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山田孝之は大丈夫なのか――『山田孝之の東京都北区赤羽』で見せる苦悩

松谷創一郎ジャーナリスト
『山田孝之の東京都北区赤羽』/テレビ東京・金曜日24時50分~

山田孝之がおかしくなった?

テレビ東京で金曜日深夜に放送されている『山田孝之の東京都北区赤羽』が、世の中をザワザワさせています。これは、俳優の山田孝之が昨年夏に東京都北区赤羽で過ごした日々を追ったドキュメンタリー。短パンにTシャツ姿で無精ヒゲを生やした山田が、赤羽のひとびとと交流するのです。

きっかけは一話目で触れられました。山下敦弘監督の時代劇映画『己斬り』における自害のシーンで、「これは本当の刀じゃないから死ねない」と山田は苦悩します。完全に役と同化してしまったのです。撮影もそこで中断し、映画は暗礁に乗り上げます。

少し経って、山田は監督の山下に相談を持ちかけます。そこで山田が出してきたのが、清野とおるのエッセイマンガ『ウヒョッ!東京都北区赤羽』でした。それは、作者の清野が赤羽で自由に生きているひとびとと交流したり、謎の建物や物体などの由来を調べたりする日々が描かれているものです。

清野とおる『ウヒョッ!東京都北区赤羽』3巻(2014年)。表紙はワニダさん。
清野とおる『ウヒョッ!東京都北区赤羽』3巻(2014年)。表紙はワニダさん。

この作品に強く惹かれた山田は、自身も赤羽の2Kのマンションに住み、自分を見つめなおすために俳優業も10年間休業すると決意します。さらに自己デザインの赤羽ロゴをTシャツに貼り付けたり、元飲み屋のマスターが描いたマンガ『サイコロマン』を自らが主人公を演じて映画化したり、自らの詞にイエローモンキーの吉井和哉に曲を付けてもらったり、クリエイターとしての才能を発揮し始めます。

その表情はとても真剣です。良く言えば一生懸命な自分探し、悪く言えばどうかしてしまった山田孝之の一部始終が収められているのが、この『山田孝之の東京都北区赤羽』というドキュメンタリーです。

これまでの山田孝之

それにしても、なぜ山田孝之はおかしくなってしまったのでしょうか?

そのために、これまでの彼の仕事を振り返っておきましょう。以下にまとめたのが、これまでの山田のおもな仕事です。

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1983年生まれの山田が芸能界入りしたのは15歳のとき。当時はいまのヒゲ面からは想像できないほどあどけない顔立ちをしていましたが、その頃の彼の姿が残されている秀作が、2000年のNHKドラマ『六番目の小夜子』です。これは恩田陸の学園ミステリー小説をドラマ化したもの。中高生向けの土曜日18時枠だったこともあって、当時もさほど目立ってはいませんでしたがクオリティはとても高かった作品です。山田は栗山千明とともに、主演の鈴木杏を支える重要な役割を演じていました。

その後、連続テレビ小説『ちゅらさん』(NHK)やドラマ『WATER BOYS』(フジテレビ)で着実にキャリアを積んだ山田にとってブレイク作となったのは、2004年のドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBS)でした。大ヒットした映画版公開の2ヶ月後のタイミングでしたが、ヒロイン役・綾瀬はるかとの相性も良く、高視聴率を獲得し作品も評価されました。

2000年代中期からは、映画への出演が目立ち始めます。それは日本映画の動員が増え始めた頃とも重なります。当時の大ヒット作で見逃せないのは、やはり興行収入37億円の大ヒットとなった2005年の『電車男』(東宝)でしょう。2ちゃんねる発のこの作品で山田が演じたのは、女性と付き合った経験のないオタク青年でした。

また翌年には、東野圭吾原作の『手紙』(ギャガ・コミュニケーションズ)で、犯罪加害者の家族をシリアスに演じます。

『写真集 白夜行』(2006年)
『写真集 白夜行』(2006年)

『手紙』は2006年11月公開でしたが、この年の1月、山田は同じ東野圭吾原作のドラマ『白夜行』(TBS)で主演を務めます。このときのヒロインも『世界の中心で、愛をさけぶ』と同様に綾瀬はるかでした。視聴率はそれほど高くありませんでしたが、これも作品内容は高く評価されました。

