Yahoo!ニュース

視覚重視+レトロブームが席巻するK-POPの現在

松谷創一郎ジャーナリスト
オレンジキャラメル「Catallena」MVより

オレンジキャラメルの新曲「Catallena」

 日本で活動するK-POP女性グループ・オレンジキャラメルが、新曲「Catallena」を発表した。そのMVは、正直なんとも奇っ怪なものだ。設定は寿司。人魚の格好をしたメンバーがパックに入れられ、寿司のネタとして皿の上に並べられる(※1)。

 とてもユニークなMVだ。タイトルの「カタレナ」は造語で、「不思議と親しくなりたいひと」を意味するそうだが、映像が特にこのタイトルや歌詞を意味しているわけでもない。また、エキゾチックに聴こえるこの楽曲は、パキスタン・パンジャブ族の民謡をアレンジしたインド風のディスコナンバーだそうだ。ファッションも、一見とても古臭いレトロ調である(※2)。

 オレンジキャラメルは、アフタースクールのサブユニットである。メンバーのひとりであるナナは、日本ではサマンサ・タバサのCMにも出演するようなK-POP界を代表する美人でもある。彼女がこんなMVに出ているあたりもなんだか微笑ましい。

 しかし、なぜここに来て、これほどのヘンテコな曲とMVを発表したのか? それはこれまでのK-POPの文脈をたどればわかる。そのポイントは、〈1〉視覚重視のMVと、〈2〉レトロブームだ。以下、ポイントを絞って概観してみよう。

PSYが成功させた視覚重視のMV

 音楽は聴くだけでなく、観るものでもある──K-POPが強く意識しているのは、このことだ。J-POPが世界進出においてK-POPから大きく出遅れているのは、この差だと言ってもいい。

 K-POPのほとんどのミュージシャンは、YouTubeにHD解像度でミュージックビデオ(MV)の全尺をアップロードする。それは世界のどこからでもアクセスでき、無料でそのミュージシャンの音楽世界に触れることができる。

 対してJ-POPは、現在もまだフルでアップロードすることに躊躇する。国内の市場が大きい日本は、世界進出という点において保守的な道を歩んでいる。もちろんなかにはきゃりーぱみゅぱみゅのように、こうした流れに沿わずにMVをフルで公開する存在もいる。そんなきゃりーがいま日本のミュージシャンでもっとも世界的な注目を浴びている存在なのは、あらためて言うまでもないだろう。

 K-POPのMVでこれまでもっとも大きな成果を導いたのは、やはり2012年のPSY「江南スタイル」の世界ブレイクである。観ればわかるが、これは極めてお笑いの要素が強い内容だ。

 結果的に、この曲はビルボードチャートで7週連続2位となった。サングラスをした小太りの中年男性・PSYは、ひと昔前のお笑い芸人のような格好で、ヘンテコなダンスを披露する。たしかにそれは欧米にとっては「おもしろ東洋人」として映ったかもしれない。しかし、これによってPSYはジャスティン・ビーバーのマネージャーとの契約を勝ち取り、本格的な世界デビューの切符を掴んだのだった。

 そもそもこの「江南スタイル」は、海外進出を狙って創られたものではない。歌詞もほとんどが韓国語。江南というソウルのおしゃれスポット(日本では青山のようなところか)を嘲笑する内容の歌詞が、欧米で理解されたわけでもない。世界に向けたプロモーションをしていたわけではないのだ。しかし、それがMVの力で口コミで世界に広がり大ヒットに繋がった。韓国では「強制出国」と言われるほどだった。

 「おもしろ東洋人」として欧米で注目されたPSYだったが、もともと韓国国内でも同じようなキャラだった。決してイケメンではないが、汗をだらだらかきながら、機敏なダンスを繰り広げる。最初は笑って見ていても、徐々に彼のペースに乗せられる。K-POP界ではそもそも独特な存在だった。

 PSYが一発屋に終わるかどうかは今後の活動しだいだが、なにはともあれYouTube発の大ヒットとなったのは確かだ。それは視覚的魅力を必須とする現代の音楽状況を端的に示す事例だった。

