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戦争犯罪加担、自衛隊が加害者に、失われる「平和ブランド」、中国脅威論―安保法制審議は尽くされていない

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
破られた自衛隊の広報紙。イラクのサマワですら自衛隊派遣への反感があった。筆者撮影

政府与党は、安保法制の総括審議も行わないまま、参院での強行採決に踏み切ろうとしている。「審議は充分重ねた」「論点は出尽くした」とのことだが、抽象的な表現や喩え話ばかりで、実際のこれまでの事例や起こりうるケースについての政府与党の説明や答弁はまったく不十分である。そこで、戦場ジャーナリストである筆者や、紛争地で活動するNGO関係者らが、安保法制について、もっと審議すべきだった点について、問題提起する。

○戦争で他国を崩壊状態に陥らせ、人道危機を招いた場合の責任は?

安保法制が成立し、集団的自衛権の行使を米国が求めてくる場合、それは日本の防衛というより、米国の対テロ戦争への協力である可能性が高い。だが、米国が主導する戦争で、その攻撃対象となった国が崩壊状態に陥り、多大な人道危機を招いた場合、そして、その戦争に日本が協力した場合の責任はどうするつもりなのか?

具体的な事例として考えるべきなのが、イラク戦争だ。米国は、イラクのサダム・フセイン政権が「大量破壊兵器を隠し持っている」と難癖をつけ、国連によるイラクでの査察で米国の主張の信頼性が揺らぐと、査察終了を待たず、そして新たな武力行使容認決議を国連安保理で得ないまま、戦争を強行させ、フセイン政権を崩壊させた(その後、大量破壊兵器情報が誤りだったことは米国も認めた)。

米軍は、ファルージャやラマディ等の反米感情が強かったイラクの各都市で大規模な「テロ掃討作戦」を行い、現地の一般市民まで無差別虐殺。またシーア派イスラム政党の民兵組織を新生イラク軍として編成させ、そのイラク軍を伴ってスンニ派イスラム教徒の多い地域に攻め込んだ。米国のイラク占領政策は「スンニ派は敵、シーア派は味方(サドル師派は除く)」というものだったため、スンニ派とシーア派の対立を招くことに。かつては、スンニ派とシーア派が隣人同士であり結婚することも珍しくなかったイラクで、スンニ派とシーア派が殺しあうことに。とりわけ、シーア派主体の治安部隊は、スンニ派市民と次々拘束、ドリルで体に穴を開け、酸を流し込む等の残虐な拷問の挙句、殺害するということを繰り返した。

イラク警察による虐待被害者たち *やや閲覧注意 

映像提供:元イラク治安部隊将校ムンタザル・アルサマライ氏

現在もイラク政府シンパの民兵によるスンニ派虐殺は続いており、国内避難民が今なお300万人以上、国外に避難する難民も100万人以上にのぼる大きな要因の一つとなっている。ISIL(いわゆる「イスラム国」)の脅威もイラクの人々を苦しめているが、そもそもISILもイラク占領政策の失敗が産んだものであり、ISIL掃討のために米国がイラク軍に供与した攻撃ヘリ用ミサイルによって、イラクの一般市民も殺されている。つい先月も、イラク西部のファルージャでは、日本のODA支援で再建された病院がイラク軍に爆撃され、女性や子どもを含む。22名が亡くなり、55名が負傷した。現地の医師の報告によると、2013年末から現在に至るまでの、イラク政府による攻撃によるファルージャでの被害者数は、けが人が5365人(女性627人、子ども743人)、死者は、3288人(女性290人、子ども442人)だと言う。

ISILの拡大により米国も再び中東での軍事活動を活発化させており、それによる一般市民の被害者も出始めている。欧米各国による対ISILによる有志連合のイラクやシリアへの爆撃で、少なくとも325人の民間人が死亡したとの報告もあるのだ(関連情報)。

これらの破壊と混乱をイラクにもたらしたイラク戦争や占領を支持、支援したことについて、安倍政権はその責任を一切認めない。山本太郎参議院議員にイラク戦争での米軍による無差別攻撃などを追及されると、「大量破壊兵器がなかったことを証明できなかったイラクが悪い」と、開戦直前まで700回以上行われた国連の査察を無視する発言までしている。安倍首相は国会質疑で「国連憲章や国際人道法に違反する軍事行動を支援することはない」と答弁しているが、事実上、米国の行動を全肯定するのでは、結局は、安保法制によって日本が米国の戦争の片棒担ぎをすることになるのではないか。

○自衛隊が現地で虐殺、虐待を行ってしまった場合の責任をどうするのか?

