Yahoo!ニュース

陸自イラク派遣の報じられなかった実態―安保法制での「後方支援」で犠牲者続出の恐れ

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
バグダッド中心部で爆発した「車爆弾」。判断する間もなく突然、死に直面するのが戦場
バグダッド中心部で爆発した「車爆弾」。判断する間もなく突然、死に直面するのが戦場

「自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれるリスクが高まるとか、後方支援を行う場所が戦場になるとは考えていない」。安保法制(戦争法案)で、自衛隊が米軍等への後方支援、つまり兵員や武器弾薬等の補給を行えるようにすることについて、安倍政権が福島瑞穂参議院議員の質問主意書に対して、12日の閣議で決定した答弁だ。だが、こうした安倍政権の主張が紛争地で通じるのか。具体的な事例から考察してみよう。

○「現場で判断」する間もなく殺される

自衛隊が米軍等の後方支援を行っても、なお「リスクが高まらない」と安倍政権が主張する根拠は、「(現場の部隊長などが)人の殺傷や物の破壊行為が行われているか否かという明らかな事実により客観的に判断」し、「活動を一時休止、避難するなどして危険を回避する」からだという。しかし、「客観的な判断」する間もなく命を落とすことになりうるのが、紛争地の現実である。たとえば、陸自などが米軍の人員や物資を輸送する際、IEDの被害に遭う可能性が高い。IEDとは、手製の爆発物の総称で、イラクやアフガニスタンなどで、路肩にしかけられた爆発物が通りがかった米軍等の車両を吹き飛ばすことが多発したため、「路肩爆弾」とも訳される。実は、このIEDこそ、対テロ戦争における米軍にとっての最大の脅威だったのである。2001年から現在に至るまで、イラクとアフガニスタンで死亡した米軍関係者は6840人。そのうち、IEDによって殺された米軍関係者は2550人と、実に3分の1以上なのだ。また、イラク戦争では、ブラックウォーター社やKBRなどの民間軍事企業が、警備や輸送などを担うことが多かったが、2003年から2010年の間に468人の民間軍事企業関係者が死亡しており、その死因の中でも、IEDや輸送中の車列への攻撃が最も大きな割合を占めているのである。

○報じられなかった陸自イラク派遣の実態

本稿を読まれている方々には「陸上自衛隊のイラク派遣では犠牲者が出なかったではないか」と思う方もいるかも知れない。イラクに派遣された自衛官のうち在職中に死亡者は35人であり、うち自殺者16人、病死7人、事故または原因不明が12人。「原因不明」が気になるが、少なくとも、戦闘の中で次々と自衛官が殺されていく様な状況にならなかったのは、それなりの理由がある。端的に言えば、陸自はイラクでは、ほとんど活動していなかったからこそ、宿営地の中に引きこもっていたからこそ、戦死者が続出する状況にはならなかったのである。

「自衛隊が修復している」という学校に自衛隊の姿は無かった。
「自衛隊が修復している」という学校に自衛隊の姿は無かった。

陸自がイラク南部サマワに派遣されていた当時、筆者は「自衛隊が修復している学校」に取材に行った。だが、現場にいるのは、イラク人労働者だけ。「自衛官たちはいないのか?」と聞くと、「1日10分くらい来ることもある」と労働者らは言う。要は、地元業者に工事を委託しているわけだ。しかも、現場の労働者らは「業者が悪いやつで、必要な建材が届かない。ネコババしているのだろう」と言う。筆者が「なぜ自衛隊にそれを言わないのか?」と聞くと「勿論伝えようとしているが、自衛隊の通訳が、ちゃんと伝えてくれない。貴方がなんとかしてくれないか?」と訴える。このまま工事を進めれば、学校の壁が倒壊し、子ども達が下敷きになる恐れがあった。筆者が自衛隊側に事情を伝えた後、建材は修復工事現場に届くようになったものの、危ないところだった。

同様に、「自衛隊が給水活動を行っている」という村々を取材した時も、自衛隊の評判は悪かった。給水活動も、業者に委託しており、その業者の管理がしっかりしていなかったからだ。村によって水が届いたり届かなかったりの差が大きく、業者によっては、自分の村を優先したり、水を他のところに売ったりしていたからである。だから、「自衛隊が給水活動をしている」はずの村で子ども達は泥水を飲み、病気になっていたのである

「自衛隊が給水活動している」という村で子ども達が飲んでいた水
「自衛隊が給水活動している」という村で子ども達が飲んでいた水

なぜ、この様な状況になっていたかと言えば、地元に雇用をつくるという目的もあったのだろうが、それだけなら500人余りもの自衛官がサマワに常駐する必要はない。要は、米国のメンツを保つために陸自を派遣したはいいが、下手に宿営地の外で活動していると襲撃される恐れがあるので、極力、外出を控えたというところだろう。実際、サマワには、米軍のイラクからの追放を主張し、米軍との戦闘も行っていたサドル派も支部を持ち、自衛隊の駐留にも反対していた。筆者はサマワのサドル派メンバーらにインタビューしたが、会見は非常にピリピリしたもので、自衛隊に対して敵意をあらわにしていた。

今後、紛争地で自衛隊が米軍の後方支援を行うとしたら、イラクへの陸自派遣の時のようなやり方は通じない。兵員や物資の輸送は常に行う必要があり、ずっと自衛隊が宿営地に引きこもっているわけにはいかないのだ。しかし、輸送のために頻繁に道路を陸自の車両が行き来するならば、上記したようにIEDや襲撃の脅威にさらされることになる。場合によっては自衛隊員が誘拐され、殺害された挙句、その映像がインターネット上で出回ることになるかもしれないのだ。

○論理破綻、詭弁だらけの茶番で、自衛隊を戦地に送るのか?

後方支援=兵員や武器弾薬の輸送が戦闘行為の一環であることを無視したり(関連記事)、国会質疑で「国連憲章に反する行為に対して、わが国が武力をもって協力することはない」と答弁したその直後に、米国の国連憲章違反の違法な戦争を擁護したり(関連記事)、参考人として国会で証言した憲法学者全員に「安保法制は違憲」だとダメ押しされたのに、憲法前文を持ち出して歪んだ解釈したり(関連記事)。そして今回の「後方支援でリスクが高まることはない」という答弁…。日本の安全保障のあり方については、必ずしも皆、同じ考えではなく、人それぞれの意見があることだろう。だが、安保法制をめぐる安倍政権の一連の主張はあまりに論理破綻が酷く、詭弁だらけで不誠実だ。このような茶番の果てに危険な紛争地に送られるとしたら、自衛官たちが気の毒すぎるだろう。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

志葉玲のジャーナリスト魂! 時事解説と現場ルポ

税込440円/月初月無料投稿頻度:月2、3回程度(不定期)

Yahoo!ニュース個人アクセスランキング上位常連、時に週刊誌も上回る発信力を誇るジャーナリスト志葉玲のわかりやすいニュース解説と、写真や動画を多用した現場ルポ。既存のマスメディアが取り上げない重要テーマも紹介。エスタブリッシュメント(支配者層)ではなく人々のための、公正な社会や平和、地球環境のための報道、権力や大企業に屈しない、たたかうジャーナリズムを発信していく。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

志葉玲の最近の記事