K-POP界の“不思議ちゃん”クレヨン・ポップ

 昨年、2013年にも、PSYのようにMVで大ヒットに繋がったK-POPミュージシャンがいる。それがクレヨン・ポップだ。

 5人組の彼女たちは、実績のほとんどない小さな芸能プロダクションに所属している。2012年夏のデビュー以後、あまり目立つことのなかったが、13年6月に発表したシングル「パパパ」は、その珍妙なMVが徐々に注目を浴び、結果的に大ヒットに繋がった。

 クレヨン・ポップの特徴は、「可愛い」でも「かっこいい」でもなく、これまた「おもしろい」と言える、キッチュなスタイルにあった。5人は、ジャージ姿にヘルメットという出で立ち。色を分けているあたりは日本の戦隊物にヒントを得ている。ももいろクローバーZのパクリだと誤解されるのはこの点だ。要はネタ元がいっしょだったのだ。

 このMVのポイントとなったのは、サビの部分では5人が交互に身体を上下に動かす「直列5気筒ダンス」だ。世界ブレイクには至らなかったが、その存在は「第2のPSY」として海外でも注目された。たとえば『ウォール・ストリート・ジャーナル』も記事にしたほどに。

 彼女たちのような存在は、たしかにそれまでのK-POPガールズグループには見られなかった。それまでは、清純なアイドルとして可愛さをアピールするアイドルならIUやA pink、セクシーさを売りにするなら少女時代やSISTARといった感じだ。若くしてデビューしても、二十歳をすぎると徐々にセクシー寄りに変わっていくのも定番のパターンである。

 クレヨン・ポップはそんな状況下に現れた新星だった。一言で彼女たちを表すなら「不思議ちゃん」、あるいは「ヘンテコ」だろうか。それが韓国では新しかった。

T-araが爆発させたレトロブーム

 クレヨン・ポップのMVは、古びた遊園地を舞台としている。彼女たちのファッションも昔の戦隊ものだ(韓国にも90年代後半に『地球勇士ベクターマン』という戦隊ドラマがあったらしい)。そこには、どこかしらレトロな要素が含まれている。オレンジキャラメルもそうだったが、いま韓国ではレトロブームが最高潮に達している。

 この大きなブレイクスルーとなったのは、日本でも活動するT-araが2011年に発表した「Roly-Poly」だった。70年代のディスコ調にレトロファッションに、当時を思わせるダンス。なによりMVが70年代後半の設定だ。しかもこのMVは12分33秒の長尺だった。

 ショートムービーとも言える長さのこのMVは、なんとも意味深だ。当初は輪になってフォークソングを歌っているが、そこからひとり、またひとりと輪を抜け、7人(当時)のメンバーがディスコに行って踊る。

 過去の流行を回顧し、そのリバイバルが流行するのは、文化・社会的な成熟を意味する現象と見ていい。過去の文化をリソースとするには、それを実績と見なすだけの余裕と、現代風にアレンジする技術が必要とされるからだ。

 レトロ調は、現在のK-POPを覆う大きな潮流となっている。ワンダーガールズが休止状態となり、KARAも今後メンバーチェンジがあるなど、世代交代の時期にも差し掛かっているが、人気を高めるmiss AやSISTAR、Girl’s Dayなどはレトロ調全開である。

「Catallena」MVはK-POPの転換点?

 オレンジキャラメルの「Catallena」のMVは、この2点の要素──〈1〉視覚重視のMVと〈2〉レトロブームを包含している。もちろんそれがヒットに結びつくかどうかは判断できないが、なんとも奇妙な魅力を放っているMVであることも確かだ。そして同時に、このMVは後年遡ったときに、K-POPにおいてなんらかの転換点を意味するものになるかもしれない。そう考えながら、このMVの動向を見ていくと面白い。

註釈

※1:韓国において日本文化である寿司がこのように扱われるのは、ハンバーガーや中華料理のように韓国でも一般化しているからである。もちろんそれは韓国に限った話でもない。

※2:シャリの上に置かれたりパックされた姿などが、「人間を食べる」と判断され、公営放送局・KBSではこのMVは放送禁止となった。韓国はレイティングが厳しく、このように放送禁止となるのは珍しいことではない。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

松谷創一郎の最近の記事