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グラフでウソをつく方法――統計リテラシーのための基礎文献

松谷創一郎ジャーナリスト
画像と本文はあまり関係ありません

ウソグラフの世界

 ここ数年、統計学がブームとなっています。オープンデータやビッグデータなど、IT化の進展とともにそれまで以上にさまざまな数字が扱われるようになっています。

 そんな統計において、欠かせないものがグラフです。数値を図形化して視覚的な理解をうながすグラフには、棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフなどなど、さまざまな種類があります。

 ただ、意図的かどうかはさておき、作為が加えられたグラフを見かけることも珍しくありません。数値に手を加えることはもってのほかですが、それよりも目立つのは見せ方を工夫(作為)して実際の数値以上の効果や影響を錯覚させようとするものです。そうしたものは、「ウソグラフ」あるいは「クソグラフ」などと呼ばれたりします。

 それでは、こうしたウソグラフにはどういうものがあるのでしょうか?

電子コミック市場は急成長?

 先日『News Picks』という新興のネットメディアに、「今熱い、マンガアプリ」という全5回の記事が連載されました。書いているのは、外部のライターなどではなく『News Picks』の伊藤崇浩記者です。

 その内容は、最近増えてきたスマートフォン向けのマンガアプリを運営する4社を取材するというものです。個人的にもとてもいい企画だと思いますし、それぞれの取材内容は各社の戦略や姿勢もわかって興味深いものでした。マンガは日本のコンテンツ産業の基盤と言っても過言ではないですが、その新しい潮流を概観するにはとても良い企画だと思います。

 この連載の1回目には、コミック誌と電子コミックを比較したグラフが掲載されていました。それが以下です。一見、従来のコミック誌(紙のマンガ雑誌)が低落し続けているのに対し、電子コミックが急成長しているように見えます。

『NewsPicks』2015年2月9日「IT企業と出版社が火花。マンガアプリを制するのは誰だ」より
『NewsPicks』2015年2月9日「IT企業と出版社が火花。マンガアプリを制するのは誰だ」より

 しかしよく見てみると、そこには明確に作為が加えられていることに気づきます。具体的にその作為とはふたつあります。

 まずひとつが、異なるY軸が左右それぞれに配置されていることです。これは一目瞭然です。左は最大4000億円までであるのに対し、右の軸は600億円までしかありません。しかも数値の単位は同じ「億円」。

 つまり、右軸の電子コミックの折れ線は、左軸に合わせて6.67倍ほどに拡張されているわけです。グラフはパッと見て統計値の全体像の理解が目的とされますが、このケースでは左右の軸の基準が異なりますから、パッと見では錯覚をもたらします。

 では、この図を「億円」の単位にちゃんと揃えてみるとどうなるでしょうか。すると以下のようなグラフになります(なお、なるべく元のグラフと似たデザインにしてみました)。

筆者作成。
筆者作成。

 ご覧のとおり、電子コミックがまだまだ紙の雑誌の半分程度の売上だということがわかります。もちろんそれでもマーケットは9年間で21.5倍(2150%)になっていますので、着実に成長していると見ることもできます。

排除されていたデータ

 先にも触れたようにこのグラフにはもうひとつの作為があります。それは、紙と電子版が不十分に比較されていることです。

 と言うのも、電子コミックはコミックス(単行本)とコミック誌(雑誌)を足したものでありながらも、紙のほうはコミック誌のみなのです。そこから紙のコミックスの数字は排除されているのです。

 このグラフの作為が意図的であることは、このことからわかります。なぜなら、(紙の)コミックスの売上は、ピーク時からそれほど落ちていないからです。それは、このグラフに紙のコミックスのデータを加えれば一目瞭然です。

筆者作成
筆者作成

 紙のコミックス(単行本)は、売上では2005年に史上最高の2602億円を記録します。これは雑誌も加えたマンガ産業のピークである1995~96年(『週刊少年ジャンプ』最盛期)をも上回るものでした。それから数字をじゃっかん落としますが、2009年以降は2200~2300億円台前半で推移しています。

