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韓国で巻き起こる“ガールクラッシュ”現象――4minuteが「Crazy」で魅せる“強い女”

松谷創一郎ジャーナリスト
4Minute「Crazy」

“ガールクラッシュ”現象とはなにか

 先月から今月にかけて、K-POPシーンを席巻していたのは4 Minuteの「Crazy」でした。おもな5つの音楽番組のうち3つで週間1位を獲得したほどです。2009年のデビューから7年目に突入し、若干人気に陰りが出ていた5人組のガールズグループは、この曲で見事に再ブレイク――いやそれどころか、これまでを上回る人気を獲得したのです。

 この「Crazy」のミュージックビデオ(MV)は、たしかにずば抜けた存在感があります。目深に帽子を被った5人のメンバーは、トラップ・ヒップホップのサウンドに合わせて威嚇的な表情でダンスやラップを繰り広げます。コントラストの強いモノクローム(パートカラー)のMVも、見事にマッチしていました。そこから表れ出ているのは、明らかに“強い女”のイメージです。

 こうした4 Minuteの人気は、韓国では“ガールクラッシュ(Girl Crush)”現象として注目されています。“ガールクラッシュ”とは、女性が女性を好きになることを意味しますが、必ずしも恋愛対象というわけではなく、憧れの女性像といったものです。

 それを例証するのが、「Crazy」のMVのYouTubeアクセスです。男性は31%なのに対し、女性が69%とダブルスコアを優に超えるデータを見せているそうです。また、本人たちもこの曲をリリースする前から、「今回は男性ファンのことは飽きらめている」と述べており、この曲が女性に訴求しないことにとても自覚的でした(※1)。

 4 Minuteは、一躍“強い女”のイメージで、韓国の“ガールクラッシュ”のアイコンとなったのです。

4 Minute再ブレイクまでのプロセス

 4 Minuteがこの人気に至るまではいくつかの文脈がありますが、ここで簡単にそれをまとめておきましょう。

 まず、4 Minuteがデビューしたのは2009年6月のこと。同月デビューの2NE1やその翌月デビューのT-ARAと同期です。4 Minuteの独自性は、その音楽性にありました。それまでのガールズグループではあまり見られないヒップホップを中心としていたからです。

 デビュー当初はとても順調でした。デビュー曲「Hot Issue」と、それに続く「MUSIK」が大ヒットしたのです。後者は、内親王佳子妃が高校時代に文化祭でカバーするほど、日本のダンスファンの間でも人気がありました(※2)。

 しかし、それ以降グループとしては伸び悩みます。なかでも痛かったのは、2010年5月の日本デビューの失敗です。3ヶ月後の8月に少女時代とKARAが相次いで日本デビューしてK-POPブームが生じますが、4 Minuteはタイミングが早すぎたのです。韓国での実績や人気も少女時代やKARAほどではなく、それがそのまま日本にも反映されてしまったのです。

 その一方で、メンバーのひとりであるラップ担当・ヒョナのソロ活動は順調に進みました。そもそも彼女はWonder Girlsのメンバーとして2007年にデビューしていたものの、半年も経たずに体調不良を理由に脱退した過去があります。それでも事務所移籍を経て2年後に4 Minuteで再デビューを果たしたわけですから、やはりかなりの逸材なのです。

 なお、すごい才能を持ちながらも身体が弱いあたりに、どうしても横浜ベイスターズの多村仁志選手を連想してしまいますが、そんな多村選手がソフトバンクホークス時代にバッターボックスに入るときにかけていたのが、奇遇にもヒョナのソロデビュー曲「Change」でした。まさに、「類は友を呼ぶ」。

 2010年1月に「Change」を発表したヒョナは、その後も順調に活動を続けます。翌2011年7月発表の「Bubble Pop!」では、そのビッチ的なパフォーマンスでとても注目されます。さらにこの年の終わりには、チャン・ヒョンスンとの男女ユニット・Trouble Makerを結成し、活動を始めます。こちらもヒットしました。

 ヒョナのソロ活動はさらに続きます。2012年には世界的に大ヒットしたPSYの「江南スタイル」のMVに出演し(PSYを跨いで踊っていました)、同時にフィーチャリング・ヒョナヴァージョンの「江南スタイル」も発表されました。ここに抜擢されたのは、ヒョナのダンスとラップの能力が認められたからにほかなりません。これにより、海外からもヒョナが大きく注目されることとなります。

 ヒョナのソロ活動は、昨年も順調でした。夏に発表した「Red(パルゲヨ=赤いの)」は、それまでの集大成といった内容でした。この曲は、ビッチ的なセクシーさを全開にしているだけでなく、MVで王冠のようなティアラをかぶっていたりするように女王のイメージも強いのです。つまり、性的魅力で男性を誘惑して支配するという女性上位のコンセプトがうかがえます。

 4 Minuteの「Crazy」は、こうしたヒョナがソロ活動で蓄えてきたエネルギーをグループ全体に反映させたかのような印象があります。ビッチ的ではないにしろ、女性の強さを存分にアピールしているからです。曲の冒頭では、ヒョナが全面に出てきて、右の二の腕のタトゥーを見せつけるかのようなマッスルポーズをしながらこう言い放ちます。

Yeah I'm the female monster(ええ、私は女モンスター)

You know that(わかってるよね)

Everybody let's get crazy right now(みんな、すぐに狂っちゃおうぜ!)

