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「残酷ショー」としての高校野球

松谷創一郎ジャーナリスト
中京対崇徳の4日間に渡る試合経過と両投手の投球数

1週間で約1000球

 夏の甲子園はすでに終わりましたが、べつの高校野球の大会が世の中をザワザワさせています。

 高野連が主催する全国高校軟式野球選手権大会・準決勝で、岐阜・中京高校と広島・崇徳高校が、4日間、延長50回に渡って試合を繰り広げたからです。軟式高校野球では、延長は15回で打ち切ってサスペンデッドゲーム(一時停止試合)となり、翌日にその続きを戦うというルールとなっているためにこのようなことが起こりました。

 4日間に渡るこの試合で、中京の松井投手は709球、崇徳の石岡投手は689球を投げました。また、この試合が始まる前日(8月27日)の準々決勝でも両投手は相手チームを完封し、この準決勝に臨んでいます。実は彼らは5連投なのです。さらに勝った中京高校は、試合後そのまま決勝の三浦学苑戦に臨みました。そう、なんとダブルヘッダーだったのです。

 松井投手はこの決勝でも、4回途中から登板して最終回までの5回2/3を無失点に抑えました。チームも2対0で勝利し、優勝を飾りました。松井投手は25日から7日間4試合で、75イニング2/3、推定約1000球を投げきりました(失点1/防御率0.12)。プロ野球の投手の規定投球回数は試合数と同じ144イニングですが、松井投手はその半分以上を1週間で投げたことになります。

 この全国高校軟式野球の日程は、8月25日から29日までの5日間の予定でした。しかし、崇徳と中京の試合が長引いたために、決勝戦も31日までずれ込みました。ダブルヘッダーになったのはそのためです。引き分けの場合は、「両校準優勝(優勝預り)」になる予定でした(なぜ「両校優勝」にならないのかは不明です)。

 高野連としては、おそらく高校生の夏休みが終わる31日までしか球場を押さえておらず、どうしてもスケジュールを消化しなければならないのでしょう。だとしたら、延長50回も続いた準決勝のサスペンデッドルールは、なんだったのかという話になります。

 これは明らかに異常な事態です。

 軟式野球の投手がプロ野球に来ることはないので、世の中ではあまり問題視されず、相変わらず「美談」と見なす向きも多いようです。しかし、ひとりのピッチャーが1週間で1000球近くを投げる状況は、やはり常軌を逸してます。投手が腕を振る回数は硬式でも軟式でも同じです。いくら軟式ボールのほうが軽いといっても(註1)、下手をしたら彼らは腕に一生残る障害を抱えることになったかもしれません。

 高野連は、高校野球を「教育の一環」と位置づけています。しかし、こんなことを未成年者にやらせておいて、本当に胸を張ってそう言えるのでしょうか? 

これは「残酷ショー」以外のなにものでもありません。

済美・安楽投手の故障と監督の無責任

 高野連に批判の目が向けられたのは、いまに始まったことではありません。勝ち上がった強豪校の投手は、連投を余儀なくされます。これによって投手生命を終えた選手も少なくありません。その代表的な例としてしばしば挙げられるのは、90年代前半に沖縄水産高校に在籍していた大野倫です。

 1991年の夏の甲子園、肘の故障を隠して挑んだ大野は決勝戦までの6試合で773球を投げました。大会後、右肘の疲労骨折が発覚して手術を受け、大野の投手生命は終わりました(後に打者としてプロ入りしますが、大した結果を残せずに球界を去ります)。彼の右肘はまっすぐ伸びず、130度に曲がったままだったそうです。

 近年でも、酷使は続いています。最近では、愛媛・済美高校に在学中の安楽智大選手が有名です。最速157キロの高校ナンバーワン投手としてプロからも注目される安楽ですが、2013年春のセンバツ大会で、決勝までの5試合で772球を投げました。その後、夏の甲子園前に肩を故障しますが、それでも夏の甲子園大会には出場して2回戦で敗退します。