 また、出版産業全体が過去最大のマイナスとなった2014年も、コミックスは前年比約1%増となったようです(東京新聞「出版販売最大の4.5%減 14年書籍・雑誌 10年連続前年割れ」)。つまりコミックス(マンガ単行本)は、ある程度堅調に推移しているわけです。

 しかし、こうしたことを『News Picks』の記事は隠蔽しています。実際、記事は以下のような書き出しで始まります。

出版不況と言われて久しい。その波はマンガ市場にも及んでいる。出版科学研究所の統計によれば、1998年に3207億円だったコミック誌の売上は2013年に1438億円にまで縮小。15年間で半分以下にまで落ち込んだ。

出典:『NewsPicks』2015年2月9日「IT企業と出版社が火花。マンガアプリを制するのは誰だ」より

 記事中でも、なぜか(紙の)コミックスのことには触れられていません。たしかに、マンガ雑誌のマーケットに大きな打撃を与えたのは携帯電話やネットの普及でしょう。ならば、電子版コミック誌に移行したかといういうと、それだけでもありません。電子版では、流通や版型によって生じる紙のようなコミック誌とコミックスの差異はさほど生じないので、細かく分類されていないのです。

 最初に述べたように、この『News Picks』の特集はとてもいい企画だと思います。しかし、いきなりこうした作為を加えたグラフを載せることで、この特集は台無しになってしまったという印象を拭えません。たしかに正しいグラフを出したら、パッと見で電子コミックはまだまだだと思われるかもしれません。しかし、それが現実ですから、そこから話を始めるしかないのです。ウソをついてはいけません。

 昨年、テレビ、新聞、ネットなどメディア関係者28人へインタビューした『メディアの苦悩――28人の証言』(光文社新書)を上梓した長澤秀行さん(インターネット広告推進協議会事務局長)は、この『News Picks』のグラフについて、「これをマス広告とネット広告でつくるとクビだな」と述べました。それくらいこのグラフは問題があるのです。

 また、電子コミックは確かにまだマーケットは小さいですが、着実に成長しているのもたしかです。たとえば朝日新聞社デジタル本部の林智彦さんは、「ついにキャズム超え――コミック市場の4分の1は、すでに電子書籍になっていた」という記事を書いています。

 この記事にはいくつもグラフが使われていますが、そこに作為はありません。紙と電子のコミック市場を合算することで、電子版の市場が大きくなっていることを表しています。ウソをつかずに電子コミックの成長を説明することは、データをしっかり検証しても十分可能なのです。

世にあふれるウソグラフの例1

 さて、こうしたウソグラフは他にもけっこう見られます。いくつか例を出しておきましょう。

 まず、昨年6月27日の日経新聞に出た「低アルコール飲料、大型商品に育成 サントリーやキリン」という記事にも珍妙なグラフが掲載されていました。それが以下です。

日経新聞2014年6月27日付「低アルコール飲料、大型商品に育成」より
日経新聞2014年6月27日付「低アルコール飲料、大型商品に育成」より

 これも左右の軸の単位は同じものの、その幅が異なるグラフです。「低アルコール飲料」が、「ビール系飲料」に匹敵するほど成長しているように見せかけています。この「低アルコール飲料」とは、記事によるとチューハイやカクテルなどのこと。「ビール系飲料」には、ビール系発泡酒や「第3のビール」などが含められていると思われます。

 また、「低アルコール飲料」は「販売量」、「ビール系飲料」は「大手5社の課税済み出荷量」となっており、実は比較されているものも異なります。販売量と出荷量では、出荷量のほうが多いと想像されます。さらに「ビール系飲料」は「大手5社」という括りがあります。これはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリー、オリオンのことですが、これ以外の会社のビール系飲料は含まれていません(たしかにこの5社がほとんどだとは思いますが)。

