アイドル像の成功の秘訣です。また、結婚で卒業したのではなく、結婚したからこそ、ファンになったともいえるでしょう。

なぜ、夫と子どもに囲まれ主婦業を謳歌しているはずの彼女たちがアイドルを求めるのか?

70年代後半から、核家族化がすすみ、「積みすぎた箱船」と化した家族からは少人数では担えない介護や教育などが、どんどん外部化されていきます。外部化されるもの、そのひとつに「癒しや愛情ケア」もあるのではないかと思っています。

日本の夫婦には「父親母親像」はあっても、欧米のように子どもを預けて夫婦でデートをするような「男女の関係性」は希薄です。パパママと呼び合い、夫婦の横の関係よりも、親子の縦の関係を重視するのが日本の家族像。

だが、そんな日本の夫婦像は欧米のドラマや映画で育った世代には、何か物足りない。イクメンという言葉も90年代にはありませんでしたし、夫は昭和の仕事一筋の男性。彼女たちは一人で子育てを担いながら、癒しや愛情ケアを別のところに求めていく。しかしそれは浮気などではなく男子アイドルです。日本の家族は男子アイドルという安全弁のおかげで、表面上の平穏を保ってきたのではないかと思っています。

山田昌弘中央大学教授が「家族ペット」という本を書き、「ペットはいまや、現代人にとって人間以上にかけがえのない〈感情体験〉を与えてくれる家族となった」と記述しています。ペットだけではなく、男子アイドルもそのような「感情体験」を与えてくれるものと定義できると思います。ファンは家族のように、彼らに応援され、また応援する関係。アイドルはファンがいなくては成立せず、ファンはアイドルという「インフラ」に支えられ、今日も仕事に、子育てにがんばる。

ITインフラとファンのコミュニティの進化

2000年代に入ってネット環境が整うと、ファンとアイドルの関係はさらに緊密さを増します。ファンサイトが開設され、ブログで思いを綴り、そこにコミュニティが産まれる。女性はコミュニケーションと共感性の生き物なので、共感を交換するによって、さらにファンであることの楽しみは何倍にもなります。

ある男子アイドルファンの主婦は「XXのツアーのバッグを持って子どもの運動会に行ったら、同じアイドルのファンのお母さんから話しかけられて仲良くなった。ママ友ではなく、純粋に好きな人について話ができる友だちができて嬉しい」と言っています。

スマホが表れ、常時接続時代となると、常に好きなアイドルの情報や動画に接することができ、ファン仲間とコミュニケーションをとることができる。一日のうち、アイドルに触れる時間はどんどん長くなります。80年代のテレビの前に座らないとあえないアイドルとは、接触の度合いが違います。

アイドルは未完である

ますますハードになっていく仕事環境、子育て環境、家族の関係性・・・それを補うように成長した男子アイドル市場。SMAPとファンが過ごした28年はそのような時代だったのです。SMAP以降の男子アイドルは、こうして女性たちのインフラ、家族やキャリアを支えるインフラとなっていったのです。

スーパーアイドルと呼ばれるSMAPとて生身の人間です。生身の人間が「インフラ」になり、「SMAPは日本のエンターテイメントの中でも特別な存在。SMAPはSMAPだけのものじゃないと自覚を持つべきだと思う」(by鶴瓶師匠)と言われるのは、さぞやたいへんなことでしょう。解散すら自分たちの思い通りにはならない。

おつかれさまと言いたいところですが、前人未踏の道を行くアイドルグループSMAP。彼らの物語は終ったのでしょうか? 私はアイドルの定義は「未完であること」と思っています。常に新しい挑戦を続け、決して現状で満足することがなかったこのグループの物語は、一旦断ち切られたように見えて、まだまだ未完です。解散騒動ですら、前人未到。解散宣言と同時にファンのソーシャルパワーは、「世界に一つだけの花」という13年も前のCDをヒットチャート17位に押し上げるという異例の事態が起きています。そう、また新しい伝説がひとつ。

彼らの進化にあわせてファンも進化してきた。「もの言うファン」のソーシャルパワーに支えられたSMAPの奇跡の物語は、まだまだ続いていきそうな気配です。

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

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