なお、『山田孝之の東京都北区赤羽』の第四話には、山田の実姉である女優の椿かおりと歌手のSAYUKIが登場します。ふたりは山田孝之を「繊細な少年だった」と振り返り、『世界の中心で、愛をさけぶ』や『白夜行』の役柄が本人に近かったと話します。

現在までの山田孝之を語る際、この2006年まででひとつ区切られるでしょうか。このときまだ23歳でしたが、ドラマ、映画ともに大ヒット作に出演しつつも、ソフトな役が多いこともあって、いまほどの強い印象を残さないところがありました。まだ顔立ちに幼さが残り、山田は小柄でもあるので優男のイメージが強かったのです。

映画『クローズZERO』(2007年)
映画『クローズZERO』(2007年)

しかし、そうした印象を一気に変える作品に出合います。それが2007年に公開された映画『クローズZERO』(東宝)でした。不良高校のトップを目指して男たちが喧嘩に明け暮れるこの映画は小栗旬主演でしたが、山田はそのライバル役を演じてとても強い印象を残しました。小栗旬の身長は185cm、山田孝之は公称169cmですが、そうした身長差をもとろもせず小栗旬に向かっていく山田の気迫が凄かったのです。

以降、山田は悪役やアクション映画への出演が増えていきます。翌2008年にはオレオレ詐欺の青年を演じた『イキガミ』(東宝)に、2009年には前作と同じ役で『クローズZERO II』(東宝)に出演し、これまた強い印象を残しました。さらに荒んだ役で注目されたのは、2010年のドラマ『闇金ウシジマくん』(MBS/TBS)です。闇金を描いた非常にシリアスなマンガとして注目されていたこの作品ですが、実写化は山田の存在感がなければ成立しないものでした。深夜枠だったので視聴率自体は大したものではありませんでしたが、2年後に映画化、さらにその2年後にはドラマと映画の続編がそれぞれ公開されるなど、山田の俳優生活においても大きなインパクトを残す作品となりました。

映画『闇金ウシジマくん』(2012年)
映画『闇金ウシジマくん』(2012年)

アクション作品への出演も、2010年の『十三人の刺客』(東宝)、2011年の『GANTZ』(東宝)、2012年の『のぼうの城』(東宝=アスミック・エース)と続きました。現在の日本ではアクション映画はあまり多く創られませんが、『クローズZERO』以降開拓されつつあるその文脈において山田孝之はなくてはならない存在となりつつあります。『のぼうの城』で見せた顔を覆うように生える髭も、むかしの優男の面影を振り払うインパクトがありました。

さらに近年は、実際の連続殺人事件をモデルとした社会派映画『凶悪』(日活)や、その一方で、コメディドラマ『勇者ヨシヒコ』シリーズ(テレビ東京)に出演するなど、20代後半から30代前半にかけて仕事の幅をかなり広げてきた印象があります。

山田孝之の存在感とは

このように山田孝之の仕事を振り返ってみると、15歳からキャリアをスタートして20年にも満たない期間にかなり充実した結果を残してきたことがわかります。そうした山田の現在の存在感は、同世代(2歳前後)の人気男性俳優と比較するとどのようなものなのでしょうか。仕事の内容(映画/テレビ)と役柄のイメージ(クール/ソフト)で分類すると、以下のようにマッピングできるでしょうか。

山田孝之と同世代の俳優(1981-85年生まれ)のポジショニングマップ
山田孝之と同世代の俳優(1981-85年生まれ)のポジショニングマップ

そこには、山田と共演したことのある小栗旬や二宮和也、瑛太、綾野剛などの名前もあります。そこから見えてくるのは、山田のソリッドな側面でしょう。主演でも助演でも存在感を発揮しますが、近年の特徴はクールな役が多く、基本的に映画に足場を置き、ドラマも独特な企画とクオリティをキープするテレビ東京の深夜枠以外は、あまり仕事をしていないということです。ゴールデンタイムのドラマへのレギュラー出演は、昨年10~12月の『信長協奏曲』(フジテレビ)が8年ぶりだったほど。そこからは仕事の選択について強い自覚が感じ取れます。