イラク戦争では、米軍によるイラク人捕虜への虐待が大きな問題となった。電気ショックを繰り返し加えたり、裸にした上軍用犬に襲わせるなどの虐待は、世界の人々に強いショックを与え、とりわけイスラム諸国の人々の怒りを招いた。だが、現地の人々に虐待を行っていたのは、米軍だけではなく、イギリス軍やオランダ軍の兵士による虐待、それにともなう捕虜の死亡事件も起きた。これらの虐待の要因としては、現地武装勢力によるゲリラ戦に対抗するために情報を引き出すことや、常に緊張を強いられるためのストレス、現地の人間への憎悪などがある。イラクの中では最も治安が安定した地域で、しかも人道復興支援活動がメインの任務であった陸自イラク派遣ですら、一触即発の局面があった。実際、衆院での質疑の中で開示された防衛省の内部文書「イラク復興支援活動行動史」では、イラク南部サマワ近郊で自衛隊駐留に反対する住民らに自衛隊員が取り囲まれ、自衛隊員らが発砲寸前にいたったことが記されている。自衛隊が戦闘地域で活動することになれば、米軍等と同じ状況に直面することは避けられないだろう。つまり、自衛隊員が現地の人間を殺してしまったり、虐待を行ったりすることもあり得るということである。米軍の戦争犯罪行為に加担するだけでなく、自衛隊自体が加害者になりうる危険性については、安保法制審議の中でも、ほとんど議論されていない。

○日本が築いてきた平和国家ブランドの喪失、在外邦人のセキュリティー悪化

これまで、日本のNGOは、「平和国家」ブランドによって、その活動における安全性が保たれていた。世界9カ国で活動する日本の国際協力NGOの老舗である「日本国際ボランティアセンター」の谷山博史代表理事は、アフガニスタンでの医療支援活動で、現地の人々に「他の国々と違って日本のNGOは本当に信頼できる」と言われたという。「軍と民間団体が一緒に来るという他の国々と異なり、日本からは自衛隊が派遣され現地で軍事行動を行うことはなかったがゆえに得られた信頼」と谷山代表理事は強調する。イラクやシリアへの人道支援・文化交流を行ってきた「PEACE ON」の相沢恭行さんも「日本のことを尊敬している人は驚くほど多い」と中東での親日感情の強さを語る。「日本人と聞くとまずはヒロシマ・ナガサキに原爆を落とされたにもかかわらず、これだけの発展を遂げたすごい国という声。日本車をはじめMade in JAPANに対する絶大な信用があります。そしてとくにイラクにおいては、1970~80年代にインフラ整備などのために日本の商社・ゼネコンなどから多くの駐在員がイラクに滞在していました。『日本人は約束を守るし、仕事もできるし、すばらしい人々だ』と、直接の出会いを通じて評価する人が実に多いのです。こうした信頼は日本にとって大きな財産だと思います」(相沢さん)

だが、米軍と共に自衛隊が現地での軍事活動を行うことになれば、そうした日本への印象も一変するかも知れない。実際、自衛隊が派遣されたイラクでは、一時期、イラク人の現地スタッフらが、支援物資が日本から来たものだと言えない状況となっていた。うっかり日本からの支援だと言い、日本のNGOで働いていることが知られたら、イラク人スタッフ達は殺される恐れすらあったのである。こうした経験から、「日本イラク医療支援ネットワーク」の佐藤真紀・事務局長は「安保法制によって、日本人スタッフだけでなく、我々の活動に欠かせない現地人スタッフのセキュリティーにも悪影響が及ぶのでは」と危惧する。前出の相沢さんも「私も日本からの支援はいらないとまで言われた時はショックでした。一般庶民はまだまだ親日ですが、武器をとり戦う人々にとっては日本はもう完全に敵国です」と言う。

