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『まれ』ヒロインの土屋太鳳が歩んできた道──実力派女優が豊作の1990年代中期生まれ

松谷創一郎ジャーナリスト
『NHK連続テレビ小説「まれ」オリジナルサウンドトラック』(4月29日発売予定)

土屋太鳳の朝ドラキャリア

始まってから、3週間に突入したNHKの連続テレビ小説『まれ』。石川県輪島市を舞台としたこのドラマで、ヒロインの津村希(つむらまれ)を演じるのが、2月に20歳になったばかりの土屋太鳳(つちやたお)です。

まだ始まったばかりですが、そこで注目されるのはやはり希がいかに成長していくかというプロセスにあります。小学校時代が描かれた1週目、希はダメな父親(大泉洋)を見て「地道にコツコツ」をモットーに生きる少女でした。彼女は、身近な“子供”(父親)の存在によって“子供”(夢見る存在)であることを許されなかった幼少期を送ったのです。

高校3年生に成長した2週目では、まれは卒業後に地元で公務員になることを志望しています。一方、同級生の一子(清水富美加)は、モデルにスカウトされて上京を夢見ており、希も徐々にケーキ職人への夢を膨らませていきます。希は、はじめて将来の夢を抱こうとしているのです。これから物語がどのように展開するのか、楽しみな滑り出しと言えるでしょう。

そんなこの作品でヒロインを務める土屋太鳳は、これまでにも『おひさま』(2011年)と『花子とアン』(2014年)に出演しており、朝ドラ視聴者には知られた存在です。『まれ』への抜擢も、そうした活躍を観ていれば不思議ではありません。

しかし、土屋太鳳は朝ドラ以外にもさまざまな仕事をしてきています。その活躍ぶりを振り返ると、彼女が1990年代中期に生まれた豊作の世代であることが見えてきます。

大女優の片鱗を見せた『鈴木先生』

ドラマ『鈴木先生』(2011年/テレビ東京)
ドラマ『鈴木先生』(2011年/テレビ東京)

土屋太鳳のこれまでのキャリアで決して見逃せないのは、テレビ東京のドラマ『鈴木先生』(2011年4~6月)です。これまでの彼女の代表作は、間違いなくこの作品だと言っていいでしょう。武富健治のマンガを原作とするこのドラマは、中学教師の鈴木先生(長谷川博己)が、担任を受け持つクラスで起きる難題に煩悶しながら対峙するという物語です。東日本大震災直後ということもあり、あまり注目は集まらず視聴率も奮わなかったものの、ギャラクシー賞や日本民間放送連盟賞を受賞するなど高く評価をされました。

このドラマでまだ16歳だった土屋太鳳が演じたのが、中学2年生・小川蘇美役です。それは確実に「ヒロイン」と呼べる重要な役柄でした。小川は、そのルックスで男子生徒から注目されるだけでなく、聡明かつ凛然とした態度で鈴木先生も一目置く(同時に妄想する)、クラスの大黒柱のような存在でした。

ドラマ終了から1年半後の2013年1月には、『映画 鈴木先生』が公開されます。この作品で、小川蘇美はさらに重要な人物として描かれます。卒業生の青年(風間俊介)が学校に刃物を持って押し入り、小川蘇美を人質に立てこもるのです。そこで土屋太鳳は、素晴らしい怪演を繰り広げる風間俊介と見事に対峙したのです。とくに屋上でのクライマックスシーンは、『まれ』で花開きつつある土屋太鳳の大女優としての片鱗を十分にうかがわせるものでした。

「本格派」と呼べる存在感

一方、ふだんの土屋太鳳はどんな人物なのでしょうか。東京出身の彼女は、現在日本女子体育大学で舞踏学を専攻しています。以前からしばしば注目されているのは、その真面目な性格です。それは、公式ブログ「たおのSparkling day」にとてもよく表れています。そこからは、彼女の誠実さがとてもよく感じられます。

たとえば1年半前に握手会について書いた記事では、ファンの名前をひとりひとり覚えようとし、寒い中で待っていたことを気遣っています。こうしたとても丁寧かつしっかりとした筆致で書かれた長文のブログが、現在までほぼ毎日続いています。もちろん文章の最初と最後には、読者への丁寧な挨拶も欠かしません。『鈴木先生』の小川蘇美や『まれ』の希には、彼女のしっかりとした性格が反映されているのでしょう。

また、運動神経が良いのもその特徴です。そもそも体育大学で舞踏を勉強しているほどですが、『まれ』でもオープニングでは浜辺で踊り走るシーンが見られます。さらに、『鈴木先生』では空手の上段蹴りをしっかりと見せ、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』ではアクションシーンにも挑みました。アクションをこなせる女優が少ない日本では、貴重な人材でもあるのです。

