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「安保法制は違憲」と断じられた安倍政権が「平和的生存権」を持ち出すので戦場ジャーナリストがツッコミ!

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
米軍に戦争への加担し、紛争地の人々を傷つけ、殺しうる安保法制(戦争法案)の根拠を、安倍政権は憲法前文の「平和的生存権」だと主張するが・・・ 写真は、米軍の攻撃で負傷したイラクの少年。筆者撮影
米軍に戦争への加担し、紛争地の人々を傷つけ、殺しうる安保法制(戦争法案)の根拠を、安倍政権は憲法前文の「平和的生存権」だと主張するが・・・ 写真は、米軍の攻撃で負傷したイラクの少年。筆者撮影

本記事を読んで下さっている皆さま、おはようございます。

戦場ジャーナリストの志葉玲です。

安保法制(戦争法案)をめぐり連日政府関係者の口から驚きの発言(失言)が連発されるので、野党もメディア関係者も、どこからどうツッコんでいいものやら、まさにボケにツッコミが追いつかず、安倍政権のボケ倒し状態になっているのでは、と思う今日この頃ですが、ホントに自公関係者の方々もあれでいいのでしょうか?かつては自民党、公明党共にもっとマトモだったと思うのですが…。

○安保法制の根拠が「平和的生存権」?!いやいや、正反対の意味ですから・・・!!!

さて、ここ数日の「ボケ」の中でも超特大だったのが、4日の会見での菅義偉官房長官の発言です。この日、国会での参考人招致で、憲法学者が3人とも「安保法制は違憲」と証言。しかもそのうち一人は自公推薦の憲法学者だったというオウンゴール状態に、菅官房長官も、つい感情的になってしまったのでしょうか。

「憲法前文、憲法第13条の趣旨をふまえれば、自国の平和を維持し、その存立を全うするために必要な自衛措置を禁じられていない」

出典:内閣官房長官会見 平成27年6月4日

等とご発言されてしまったのですね。これは、昨年の集団的自衛権行使容認の閣議決定での文言を踏襲しての発言なのでしょうが、そもそもコレ自体が、前代未聞の凄まじいトンデモ解釈でしょう。昨夏の閣議決定及び4日の菅発言で言及されている憲法前文、キーとなるのは「平和的生存権」です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、(中略)われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

出典:日本国憲法前文

この「平和のうちに生存する権利」、つまり平和的生存権というのは、単に日本の国民が殺されない権利ではないのです。「全世界の国民が」とあるように、また、憲法前文に「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」とあるように、日本政府の引き起こす戦争によって、日本の人々も世界の人々も殺されない権利がある、という意味なのです。言い換えれば、日本国憲法前文の「平和的生存権」とは、「殺されない権利」であると同時に、「殺さない権利」、つまり戦争で人を殺めたり、それに加担しない権利である、と言えるのです。これは、2008年4月17日、自衛隊イラク派遣差し止め集団訴訟において、名古屋高裁が航空自衛隊のイラクでの活動を違憲とした判決でも示されたもの。名古屋高裁は、武装した米軍兵士やその物資を運搬するという航空自衛隊の活動が、米軍による一般市民の殺戮行為、民家への爆撃、家宅捜索・襲撃等々といった武力行使と「一体化している」とし、これに協力・加担しない権利として「平和的生存権」を具体的な権利として、認めているわけです。

「この平和的生存権は(中略)憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権に具体的権利性がある」

出典:自衛隊イラク派兵差止訴訟 名古屋高裁判決文

*米軍がイラクで何をやっていたかについては、以下の記事をご参照

戦争犯罪でも支援するのか!?―日本を「イスラム国」より酷い米軍の共犯者とする安倍政権の安保法制

要するに、国家が暴走して、戦争を起こそうとし、それに巻き込まれたり、加担させられること、つまり、正に安保法制それ自体に対して、「だが断る」と拒絶する権利が平和的生存権だというわけです。

と、まあ解説が長くなりましたが、要するに安倍政権の皆様は、平和的生存権をまるでご理解されておらず、トンデモ解釈をされているのでは、と懸念せざるを得ない状況なのです。しかも、自民党の改憲草案では、この「平和的生存権」が削除されています。もう、ホントにいろいろな点で論理破綻ですね。

国際人道法違反をくりかえす米軍への支援が「平和的生存権」によるものとは無理がある。写真は、米軍への攻撃があった地域に住んでいる、というだけでイラクの一般市民を不当拘束する米軍兵士ら。筆者撮影
国際人道法違反をくりかえす米軍への支援が「平和的生存権」によるものとは無理がある。写真は、米軍への攻撃があった地域に住んでいる、というだけでイラクの一般市民を不当拘束する米軍兵士ら。筆者撮影

○13条のご都合主義解釈、戦争に巻き込まれたり加担させられる人々の人格権は?

また、憲法13条にも言及していますが、こちらも見事なまでのご都合主義な解釈です。憲法13条とは、日本国憲法が個人の「基本的人権の尊重」を理念とすることの根拠条文の一つとなっているもので、いわゆる人格権のこと。人格権とは、個人の「人格的生存に不可欠なもの」を保護する権利。具体的には、生命や身体、自由や名誉など、を他者から奪われないようにするもの。つまり、安倍政権の皆様としては、「国には個人の命や身体といった人格権を守る必要がある」と主張されたいのかもしれませんが、そもそも集団的自衛権やそれを具体化する安保法制が、日本が直接攻撃されていないのに、米軍を支援し、武力行使も行うというものなので、「人格権の保護」としては、無理があります。大体、米国の戦争に日本が巻き込まれたり、テロに遭ったりした場合の、日本の人々の人格権は一体どうなるのでしょうね?自衛隊イラク派遣の時ですら、筆者は「日本は米国の犬だ!」とカラシニコフ銃を持った若者達にとり囲まれ罵倒されたり、RPG(対戦車ロケット弾)担いだ武装勢力に追っかけられたりしたんですけども。

人格権といえば、最近では、福井地裁が「再稼働すると250キロ圏内の住民の生命や利益に関わる人格権が侵害される具体的な危険がある」として、高浜原発再稼働の差止め仮処分を求めた周辺住民の主張を認めています。しかし、これに対しては、菅官房長官は「原子力規制委員会が十分に時間をかけて、世界で最も厳しいと言われる新基準に適合するかどうか判断をしたもの」と安全性判断の責任は丸投げの上、「(原発再稼働を)粛々と進めていきたい」と、高浜原発周辺住民の人格権については我関せず、といった姿勢なのですから、矛盾しますよね。

このように、どこまでも論理破綻・ご都合主義解釈ですから、自分たちが選んだ参考人にまでダメ出しされるほどお粗末な法案となってしまうのでしょう。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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