 なお、このグラフの元データも公開されていません。おそらく記者が業界団体からもらったデータをもとに作成しているのでしょう。よって目視で作りなおすと、以下のようなグラフとなりました。

筆者作成
筆者作成

 低アルコール飲料はたしかに伸びているのですが、驚くほどではありません。そしてビール系飲料と比較すると、その割合はまだまだ小さいことがわかります。

世にあふれるウソグラフの例2

 もうひとつだけ今年に入って少し騒がれたグラフをご紹介します。日本共産党の機関紙・しんぶん赤旗の記事「『戦争する国』へ軍拡加速」(1月15日付)に掲載された、日本の防衛費(同紙は「軍事費」と表記)のグラフです。記事では、安倍政権になって日本の防衛費(軍事費)が3年連続で増加し、15年度は過去最高となったことが「暴走予算案」などと厳しく批判されています。

しんぶん赤旗1月15日付「『戦争する国』へ軍拡加速」より
しんぶん赤旗1月15日付「『戦争する国』へ軍拡加速」より

 このグラフは、保守・右翼系の方々から「印象操作だ!」とネットで批判されたりもしました。それはグラフ全体の一部のみを取り出しているというものです。たしかに、縦軸は4.6~5.0兆円までの幅しかありません。部分的に切り取られ、針小棒大に描かれているわけです。では、全体で見るとどうなるでしょうか。それが以下です。

筆者作成。
筆者作成。

 ざっと見ると、実はあまり変わっていないことがよくわかります。4兆7100億円から4兆9800億円の狭い幅で推移しています。よく知られるように、日本政府は防衛費をGDPの1%に抑えるという政策を続けているからです。つまり日本が経済成長をすれば防衛費も増え、経済成長しなければ減っていくわけです(換言すれば、この15年ほど日本のGDPはあまり増えていないことを意味します)。

 前述したように、赤旗のグラフは「印象操作」などと保守系の方々に批判されましたが、2015年度の防衛費についてはこれとよく似たグラフを掲載した他の新聞がありました。それが1月15日の産経新聞です。

産経新聞1月15日付「離島警戒強化 防衛費は過去最高4.9兆円」より
産経新聞1月15日付「離島警戒強化 防衛費は過去最高4.9兆円」より

 この記事では、防衛費の内訳が淡々と(しかし細かく)説明されているだけで、特にはっきりとした論調は見られません。しかし、極めて右寄りの同紙がこうした作為的なグラフを使いながら細かく防衛費の内容を記していると、防衛費が増えたことを大喜びしているように感じます。そして当然のごとく、しんぶん赤旗を批判していた保守系の方々は産経新聞のほうを「ウソグラフ」などとは批判しておりません。都合が悪いからでしょうね。

 なんにせよ興味深いのは、極右系の産経新聞と革新系のしんぶん赤旗が結果的に同じようなグラフを使って記事を書いていることでした(なお、朝日・読売・毎日に防衛費推移のグラフは載っていませんでした)。

 ただ、そんなことよりも重要なのは、防衛費がGDPの1%内に抑えられているという前提を踏まえ、3年連続の防衛費の増加と過去最高を記録したことを評価していくことでしょう。つまり、物価上昇が生じればGDPも増え税収も増えるわけです。その結果、防衛費も増えていくこともあるでしょう。

 こうしたことを踏まえてグラフを作り載せている記事もあります。経済学者の高橋洋一さんは『現代ビジネス』の記事に以下のようなグラフを掲載しています。

『現代ビジネス』2012年8月27日「失われた20年で東アジアでの日本(略)」より
『現代ビジネス』2012年8月27日「失われた20年で東アジアでの日本(略)」より

 これを見ると、日本の防衛費が国家財政のなかで占めている割合がよくわかります。また他国と比較してその状況を示すのは、国際情勢のなかで変化が生じる軍事費を考えるうえでは非常に真っ当な方法だと思います。