こうした土屋太鳳から受けるのは「本格派」と呼べる存在感です。野球に例えれば、150キロを超す剛速球をどんどん投げ込むタイプでしょうか。

豊作の90年代中期生まれ

土屋太鳳は1995年の早生まれですが、現在20歳前後のこの世代はこれから日本のドラマや映画を支えていく重要な存在です。しかも、“豊作”と呼べるほどの人材にあふれています。それには明確な理由があります。この世代を育ててきた重要な作品が、4つあるのです。

それが、映画『告白』(2010年)、前述の『鈴木先生』(2011、13年)、映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)、朝ドラ『あまちゃん』(2013年)です。そのクオリティの高さによって知られるこれらの作品は、95年前後に生まれた女優たちをしっかりと育ててきた青春映画&ドラマでした。実際、土屋太鳳と同世代の人気女優は、以下のようにこの4作に関わっています。

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そこで注目したいのは、前述した4作に出演している女優です。なかでも注目されるのは、複数の作品に出演している能年玲奈、松岡茉優、橋本愛の3人でしょう。

『あまちゃん』で強烈な印象を残した能年玲奈は、目立たなかったものの『告白』にも出演しています。昨年は映画『ホットロード』で思春期の中学生を演じたりもしましたが、映画『海月姫』でも見られたようにコメディエンヌとしての活躍が期待されるタイプでしょうか。

次に、『鈴木先生』で土屋太鳳とも共演したことのある松岡茉優は、この4作のうち3作に出演しています。目標とする俳優を八嶋智人だと話す松岡は、さまざまな役をこなす非常に器用なタイプで、これまではバイプレイヤーとして存在感を発揮してきました。『桐島、部活やめるってよ』ではお調子者のギャルを演じ、3月まで放映されていたフジテレビのドラマ『問題のあるレストラン』(フジテレビ)では、とても内向的なコックを演じていたのは記憶に新しいところです。4月18日から始まるドラマ『She』(フジテレビ・土曜日23時40分)では、はじめて主演を務めます。

映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)
映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)

最後に、映画を中心に仕事をしてきた橋本愛は、このなかではもっとも早くから注目されてきた存在です。大ヒットした『告白』ではゴスの少女を演じ、『あまちゃん』でも積極的な主人公・アキ(能年玲奈)とは対照的に、屈折した女子高生・ユイを演じました。主演が多いですが、他にも映画『さよならドビュッシー』や『渇き。』など、ひと癖ある役柄が目立ちます。

この3人だけでなく、主演級で活躍する二階堂ふみや川口春奈、小松菜奈、子役出身の実力派である志田未来や大後寿々花、福田麻由子などは、土屋太鳳の大きなライバルだと言えるでしょう。そんな彼女たちをこれまでの仕事や役柄のイメージでマッピングすると、以下のようになります。

90年代中期生まれの女優ポジショニングマップ
90年代中期生まれの女優ポジショニングマップ

こうすると、土屋太鳳の立ち位置はより明確になります。一言で表せば、その特徴はバランスの良さでしょう。映画とドラマ、役柄のクールとソフト、それらのどちらかに振れていません。さらに『まれ』では、ベテランの実力派である田中泯や田中裕子を相手にしながらも、まったくぶれることなく安定感を見せています。本格派としての風格は、こうしたところからも感じられます。

将来性が測られる朝ドラ

撮影が8ヶ月間も続くNHKの朝ドラは、主演女優にとってはかなりハードな現場でもあります。その期間はほぼ毎日、仕事場と自宅(あるいは宿泊先)の往復となり、買い物に出る時間もないそうです。ドラマが進むにつれてどんどん痩せていく女優もいました。さらに、地方が舞台だったりNHK大阪放送局制作だったりする場合は、長期間自宅を離れなければならなくなります。過去に私がインタビューしたある女優さんは、深夜にネットで買い物したり匿名でチャットしたりすることが唯一リラックスできる時間だったと話していました。

つまり朝ドラとは、20歳前後の若い女優が大きなプレッシャーと日々戦う場でもあるのです。体調を崩しても現場に穴を空けることはできず、ひとつひとつの芝居に納得しなくてもどんどん撮影は進んでいきます。それがとても大きなストレスだったと話す女優さんもいました。土屋太鳳も、現在そうした過酷な現場で日々過ごしているのです。

若手女優にとって朝ドラのヒロインとは、「ホップ・ステップ・ジャンプ」の「ステップ」に位置する仕事だと言えるでしょうか。過去には、竹内結子や宮崎あおい、吉高由里子などが大女優へ羽ばたいていきましたが、必ず大成功するとも限りません。もちろんマイナスにはならないでしょうが、過去15年間のなかには既に芸能界から去ったひともいるほどです。朝ドラは、女優としての将来性が測られる場でもあるのです。

「本格派」の土屋太鳳がこの仕事でどのようにステップアップしていくのか、日本のドラマと映画界のためにも温かく見守りたいと思います。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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