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映画観客はどこにいる?──各種調査から考える

松谷創一郎ジャーナリスト
2014年8月20日、広島・タカノ橋サロンシネマ館内(筆者撮影)

ライト層とヘビー層の断絶

長らく映画を熱心に観続け、仕事でも関わるようになってからつくづく感じるのは、熱心な映画ファンと一般層の激しい乖離だった。音楽やマンガほどは多くの人がこだわりを見せることはなく、読書好きやインテリ層はなかなか映画館には足を運ばない。一方で、熱心なファンや映画マスコミは、他のことに関心を持たず映画だけを観て映画を語ったりする(個人的な印象としては、制作側のほうが視野は広い)。なんにせよそこで感じるのは、コアなファンとライトのファンの間の断絶である。そこには、音楽やマンガのようななだらかなグラデーションを感じ取れないのである。

しかし、そうした実感はどこまでたしかなものなのか。これまでの映画観客の調査を踏まえて、その実態がいかなるものか確認してみた。

まず、前提的におさえておきたいことは、映画産業自体が1960年から2000年まで間は長い停滞期に陥っていたことだ。シネコンやテレビ局の参入による日本映画の復調もあって2001年以降に復調したものの、現在まで興行収入では約2000億円、動員は約1億6000万人で推移している。平均すれば日本の人口ひとりあたり、年に1.2回ほど映画館に足を運ぶということになる。

しかし、この1.2回という数字はあくまでも平均値である。果たしてその実態はどのようなものなのなのだろうか。

年に一回以上映画館に行くのは4120万人

まずここで参照するのは、公益財団法人・日本生産性本部が毎年発行している『レジャー白書』である。過去10年間の「余暇活動の参加人口」を見ると、「映画(テレビは除く)」は毎年10位圏内に入る人気のレジャーとなっている。10年間の参加人口の中央値は4120万人である(※)。これは、日本の人口である1億2700万人に対して32.4%、つまり一年に一回以上映画館に足を運ぶひとは三分の一程度ということである。逆に言えば、残りの8580万人は年に一回も映画館に行かないということになる。

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では、その約4120万人の内実はどうなのだろうか。

次に参照するのは、2013年に発表された日本国際映画著作権協会の「映画館の利用実態把握調査」である。だが、まずこの調査で注意しなければならないのは、これが「15~69歳」の6672人を対象としたウェブ調査だという点だ。そのため、過去1年以内に映画館を利用した経験のあるひとは、「利用経験あり:52.3%」、「利用経験なし:47.7%」となっている。これは『レジャー白書』の32.4%と大きく異る結果だが、おそらくウェブ調査なのがバイアス要因だと考えられる。

しかし、この日本国際映画著作権協会の調査では、映画館利用者にその頻度も尋ねている。これは、映画観客の実態に知る上ではそれなりに参考となるものだろう。それが次の円グラフである。

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ヘビーユーザーは1525万人

ライトユーザーとヘビーユーザーの乖離は、先に参照したふたつのデータを掛け合わせることで、ある程度見えてくるかもしれない。

年に1回以上映画館に足を運ぶ4120万人のなかで、年に1回のみは37%の1524万人、年に2回(半年に1回)は28%の1071万人となる。この両者をライトユーザーとし、さらにこれらに年に一度も行かない8580万人を足すと、1億1175万人となる。つまり、年に4回以上映画館に行くヘビーユーザーは残りの1525万人ということである。

1525万人──それは日本の人口の12%にあたる。さらにその先を見ていくと、年に4回(3ヶ月に1回)行くのは700万人、年に6回(2ヶ月に1回)行くのは371万人、年に12回(月に1回)行くのは206万人、年に12回以上(月に1回以上)行くのは、165万人となる。こうした状況をグラフにすると以下のようになる。 

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これを見ればわかるように、日本の映画観客はヘビーユーザーを中心としているのである。もちろん音楽やマンガ、小説など、他のエンタテインメントとの比較をしなければ、映画が極端に偏重しているとは言い切ることはできない。

ただ、他国との比較を踏まえると、やはり日本は少数の映画観賞者に頼っていることも見えてくる。以下は、人口ひとりあたりの各国の映画観賞回数のグラフである

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これを見れば一目瞭然だが、そもそも日本は映画館での観賞回数が明らかに少ないのである。

どうすれば映画人口は増やせるのか

これらを踏まえ、最初に問いに戻ろう。なぜ、ベビーユーザーとライトユーザーに乖離が生じているのか?

それには、さまざまな仮説が挙げられる。たとえばホワイトカラー層の労働時間の長さや、映画館窓口と各種割引との料金差、他の娯楽の充実、レンタル・配信の充実等である。これらは他国との違いとして見出すことができるだろう。

同時に、(仮説ではあるが)それらの克服は簡単ではないこともわかるだろう。映画館に足を運ばない理由としてもっとも挙げられる観賞料金も、たとえば窓口の一般料金を1000円ほど(平均で800円)にすれば、現在の映画人口が1.5倍になるとはなかなか想定しづらい。料金が安くなっても、自由に使える時間(可処分時間=余暇)は限られているからだ。また、たとえ労働時間が短くなったところで、他にも多くの娯楽産業が日本には溢れている。必ず映画館に来てくれるとは限らない。映画人口を増やすことは、そう簡単ではないのである。

だからと言って、日本では映画は親しまれていないとも言い切れないだろう。日本のレンタル産業は大きく、BSやCSなどさまざまチャネルで映画に接しやすい環境は、他国に比べて整っている。つまり、映画館には行かないが、それなりに映画を観ていると考えられる。

映画マニアの外に開いた言葉

最後に、個人的にはひとつ長らく気になっていることを記しておく。

映画のパンフレットを買うと、映画評論家の解説が載っていることが多い。そして、そこではたいてい関連作として他の映画作品が挙げられている。それは映画というジャンルの文脈を踏まえるうえで、当然のこととして行われている。そうした場合には、映画のストーリーに注目し、その類似したストーリーの映画を挙げるだけになっているケースも多々ある。しかし、それはどれほど妥当なのだろうか。

映画にとって、たしかにストーリーはその重要な構成要素である。が、ストーリーを表現する娯楽には、他にも小説や映画、あるいはゲームなどがある。だけど、それらに触れられることなく、映画は映画だけで語られることが多い。そうした言葉は、作品表現におけるストーリーの文脈を考えるうえでは不徹底であり、同時に、映画館のヘビーユーザーに向けた閉じたものになっていると見なすこともできる。

もちろん、そうした映画内で閉じた言葉は、日本の映画界を支える少数のヘビーユーザーを維持するうえでは必要なことかもしれない(そもそもパンフレットを買うのは熱心な映画好きだ)。ただ、娯楽のリテラシーの高いマンガや小説の読者たちでも納得できる言葉を使うことによって、映画観賞者は少しでも増やせるのではないか。

ライトユーザーとヘビーユーザーの断絶の緩和は、もちろんそう簡単ではないだろう。ただ、映画マニアが映画マニアを再生産するばかりのことが延々と続けられている。仲間内でパスを回すだけでなく、必要なのは映画の外に開いた言葉ではないかとずっと考えている。

※……平均値は4290万人だが、数値にバラつきがあるのでここでは中央値を採用した。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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