 このとき、1回戦を突破した直後に済美高校の上甲正典監督は、インタビューで球数について聞かれ、「それは日本の伝統ある高校野球にはそぐわない。肉体の限界を精神力で乗り越える。 武士道精神のような厳しさもまた高校野球だと思います」と答えました(註2)。

 しかしこの大会後の秋、安楽投手は再度肩を故障し、半年ほど公式戦に登板できなくなりました。翌年の春に復活したものの、今年の夏の甲子園では予選で破れています。こうした上甲監督の姿勢に対し、プロのスカウトもそうとう怒っていると報道されています

 私は、この上甲監督の姿勢が教育的に意味があるとはどうしても思えません。逆に、判断力を持たない未成年者に対する虐待に近いと捉えています。いくら本人が投げることを志願しても、それを止めることが保護者の責任なのです。

 つい最近、済美高校は野球部でイジメが発覚し、秋の愛媛県大会出場を辞退し、来年春のセンバツ大会の出場も絶望となりました。報道によると、「複数の2年生が1年生に暴力を振るったり、『カメムシか灯油のどちらかを食べろ(飲め)』と迫っていた」そうです。

 これのどこが「教育の一環」なのでしょうか。高校ナンバーワン投手を虐待し、部内のイジメを見過ごすような上甲正典監督に、教育者としての資格はまったくありません。

高野連を批判できない大手マスコミ

 こうした高校野球の異常性は、これまでに幾度も批判されてきました。しかし、それは短期的に生じてもなかなか継続的には議論されません。それには、明確な理由があります。高野連が日本の有力マスコミと極めて太いパイプを持っているからです。

 まず、夏の甲子園大会を高野連とともに主催するのは、朝日新聞社です。次に、春のセンバツ大会は、毎日新聞社と高野連の共同主催です。そして、これらの試合はNHKが全試合中継します。加えて、朝日新聞が筆頭株主であるテレビ朝日も主要試合を中継し、テレ朝と朝日放送(ABC)が共同製作する『熱闘甲子園』では、その日のダイジェストが放映されます。もうひとつ付け加えるならば、日刊スポーツ新聞社は朝日新聞の関連会社、スポーツニッポンは毎日新聞社の関連会社です(註3)。

 このように高野連は、新聞2社とテレビキー局2社を押さえているのです。これでは単発的に問題視されても、議論が継続的に起こるようなことはありません。なぜなら朝日、毎日、NHK、テレ朝にとって、甲子園は大切なコンテンツだからです。いわば共犯関係なのです。

 こうした高校野球を批判するOBも多くはいません。メディア上に顔を出す甲子園OBとは、すなわちプロ入りして成功した選手ですから、なかなか批判することをしないのです。

 しかし、甲子園OBにも数少ない批判者もいます。その代表的な存在がPL学園・巨人出身の桑田真澄さんです。桑田さんは8月26日にもTBS『ニュース23』に出演し、現状の高校野球について批判を繰り広げました。そこで桑田氏からなされた提案は、球数制限です。現在のプロ野球では、ほとんどのチームが先発投手を100~120球に制限し、登板間隔も中5~6日をもうけています(メジャーリーグでは、100球・中4日が一般的です)。こうした状況を踏まえて桑田氏も球数制限を主張し、ダルビッシュ有投手など他にも類似の提案をするひとは見受けられます(註4)。

 私も、これには強く賛成します。しかし、もちろんこの球数制限によって別の問題も生じます。『ニュース23』では、帝京高校の前田三夫監督がそうなると球数稼ぎの攻撃をすると明言しています。桑田氏はこうした意見に対して、学生野球憲章の「フェアプレー精神の理念」を持ちだして反論します。たしかに、前田監督が述べる狡猾な戦略は、「教育の一環」を掲げる学生野球憲章に反しているように思えます。