 統計は、正確にグラフを作るとあまりわかりやすくない結果となることがしばしばあります。防衛費推移のグラフなどはまさにそうでしょう。一部を切りださずに全体を見ると、ほとんど変化がないという結果になります。

 かと言ってGDPに占める防衛費の割合の変化や、物価上昇率などで調整したグラフを作っても、(媒体にもよりますが)読者には伝わりにくいものとなってしまいます。そのなかでは、グラフを作らないのもひとつの見識だと思います。なんでもかんでもグラフにすればいいってもんではないですからね。

グラフを作るための基礎文献

ダレル・ハフ『統計でウソをつく法――数式を使わない統計学入門』(講談社)
ダレル・ハフ『統計でウソをつく法――数式を使わない統計学入門』(講談社)

 統計を学ぶ際、基礎文献のひとつとして挙げられるものに、ダレル・ハフの『統計でウソをつく法――数式を使わない統計学入門』(講談社ブルーバックス)という本があります。これは、統計でウソをつくテクニックを解説しながら統計の読み方を学ぶというもので、翻訳文体の癖はありますが読み物として楽しむことができる一冊です。原著は半世紀以上も前の1954年に出版されたかなり古い本ですが、現在でも増刷が続いているベストセラーです。大学の社会科学系学部では、新入生に読ませているところも多いのではないでしょうか。

 この本の最後には、それまでを踏まえて「統計のウソを見破る五つのカギ」というテクニックがまとめられています。それを列挙すると以下です。

1:誰がそういっているのか? (統計の出所に注意)

2:どういう方法でわかったのか? (調査方法に注意)

3:足りないデータはないか? (隠されている資料に注意)

4:いっていることが違ってやしないか? (問題のすりかえに注意)

5:意味があるかしら? (どこかおかしくないか?)

出典:ダレル・ハフの『統計でウソをつく法――数式を使わない統計学入門』(1954=1958年/講談社ブルーバックス)より

 詳しい解説はこの本に譲りますが、ざっくり言ってしまえばデータそのものの出典やデータ処理の方法などをしっかり精査しましょうということです。

 あえて補足するならば、このなかで個人的な印象としてもっともミスが多いのは2の調査方法についてです。経年的な統計においては、その途中で何らかの理由で調査方法を変えられていることがあります。しかし、そのことを出典元が明示していないことも珍しくありません。また、社会問題などのデータでは、官庁がカテゴリーやカウントの仕方を変えたりしていることもよくあります。つまり時代によって定義が異なるわけですね。

 ひとつその例を出すならば、児童虐待でしょうか。厚生労働省によると(⇒PDF)、児童虐待の相談対応件数は年々増えています)。しかし、これはあくまでも「相談対応件数」にしか過ぎません。相談があるだけで「虐待」とされるものがあるかどうかは、この時点ではまだ確認されていないのです。また、むかしは『巨人の星』で描かれたようなスパルタ教育はさほど「虐待」と見なされることはなかったですが、現在だと星一徹は通報される可能性があります。

 つまり、「虐待」が強く社会問題視されることによってその意味が変わり、結果として相談件数が増えたということも考えられます(このあたりについての細かい分析は、ちょっと専門的ですが内田良さんの『「児童虐待」へのまなざし――社会現象はどう語られるのか』(世界思想社)がオススメでしょうか)。

 グラフの作り方そのものについては、上田尚一さんの『統計グラフのウラ・オモテ――初歩から学ぶ、グラフの「読み書き」』(講談社ブルーバックス)が、わかりやすく値段的にもお手頃でしょう。他にもグラフの作り方や統計の扱い方についての良書はたくさんありますが、大学の生協で常に教科書として売られている本を買えばいいと思います。

 統計は決して万能なものではないですが、社会的には日に日に重視する傾向が強まっています。そのなかで統計を読み解く能力(リテラシー)を持つことは、日常生活でも大きな武器になります。一部ではありますが、これらの本はそれらを鍛えるためにはうってつけの本だと思います。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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