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トランプの勝因、日本への影響

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
勝利を宣言するトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

正に大番狂わせだった。昨日、投票結果が確定した米国大統領選は、大方の予測はヒラリー・クリントン氏の勝利というものだった。投票日直前の今月7日公表されたロイター/イプソスの世論調査は「クリントン氏が勝利する確率は約90%」というものだった。だが、ドナルド・トランプ氏は勝利した。何故、トランプ氏は大本命のクリントン氏に勝利したのか。また、今回の大統領選が日本にどのような影響を与えるのか。

◯実際の得票数では勝っていたクリントン氏

実際の得票数を見ると、クリントン氏が約5973万票で得票率48%、トランプ氏が約5952万票で得票率47%と、クリントン氏が僅差だが勝っている。だが、米国の大統領選は州ごとでの得票数が一番多かった候補が、どんなに僅差であっても、大統領を指名する「選挙人」をその州で総取りできるという独特の制度となっている。つまり、クリントン氏は全体の得票数ではわずかに勝っていたものの、州ごとの勝率で、トランプ氏に負けていた。その結果、選挙人の獲得数では、クリントン氏が228人だったのに対し、トランプ氏は279人となり、トランプ氏の勝利となったのだ。なお、選挙人は全米の約半数の州で、自身の所属が民主党であれ、共和党であれ、どちらの大統領候補に入れてもいいとされている。だから、共和党と揉めたトランプ氏を一部の選挙人が指名しないこともありえるが、それでも、獲得した選挙人の数で大きく勝るトランプ氏の勝利はほぼ確実だろう。

◯トランプ氏の大逆転はなぜか

いずれにしても、大方のメディアの予想をはるかに上回る勢いがトランプ氏にあったことは、確かだろう。ただ、今になって考えてみると、その兆候は大統領選の予備選から既にあった。米国大統領選では、まず民主党と共和党という二大政党の中で党の大統領候補を誰にするかの予備選を行う。今回、その予備選でクリントン氏を脅かすほどの勢いを見せたのが、バーニー・サンダース氏だった。サンダース氏は「1%のエスタブリッシュメント(支配層)が富を独占し、99%の人々が搾取されている社会構造を変えよう!」と力強く訴え、特に若者層に熱狂的に支持された。こうした背景には、かつて米国の豊かさの象徴だった中間層が崩れ、貧困層が増えているという格差の問題がある。米国のGDPは成長を続けたものの、中間層の所得はここ30年程、ほとんど増えないまま。それどころか、米国政調査局の調査(2014年)によると、米国民の3人に1人が貧困、あるいは貧困予備軍に入るという。そして、これらの貧困層やそれに近い中間層に訴えたのは、サンダース氏だけではなく、トランプ氏も「アメリカの利益を最優先」「アメリカを再び偉大にする」と訴え、白人貧困層や中間層の絶大な支持を得たのだった。それに対し、クリントン氏はどうだったか。政策を見ると、富裕層への課税強化や最低賃金の引き上げなど、格差是正に配慮したものもあるが、最後まで「エスタブリッシュメント」のイメージをクリントン氏は払拭できなかった。オバマ政権で国務長官を勤めるなど、米国の政治の中枢での経験が裏目になり、「古臭い、変化を起こさない政治家」と有権者に見られたのだろう。そう、米国の不満を抱える中間層、貧困層は、変化を求めていたのだ。トランプ氏は下品で無茶苦茶だが、何かをやらかしてくれるかもしれない。そのような期待感を持たせることにトランプ氏は成功した。仮に、サンダース氏が民主党の候補だったら、或いはクリントン陣営がサンダース氏を副大統領候補に指名するなどしていたら、状況はまた変わっていただろう。

◯日本への影響は?

トランプ氏勝利は、安倍政権にとっても想定外だっただろう。トランプ氏はTPPに猛反対している。いわゆる自由貿易自体を問題視しており、中国やメキシコからの輸入物に高い関税をかけるともしている。安倍政権は今月8日に衆議院でのTPP参加の国会承認採決を目指していたが、同日の採決は見送った。トランプ氏の下で米国が、TPPに参加しないかもしれない中で、日本側も根本的な見直しが必要になるだろう。また、TPPがなくても、1980年代の日米貿易摩擦のように「日本は市場開放しろ」と恫喝してくる可能性もある。

安全保障政策への影響も大きいだろう。トランプ氏は「米国が世界の警察官であることを止める」として、米国の持つ力を内政に向けるべきだと主張してきた。日本に対しても、「在日アメリカ軍の駐留経費を日本が全額負担しなければ、軍の撤退もいとわない」と言い放っていた。日本は既にいわゆる「思いやり予算」を含め5000~7000億円を在日米軍関係経費として、毎年負担している。これは、米軍が日本に駐留するのに必要な経費の約4分の3を日本が負担している計算だ。ここまで米軍基地のために経費を負担している国は他にない。しかも、在日米軍は単に日本の防衛のために駐留しているのではない。ベトナム戦争や、アフガニスタンやイラクでの対テロ戦争で、米軍は在日米軍基地で訓練し、現地へ出撃していった。つまり、在日米軍基地は、むしろ米国のための戦争の前線基地なのだ。そうした実態から考えれば、トランプ氏の発言は「盗っ人猛々しい」とも言えるのだが、悲しいかな、日本の外務省は、日本よりも米国に忠誠を誓っている。安倍政権はじめ、自民党も似たようなものだ。日本のリベラルの中には、トランプ氏が大統領になることで、沖縄の基地負担軽減を期待する声もあるが、そうそう簡単には行かず、むしろ「対米追従」ぶりが、より悪化する可能性もある。一方で、米国が内向きになることで、安倍政権は、「中国の脅威」を強調し、防衛費をさらに増加させ、改憲への動きを加速させるかもしれない。だが、自民党の改憲草案は、これまでの記事でも指摘してきたように、基本的人権を廃し、政府の独裁・暴走を招きかねない、大変危険なものだ。むしろ、靖国神社への参拝や尖閣諸島の国有化などで、悪化した対中関係を改善していくなど、外交努力をしていくべきなのだが、安倍政権がそうした方向性に転換する可能性は非常に低い。トランプ氏の大統領選勝利は、安倍政権の対米追従、沖縄軽視、社会保障より防衛関連重視の予算編成、改憲志向といった傾向をますます強化させることになるのだろう。

(了)

2016年11月11日追記:

最終的な得票数はまだ集計中。現時点ではトランプ氏が6005万1434票(47.4%)、クリントン氏が6044万0203票(47.7%)。

データはcnnより。 http://edition.cnn.com/election

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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