 これ以外の対策も、私ごとき素人でも十分に考案できます。たとえば、「打者ひとりあたりの投球が10球に達したら三振」というルールを思いつきます。つまり、ファールで粘れるのは4~7球までということです。さらに、今回の軟式野球の終わりなき延長戦も、球数が増えるリスクがあります。これはすでに議論されているように、タイブレーク制の導入などがあってもいいように思えます。

解決の可能性がある投手の連投

 ただ、こうしたことだけでは、連投は止められません。そもそも高校野球の全国大会は短い日程で、連日試合が行われます。数年前、高野連は連投に対する批判を受けて、甲子園では準々決勝と準決勝の間に1日だけ休養日を設けました。しかし、たった1日です。準決勝を勝ち上がって決勝に出たチームの投手が、2試合とも完投すれば、2日間で18イニング300球近くを投げることになります。

 これを改善する策は、大きく分けるとふたつ挙げられます。これにはそれぞれクリアしなければならない課題もありますので、それも付記しておきます。

1:試合日程の間隔を最低中3日空ける

⇒課題:選手の甲子園滞在費用、甲子園の貸出スケジュール、各地区予選のスケジュール調整

2:現行18人(軟式は16人)のベンチ入り選手登録数を20人以上に増やし、投手の多投・連投を禁止

⇒課題:増員分の甲子園滞在費用

 この両者で実現可能性がより高いのは、おそらく2のほうです。なぜなら、お金の問題だけで解決できるからです。

 高野連のホームページにもあるように、夏の甲子園では、高野連が1校20人(選手18人、責任教師1人、監督1人)分の旅費と、1日1人3000円分の滞在費を補助しています。高野連が選手枠をなかなか増やそうとしない背景には、こういう経済的な事情があるのでしょう。

 この問題解決が簡単だとは言いませんが、ビジネス的な工夫はまだできる余地があります。たとえば、現在夏の甲子園の入場料金は、もっとも高い中央特別自由席(バックネット裏)で2000円、アルプス席は600円、外野席は無料となっています。こんなに格安にする必要はあるのでしょうか? 外野席の客からひとり100円とるだけでも、かなりの収入になるはずです。

リアリティショーとしての高校野球

 ここで、高校野球の「残酷ショー」としての側面について触れておきます。

実は、こうした残酷ショーは世界中のテレビ番組で見られます。それらは「リアリティショー(番組)」と呼ばれるもので、素人や芸能人が台本のない状況に身を置いて、さまざまな体験をするといった番組です。日本では、1996年に放映された日本テレビ『進め!電波少年』での猿岩石による「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」が代表的なものでしょう。現在だと、フジテレビの『テラスハウス』やテレビ朝日の『よゐこの無人島0円生活』シリーズなどが挙げられます。

日本テレビ編『猿岩石裏日記:ユーラシア大陸横断ヒッチハイク』(1996年)
日本テレビ編『猿岩石裏日記:ユーラシア大陸横断ヒッチハイク』(1996年)

 猿岩石のヒッチハイクが典型ですが、あれはわかりやすい「残酷ショー」でした。無名の芸人ふたりが異国で飢えに苦しみ、ときには入院までしながら半年かけて香港からロンドンまで渡りました。視聴者はときにそれを笑い、ときには涙して、彼らの行く末を観ていたのです。

 しかし、現在の日本ではリアリティ番組はアメリカや韓国などと比較すると、それほど多くありません。これにはさまざまな理由が考えられますが、やはり大きいのはリアリティ番組と似た魅力を持つエンタテインメントが他にもあるからだと思われます。私はそのひとつがAKB48であり、もうひとつが高校野球だと考えています。

 AKB48がリアリティショーとしての性質を強く持っていることは過去にもここで書いたとおりです。そしてそのときにも触れましたが、プロデューサーの秋元康さんも認めるとおり、AKB48は高校野球をヒントにしています。つまり、高校野球の残酷ショーとしての性質が、AKB48へ移植されているのです。

 日本では、決してリアリティショーが不人気というわけではないのです。テレビ番組としては多くないだけで、アイドルや高校野球でその需要が満たされているのです。今回の中京・松井投手と崇徳・石岡投手などは、あのときの猿岩石のような存在なのです。

「残酷ショー」はいつまで続く?