そもそも俳優とは、なんとも不思議な存在です。同じ俳優にインタビューしても、コメディドラマのときとアクション映画のときでは、本人の人格がまったく異なることもありました。本人はふつうに話しているだけかもしれませんが、気づかないうちに役が俳優の身体に憑依してしまい、妖気とも言える雰囲気を全身から放っているのです。

しかし本人にしてみれば、仕事とは言え、さまざまな他者(役)によってひとりの人間(俳優)が振り回されているという事態なのかもしれません。『山田孝之の東京都北区赤羽』でも第一話で山田はこう語ります。

「いままで、自分らしく生きないように生きてきたんですよ。いろんな役をやっても、軸がないほうがいいとずっと信じてやってきてたんです。でもその結果、自分と役の境目がわからなくなって、切り離すことができなくなってしまったんです」

さまざまな仕事で結果を残しながらも山田は苦悶していたのです。そして、さまよい着いた地点が赤羽だったのです。

「一度、自分らしい軸というものを作る作業をやってみようかなと思ったんです。そうしたときに、ここ(『ウヒョッ!東京都北区赤羽』)に出てくる人たちって、みんなすごく軸がしっかりしていたんです。自分らしく生きてるじゃないですか。だから赤羽に行こうと思ったんです」

『山田孝之の東京都北区赤羽』とはいったいなにか

そういえば5年前、『容疑者、ホアキン・フェニックス』(トランスフォーマー)というドキュメンタリー映画が公開されました(日本では2012年公開)。この映画は、『グラディエーター』や『サイン』などで知られるハリウッド俳優のホアキン・フェニックスが、俳優を引退しミュージシャンになると宣言して活動する一年間を追ったドキュメンタリーです。

そこでは、傍若無人な言動を繰り返すホアキンが写されています。酒を飲んで大暴れし、コールガールを呼んでイチャつき、さらにはビールばかり飲んでるせいかブクブクに太っていきます。そうしたホアキンの言動は、当時マスコミを大きく賑わせました。

映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)
映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)

『山田孝之の東京都北区赤羽』が強く影響を受けているのは、おそらくこの映画です。第一話では山田の自宅の棚にこの映画のDVDが並べられており、エンドロールにはクレジットもされています。

こうした作品はフェイク・ドキュメンタリーと呼ばれるものです。ドキュメンタリー調ではあるものの、それは設定ありき(フェイク)だからそう呼ばれます。おそらく『山田孝之の東京都北区赤羽』も、(当事者は口にせずとも)後にそう評価されることになるでしょう。真剣に見ているひとにとっては、この話はなんとも興ざめのことかもしれません。

ただ、『容疑者、ホアキン・フェニックス』や『山田孝之の東京都北区赤羽』が面白いのは、たとえそれが設定のあるドキュメンタリーだったとしても、その撮影期間はホアキンにしろ山田にしろその人生を生きた「事実」が存在することです。

しかも、すべてが「フェイク」とは言えません。居酒屋・ちからの元マスターと悦子ママ、強面のおじさん・ジョージさん、占い師・赤羽の母、タイ料理屋のワニダさんなどなど、赤羽のおかしな面々はいつもどおりの奇行で山田に接します。そこにウソはありません。彼らと接している山田の顔に浮かび上がる困惑した表情にも、おそらくウソはありません。

もちろん、だれにとっても明白な「真実」や「真相」があると信じるひとには、この作品の「事実」は「ウソ(フェイク)」として納得できないものかもしれません。しかし、ホアキン・フェニックスにしろ、山田孝之にしろ、その期間「おかしくなった」という見なされ方をして、その情報が出回る現実があるのは、やはり「事実」なのです。

フェイク・ドキュメンタリーの面白さとは、このあたりにあります。観る方はそれがフェイク(創りもの)だと了解していながらも、徐々にその独特のリアリティに引き込まれていき、ついには「まさか本当にこれは……」などと思い始めてしまいます。フェイク・ドキュメンタリーの真の勝負はここからです。虚実を混交させていくのです。