危険にさらされるのはNGO職員だけではない。先日、ISILはその機関誌で「日本の外交官や民間人をターゲットにせよ」と呼びかけている。ISILの幹部らは、イラク人達であり旧フセイン政権の軍人などであるから、イラク戦争を支持した日本に対して、もともと敵対心を持っていたことも否定できないが、最近の安倍政権の動向も影響している可能性もある。いずれにしても、安保法制の行方によっては、ただの旅行者を含め、在外邦人のセキュリティーが劇的に悪化する恐れもあるのだ。

○中国は本当に「脅威」なのか?

安倍政権やその同調者達が、安保法制が必要とする根拠の中で度々語るのが「日本を取り巻く国際情勢が大きく変化した」ということだ。要は、中国脅威論である。確かに、尖閣諸島の領有権や、歴史認識、靖国参拝問題などにより、日中関係は冷え込んでいる部分もある。だが、安保法制を成立させ米国の戦争に日本が加担させられるリスクをおかしてまで、日中関係が緊迫しているのか、というと、そこはもっと冷静な議論が必要だろう。より具体的に言えば、日本と中国が実際に戦争に至るリスクがどれだけあるのか、という現実性の問題である。例えば、2014年の日中貿易の総額は32.6兆円。これは日米貿易総額21.1兆円をはるかに上回る。つまり、日本にとって、良くも悪くも中国は欠かせないビジネス・パートナーであり、中国にとっても日本は無視できない巨大市場である。「爆買い」報道にもあるように、日本の景気実態が回復していない中で、中国からの観光客は家電量販店などの救世主でもある。このような関係性の中で、はたしてお互いに戦争することがメリットになるか、と言えば間違いなくデメリットが大きい。しかも、日本は、欧米各国をはじめ世界の国々と良好な関係を築いている上、莫大な額の米国債も抱えており、数々の国連機関のスポンサーでもある。もはや完全に国際的な市場経済に組み込まれている中国にとって、日本を攻撃することは、百害あって一利なしなのだ。だからこそ、日中に様々な問題があっても一足飛びに戦争にはならず、外交で回避できる余地はあるのだ。

そもそも、近年、日中関係が悪化したのは、靖国参拝や歴史認識をめぐる言動、尖閣諸島の国有化などの日本側のタカ派的な言動にも大いに問題がある。先日来日した、平和学の世界的権威であるヨハン・ガルトゥング博士は、尖閣問題については「日中両国の共同管理にすればよい」と提言していた。領土問題の多くは、メンツの問題であり、またそこでの資源を両国が公平に分配できれば、解決可能なのである。ドイツがそうしているように、過去の戦争での加害については徹底的に謝り続ける。その上で新たな関係性を築く。それこそが、本当の意味の未来志向だ。中国との関係が改善すれば、もう一つのリスクである北朝鮮の核にも対応しやすくなる。日本が米国と中国の双方と関係が良好であれば、北朝鮮が日本を攻撃する可能性もなくなるだろう。つまり、過去にとらわれ戦中の大日本帝国を美化しようとする安倍首相や日本会議系のタカ派議員こそ、日本にとってのリスクなのだ。

○審議は尽くされず、採決も強引

取り急ぎまとめると、以上のようなことが言えるが、まだまだ論点はあるだろう。この間の安保法制の審議では、政府与党は野党が追及に対し、不誠実な答弁しかしておらず、いくら審議時間を重ねても、充分な審議が行われたとは到底言えない状況だ。しかも、10もの法律の改正や新たな法案の制定を一挙にやる、一方的に審議を打ち切り、総括質疑も行わない、速記録を止めた上で、野党の確認もないまま委員会での採決を行うなど、強引極まりない手法だ。このような国会運営で、日本の外交や安全保障、そして平和国家としてのポリシーを大きく変えることは許されることではないだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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