 こうしたリアリティショーは、小説やマンガ、そして映画ではたびたび批判的に描写されています。たとえば、手塚治虫『火の鳥 生命編』(1980年)、スティーブン・キングの小説『死のロングウォーク』(1979)『バトルランナー』(1982年)、キングの影響を受けた高見広春の小説『バトル・ロワイアル』(1999年)に、アメリカ版『バトル・ロワイアル』とも言われたスーザン・コリンズの小説『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2008年~)、そして、ジム・キャリー主演の映画『トゥルーマン・ショー』(1998年)などがあります。これらの小説には映画化されている作品もあるので、知っている方も多いでしょう。

2012年に公開された映画『ハンガー・ゲーム』
2012年に公開された映画『ハンガー・ゲーム』

 これらの作品では、おしなべてリアリティショーを楽しむ視聴者に対してアイロニカルな視線が投げかけられています。登場する視聴者は、残酷ショーの参加者たちの必死な状況を安全な場所から観て、勝手に感動して楽しんでいます。そのとき、視聴者の感動のために、参加者が殺し合いをさせられていることについては、顧みられることはありません。無責任なのです。

 私が高校野球から連想してしまうのは、やはりこれらの作品で描かれるゲームの参加者と無責任な視聴者の関係です。先日、私は夏の甲子園で話題となった「おにぎりマネージャー」について書きましたが、このときも「本人が決めたことだ」というご意見が散見されました。しかしそれは、紋切り型の「美談」を消費していたところに疑義が投げかけられたら、自己責任論を振り回すという、しばしばリアリティショー作品で見られるような視聴者の態度と似ています。つまり、無責任なのです。

 もちろん視聴者や読者は、そもそも無責任なものです。映画『トゥルーマン・ショー』のラストは、それまで涙を流して番組に感動していた視聴者が、チャンネルを替えるカットであっさりと幕を閉じます。そういうことなのです。

 しかし、高校野球はこのような無責任な受容ばかりなされて、本当に良いのでしょうか。これは「教育の一環」のはずですよね?

 高野連は、いつまで高校生に「残酷ショー」を続けさせるのでしょうか?

そして視聴者も、いつまで無責任に高校野球を楽しむのでしょうか?

大手マスコミが意図的に議論を避けるのであれば、インターネットなどでわれわれがもっと考えていかなければならないと思います。

註1:高校軟式野球で使われているボールは、外周ゴム製のA号。重量は134.2~137.8グラム。一方、硬式球は141.7~148.8グラムで、3.9~14.6グラム軟式のほうが軽い(東京中日スポーツ2014年8月31日付)。

註2:「夕刊フジ」2013年8月14日付「高校野球に球数制限はそぐわない」(聞き手・片岡将) 。このとき上甲正典監督は、「あの子たちには『いま』しかないんです。それを高いところから、冷静な判断で取り上げることは、私は高校野球の指導者じゃないと思います。止めたことで彼らに一生の悔いが残るかもしれない。もちろん2、3回戦なら投げさせません。でも決勝になれば、私は投げたいという本人の意思を尊重してやりたい」とも話しています。

註3:日本ではテレビ局と新聞社が資本関係を結んだうえで提携する事例が目立ちます。しかし、民放5局のなかでTBSと毎日新聞社は資本関係が弱く、よって提携・協力関係ももっとも弱いのです。

註4:テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手は、「まず実現しないだろうけど」と前置きしたうえで、高校球児の一日での投球回数を7回までに制限するという提案をしています

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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