出典:4 Minute「Crazy」歌詞

 この針を振りきった強さが、韓国で“ガールクラッシュ”現象を引き起こしたのです。

“強さ”をアピールするK-POPガールズグループ

 K-POPに強い女性像が見られたのは、もちろん今回が初めてではありません。ただ、年々その傾向は強くなっているように感じます。その特徴は、「Crazy」もそうであるようにヒップホップで表現されていることです。

 こうした流れにもっとも大きな影響を与えているのは、2NE1の存在でしょう。より具体的に言えばメンバーのCLです。最近海外でソロデビューも決まった彼女ですが、そのパワフルなヴォーカルとラップは、K-POPでも随一のもの。

 こうしたCLと2NE1の人気を決定的にしたのは、2011年に発表された「I AM THE BEST」でした。いきなり連呼される「ネガ チェイル チャルナガ」という歌詞は、「私がいちばんイケてる」という意味。それはまさに“強さ”を歌った曲だったのです。

 一昨年デビューしたWa$$up(ワサップ)も強さを全面に出したヒップホップガールズグループです。とくに昨年発表した「Shut Up U」は、デビューから1年足らずとは思えないほどの力強さを見せています。なかでもラップ担当のナダは、ヒョナやCLに負けないほどの貫禄が表れ出ています。

 新人では、デビューしたばかりのRubber Soul(ラバーソウル)が、“ガールクラッシュ”現象の急先鋒でしょうか。この曲のほとんどはラップで構成されており、テンポも他のヒップホップ系よりゆったりしています。強めの印象は受けませんが、女性性を押し出すことは最初から放棄しているように見えます。また、このグループは、ユニバーサルコリアを含む3社共同で生み出されており、今後どのように活動の幅を広げるか注目されます。

 他にも2EYESEvoLなど、K-POPには“強さ”を見せるヒップホップ・ガールズグループが次々と生まれています。それらからは、旧くはTLC、現在ならM.I.Aなど、欧米の音楽シーンの影響も色濃く見て取れます。

 また、“ガールクラッシュ”現象は、ヒップホップがメインですが、それだけでもありません。

 最近では、ガイン(Brown Eyed Girls)の新曲「Paradise Lost」がそれにあたるとされています。この曲はジャンルで言えばR&Bで、MVでは太ももを露わにした黒レオタード姿のガインが座って股を開くダンスを見せます。しかし、それはエロいという印象ではなくやはり“強い”。MVの後半では座った彼女の背後で、裸の男がひれ伏してのたうち回ったりします。それはやはり女性上位の印象を喚起します。

J-POPでは見られない“強さ”アピール

 ここまで“強さ”を見せるK-POPガールズグループをいくつか見てきましたが、こうした彼女たちの存在が、韓国社会の女性たちの強さに対する憧憬を反映していると読み解くことも可能かもしれません。

 たとえば、韓国は先進国のなかでも女性の高学歴率が高く、同時に社会進出率が特に低い国です。ゆえに「社会的に弱い立場の女性が強さを求める」という物語には、それなりに説得力があるように感じられます。

 しかし、「女性の高学歴率が高く社会進出率が低い」というのは、実は日本も同様です。この点において、先進国のなかでも非常に似た傾向を見せる両国ですが、現在の日本では“強さ”を求める“ガールクラッシュ”現象は生じていません。

 アイドルではAKB48グループを筆頭に、ももいろクローバーZやハロプロなどさまざまなアイドルグループが乱立していますが、そこで求められているのは決して“強さ”のイメージではなく、どちらかと言えば可愛さです(もちろん、AKB48の総選挙のようにメンバー同士でサバイバルする物語こそが日本のアイドルの売りであり、そこに“強さ”が見出されている、という解釈も可能かもしれません)。

 また、ヒップホップガールズグループという点では、日本にもlyrical school(リリカルスクール)ライムベリーが存在しますが、決して“強さ”をアピールするようなタイプではありません。そこでは日本的なアイドルとしての可愛さが前面に出ています。

 最近は、AKB48が新曲「GreenFlash」でラップを取り入れましたが、それもヒップホップと呼べるほどのジャンル性はありませんし、もちろん“強さ”もありません。日本で“強さ”を見せながら女性ファンが多い女性歌手として思い浮かぶのはいまだに安室奈美恵ですが、しかし彼女も今回の4 minuteなどのK-POPほどではありません。

 こうした両国の違いがなにを意味しているのか、ここでは断定的に述べることはしません。音楽に生じている現象を社会状況だけで分析すること(社会反映論)には限界があるからです。

 ただ、J-POPシーンでは、“強さ”を求める“ガールクラッシュ”現象がいまだに大きくは生じていないことはたしかでしょう。そしてもしかすると、“強さ”を見せる新たなガールズグループの存在こそが、J-POPでは必要とされているのかもしれません。

※1……カク・ミング『経済トゥディ』2015年3月17日付「4 Minute、女性も惚れた“ガールクラッシュ”の秘訣は? 『飾らない率直さ』」(韓国語)

※2……『週刊文春』2011年11月10日号

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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