リアリティ・ショーとしての『~赤羽』

同時にこの作品は、リアリティ・ショーに近い性質も持っています。日本では『進め!電波少年』のユーラシア大陸横断ヒッチハイクや、最近では『テラスハウス』などが有名ですが、『山田孝之の東京都北区赤羽』は韓国の『私たち結婚しました』を思い起こさせます。これは芸能人男女が、仮想結婚をしていっしょに過ごすというもの(『未来日記』とちょっと似ているでしょうか)。少女時代のメンバーもふたり出演するなど、人気アイドルも出演します。結婚と言ってもあくまでも仮想ですが、ご飯を食べたりデートをしたりするなかで、徐々にふたりは親密になっていったりします(逆に喧嘩ばかりするカップルもいますが)。

『キー(SHINee)の私たち結婚しました Vol.1』(2014年)
『キー(SHINee)の私たち結婚しました Vol.1』(2014年)

それを観て思うのは、やはり人間は日常的に演技をする生き物だということです。役割を与えられれば、それに応じて振る舞います。たとえば会社で昇進して課長になれば、上司としての態度で部下に接します。それは本人が内面的に大きな変化を遂げたというよりも、周囲の視線(期待)がそうさせるのです。こうした考え方は社会学において基本的なものですが、『山田孝之の東京都北区赤羽』では山田が(作為的かもしれないものの)赤羽のひとびとと接することで、徐々にその役割に染まっていくプロセスが見て取れます。

この作品が特徴的なのは、それを俳優が行っているということです。ふだんは映画やドラマでお芝居をやっている山田が、日常的に演技をしています。逆に言えば、「演技をする日常」を送っているのです。こうしたことが示唆するのは、ドラマや映画における俳優の演技と、日常生活の中で行われるひとびとの振る舞いは、ともに役割を演じるという点で地続きだということです。

また、もうひとつだけ『山田孝之の東京都北区赤羽』を読み解くときに付け加えておきたいことがあります。それは、山下敦弘とともに監督としてクレジットされている松江哲明についてです。この作品では、山下が作中に登場するのに対し、松江の姿はどこにも見られません。しかし、松江のドキュメンタリー映画『童貞。をプロデュース』(未ビデオ化)を観た方ならば、『山田孝之の東京都北区赤羽』の企画には深く納得できるはずです。なぜならそれは、複数の童貞青年にさまざまな体験をさせるというドキュメンタリーだったからです。『童貞。をプロデュース』でAV撮影現場に連れて行かれてキョドる童貞青年と、奇声を発するワニダさんに面食らう山田孝之の表情――そのふたりの姿はどこかしら重なります。

映画『童貞。をプロデュース』(2007年)
映画『童貞。をプロデュース』(2007年)

さて、『山田孝之の東京都北区赤羽』は今週8回目の放送を終えます。残りはあと4回の予定。どのような結末を迎えるのかが気になりますが(※)、この作品が真価を発揮するのは放送終了後ではないかという気もします。山田がこのドキュメンタリーを経て俳優としてどのような軸を持ち(あるいは、持たず)、そこからどのような仕事をしていくのか、それが気になります。

1年間の『容疑者、ホアキン・フェニックス』撮影の後、ホアキン・フェニックスは映画『ザ・マスター』や『her/世界でひとつの彼女』などで、俳優としてさらに一皮むけた印象があります。山田孝之にも、そうした変化が生じる可能性があります。

『電車男』や『白夜行』などの15歳から23歳までを第一期、『クローズZERO』や『闇金ウシジマくん』などの24歳から30歳までを第二期とすると、現在31歳の山田が出演している『山田孝之の東京都北区赤羽』は、第三期の幕開けとなる作品だと言えるかもしれません。30代は俳優がもっとも活躍できる時期でもあり、大きな期待が持てます。

あ、10年休業すると言ってるんでしたっけ……。

※……『山田孝之の東京都北区赤羽』でもっとも気になるのは、清野とおるの原作では重要人物である女性ホームレス歌手・ペイティさんが登場しないことです。アポイントをとって会うようなひとではないからか、あるいは放送倫理的な自主規制なのかはわかりません。もしかしたら、最終話の隠し球なのかもしれませんが。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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