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【美味しんぼ・鼻血問題】原発事故取材から考えるー福島や東京等の汚染は想像以上に深刻、過小評価は禁物

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
都内で発見した超高濃度セシウムを含む「黒い物質」。子どもが指で触った跡があった。
都内で発見した超高濃度セシウムを含む「黒い物質」。子どもが指で触った跡があった。

原発事故後の福島の状況を取り上げた『美味しんぼ』へのバッシングは凄まじいものがあった。なにしろ、石原伸晃環境大臣が「専門家によって、今回の事故と鼻血に因果関係がないと既に評価されており、描写が何を意図しているのか全く理解できない」と発言したのに続き、安倍首相自ら「根拠のない風評被害には国として全力を挙げて対応する必要がある」とまで、言い切ったのである。いくら人気の漫画とは言え、異例の姿勢だと言えよう。思い起こせば、’04年のイラク日本人人質事件の際も、官邸から事件被害者を批難する発言の後、こぞって新聞、テレビ、雑誌、そしてネットと、バッシングの集中砲火が行われた。過剰なバッシングは、むしろ政権がその件について、非常に神経質になっていることを露呈させるものである。

◯進歩のない一部マスメディアの鼻血論争

さて、問題の原発事故後の鼻血のことであるが、志葉も取材の中でそうした話は何度も耳にした。志葉自身、事故直後の原発から20キロ圏内を取材した後、しばらく目ヤニが酷かったことがあるが、あんな症状は初めてであり、不気味に感じたのをよく覚えている。それでも、確信を持って「原発事故が原因」と断言はできないのが正直なところではあるが、テレビ、新聞報道などでは、「大量の放射線を浴びる宇宙飛行士も鼻血を出していない」など、相変わらず内部被曝を理解していないかのような、専門家のコメントを紹介していることには、少々呆れた。この間、放射能と健康被害についての関係、可能性については、様々な議論があり、視聴者や読者もバカではない。あの程度の言説を専門家コメントとして紹介するから、むしろ不安を煽ることになるのではないか。

◯福島や東京の放射能汚染は人々が考えているより深刻

志葉の取材経験から言えば、福島、そして東日本の広範囲での汚染は、政府や世間一般の人々が考えるよりも、ずっと深刻な状況だ。事故によって降った放射性セシウムが、風雨で寄せ集められ、土中の粘土質やラン藻などの微生物に付着した「黒い物質」(「路傍の土」と呼ぶ市民団体も)は、福島県だけでなく、東京都内の各地でも発見された。その濃度たるや、凄まじく、東京都内のものでキロあたり数万~29万ベクレル、福島県のもので、50万~数百万ベクレル以上。原発事故以前の「放射能に汚染された廃棄物を安全に再利用できる基準」(クリアランスレベル)が、キロあたり100ベクレルだから、その数百から数万倍以上となる。そんなものが、道路脇のあちこちや、子ども達が遊ぶ公園等に普通に落ちており、風などにより飛散したりもしているのだ。そして、地元市議や母親達の訴えに政府も自治体もまるで耳を貸そうとしないのである。この問題については、志葉も映像提供・取材協力した映画『ママの約束-原発ゼロでみつけた本当の豊かさ』(増山麗奈監督)でも紹介されているので、ご興味あれば以下上映イベントに参加されるとよいだろう。

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映画「ママの約束」鑑賞会&トーク

~原発ゼロでみつけた本当の豊かさ~

【日時】5月24日(土)午後7:00~ open6:30

ドキュメンタリー映画「ママの約束」上映後トークライブ

【場所】Loft PLUS ONE WEST 

http://www.loft-prj.co.jp/west/

大阪府大阪市中央区宗右衛門2-3 美松ビル3F

06-6211-5592

【詳細】http://reishiva.jp/news/?id=6495

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◯原発事故と鼻血の関係性についての論考

上記した「黒い物質」のような汚染物質が、空気中に飛散、それを吸い込んだ人々の鼻の粘膜に吸着、ダメージを与えたことはあり得るのかもしれない。北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏は以下のような見解を示している。

「…この鼻血については、次のように考えられます。通常は原子や分子は何らかの物質と電子対として結合し存在しています。セシウムやヨウ素も例外ではなく、呼吸で吸い込む場合は、塵などと付着して吸い込まれます。このような状態となれば放射化した微粒子のような状態となり、湿潤している粘膜に付着して放射線を出すことになります。そのため一瞬突き抜けるだけの外部被ばくとは異なり、準内部被ばく的な被ばくとなるのです。

微量な放射線量でも極限で考えると、原子 の周りの軌道電子を叩きだし電離を起こします。この範囲が広範であれば、より影響は強く出ます。被ばく線量もさることながら、被ばくした面積や体積がもろに人体影響に関与します。

事故後の状態では、放射性浮遊塵による急性影響が真っ先に出ます。放射性浮遊塵を呼吸で取り込み、鼻腔、咽頭、気管、そして口腔粘膜も含めて広範囲に被ばくすることになりますから、最も静脈が集まっている脆弱な鼻中隔の前下端部のキーゼルバッハという部位から、影響を受けやすい子どもが出血することがあっても不思議ではありません…」

出典:北海道がんセンター名誉院長・西尾正道氏

また、東京工業大学の牧野淳一郎教授(計算科学・理論宇宙物理学)は、原発事故後の放射性ヨウ素放出による福島第一原発周辺の人々の鼻孔部の被曝線量を、以下のように試算、論評している。

・空間線量の最大値が少なくとも 200μSv/h であった飯舘村では東海村の 20-40倍程度として、鼻腔の被曝量は2-4Sv というとこになる。

・つまり、皮膚であれば障害を起こすような量の被曝を鼻腔にした人々は、 かなりの人数いた、と思われ、環境省や福島県の被曝による鼻血はありえない、 という主張には科学的根拠はないと結論できる。

出典:東京工業大学・牧野淳一郎教授

4シーベルトと言えば、全身被曝ならば急性障害を起こし半数が30日以内に死亡する線量。鼻孔という局所的な部分とは言え、これだけの高線量にさらされば、何も異常が起きない方がおかしいと言える。牧野教授の試算については、ネット上でも論争が起きているが、志葉としても議論のやり取りを注視していきたいと考えている。

◯即座に全否定する姿勢こそ科学的でないし、不安を招く

この間、福島での取材を続けていて、被曝や健康被害の可能性について、どう伝えるか、志葉も悩むところではある。昨秋、汚染水問題の関係で相馬市の漁師さんも取材したが、「海流の関係で相馬沖の魚は比較的汚染が少なく、検査もちゃんとしている。それなのに、自分たちが取った魚がゴミの様に扱われるのは、やはり悲しい」「津波で、家も友人も全て亡くした。俺に残っているのは漁船だけ」と語っていたのが印象に残る。一方、福島県内の小さなお子さんを持つお母さん達は「放射能の話題自体がタブー」「余計なことを言うなという圧力をすごく感じる」と、不安を抱えながらもそれを口にすることすら許されない雰囲気があると訴えていた。

福島第一原発事故は、日本でも世界的にも極めて深刻かつ大規模な事故であり、その影響がどのようなものになるかは、わからないことだらけだ。そうした現実を踏まえ、かつ原発事故後、福島のみならず日本全国の各地で不安を抱えている人々が多い中、政府はいきなり「あり得ない」「風評被害」と断じるのではなく、人々に信頼されるような調査やケアを行っていく必要があるのではないだろうか。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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