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ドラマ『64(ロクヨン)』で見せるピエール瀧の“顔面力”──“怪優”が“名優”になった瞬間

松谷創一郎ジャーナリスト
横山秀夫『64(ロクヨン)』上巻(文春文庫)

日本最高のクオリティ

NHKの土曜日21時に放映されている土曜ドラマ『64(ロクヨン)』(全5回)は、今期のドラマでもっとも注目すべき作品だと言えるでしょう。そこでなによりも目を引くのは、主演にピエール瀧が抜擢されていること。本業は石野卓球とともにテクノバンド・電気グルーヴで活躍する瀧ですが、ここ数年は映画やドラマで見かけることが増えてきました。そして、ついにNHKドラマで主演を張っているのです。

瀧が演じるのは、D県警の広報官・三上義信。仕事内容は、記者クラブとの折衝や警察庁長官の視察の対応です。しかし、彼はふたつの出来事をひきずっています。ひとつが、自らも捜査に加わっていた昭和64年1月に起きた幼女誘拐殺人事件(通称「ロクヨン」)。もうひとつが、醜形恐怖症になって家出した高校生の娘・あゆみの存在です。物語は、記者クラブ・刑事部・家族それぞれと三上の関係が並行して描かれていきます。眉間にしわを寄せながら、瀧はこの三者のなかでもがく苦悩を表現するのです。

このドラマには、ふたつのポイントがあります。

まずひとつは、これがNHKの土曜ドラマということ。この枠は、とにかくクオリティが高いのが特徴です。過去には、映画化もされた『ハゲタカ』(2007年)や『外事警察』(2009年)の2本をはじめ、『クライマーズ・ハイ』(2005年)、『TAROの塔』(2011年)、『負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~』(2012年)、『ロング・グッドバイ』(2014年)等々、骨太の作品が次々と送り出されてきた枠です。そのハードルの高さゆえ必ずしも視聴率には結びついていませんが、その妥協なきクオリティはWOWOWのドラマと並んで間違いなく日本でトップクラスでしょう。そんな土曜ドラマ枠が今期送り出してきたのが、この『64(ロクヨン)』なのです。

もうひとつは、このドラマの原作が持つ重みです。『半落ち』や『クライマーズ・ハイ』の横山秀夫による原作小説は、2013年の『週刊文春ミステリーベスト10』と『このミステリーがすごい!』でともに1位を獲得したほど評価が高い作品です。しかも脚本は、過去にこの枠で『クライマーズ・ハイ』と『TAROの塔』を手がけた大森寿美男、演出は『クライマーズ・ハイ』や『その街のこども』、そして『あまちゃん』などの井上剛(NHK)という盤石の体制です。5月16日の最終回を残すのみとなりましたが、ここまでの展開もほぼ完璧です。

これほどの重要な作品で、なんとピエール瀧が主演を務めているのです。それは否が応でも注目せざるをえません。これまで映画『凶悪』の死刑囚役などで“怪優”と見なされてきたピエール瀧は、この作品で“名優”と呼ぶ存在に見事にジャンプアップしたのです。

この3年間の大活躍

さて、ここで俳優としてのピエール瀧の仕事を振り返ってみましょう。

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映画やドラマに出演し始めたのは1990年代後半から。当初は、音楽や演劇関係者の作品にちょい役で出演していたという印象です。たとえば、中野裕之監督の映画『SF サムライ・フィクション』(1998年)や宮藤官九郎脚本のドラマ『木更津キャッツアイ』(2002年)、そしてケラリーノ・サンドロヴィッチ監督の映画『1980(イチキューハチマル)』(2003年)、そして田口トモロヲ監督・みうらじゅん原作『アイデン&ティティ』(2003年)などがそうです。とくにケラや田口トモロヲは、電気グルーヴの前身バンド・人生でインディーズレーベル・ナゴムレコードからCDを出していたという共通性があります。

より本格的に俳優として注目されるのは、2005年から。なかでも映画『ALWAYS 三丁目の夕日』『ローレライ』はともに大ヒット作となり、一躍ピエール瀧の存在を世に知らしめました。

映画『ユメ十夜』(2006年)
映画『ユメ十夜』(2006年)

ただ、それよりもここで注目したいのは西川美和監督との『ゆれる』(2006年)とオムニバス映画『ユメ十夜』(2007年)です。前者は国内外で高く評価された作品ですが、ピエール瀧は刑事役として3シーンで登場します。さらに西川は、翌年公開の後者にもピエール瀧を抜擢します。10分ほどのショートフィルムですが、そのふんどし姿はとても強い印象を残します。

ドラマ『おじいさん先生 熱闘篇』(2007年)
ドラマ『おじいさん先生 熱闘篇』(2007年)

はじめての主演作となったのは、2007年のコメディドラマ『おじいさん先生 熱闘篇』(日本テレビ)でした。と言っても、その役柄はタイトル通りおじいさん。ヨボヨボのおじいさんが荒れた学校に赴任して、いざというときにポックリ亡くなって危機を回避するという意味不明な展開です。『まんが日本昔ばなし』を彷彿とさせるピエール瀧のおじいさん口調がほとばしった怪作でした。

徐々に出演シーンが増えてきたなかで、助演として存在感を発揮したのは、タナダユキ監督の『百万円と苦虫女』(2008年)でしょうか。蒼井優主演のこの作品で、ピエール瀧は桃農家を営む朴訥で真面目な独身中年男性を演じています。方言のあるセリフを話すピエール瀧が堪能できます。

その後、映画『落語物語』(2011年)の主演を務め、一方で大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)、朝ドラ『おひさま』(2011年)、そして『あまちゃん』(2013年)と、立て続けにNHKのドラマに出演します。『あまちゃん』で瀧が演じたのは、ほとんど言葉を発さずニッコリする寿司屋の大将役でした。その笑顔になにかしらの深読みをしてしまいそうになったのは、記憶に新しいところ。なお、『あまちゃん』のチーフディレクターは『64(ロクヨン)』の演出家・井上剛でもありました。

映画『凶悪』(2013年)
映画『凶悪』(2013年)

このように徐々にキャリアを積んできたピエール瀧が、俳優として大きくステップアップした作品は、やはり映画『凶悪』(2013年)でしょう。そこでピエール瀧が演じたのは、死刑囚となった殺人犯・須藤純次でした。リリー・フランキー演じる木村とともに暴虐の限りを尽くすプロセスが描かれますが、この二人だったからこそ怖さは倍増したというもの。サブカル界隈では昔からお馴染みの二人が、ノリノリで人を殺しまくるのです。それは、お笑い芸人として大ブレイク中だったビートたけしが『戦場のメリークリスマス』(1983年)で戦中の鬼軍曹を演じたり、あるいは、コメディ俳優のジョン・グッドマンが『バートン・フィンク』で殺人鬼を演じたことを思い起こさせました。

『凶悪』で数々の助演男優賞を受賞したピエール瀧は、その後も快調に俳優業を続けます。アニメ『アナと雪の女王』(2014年)ではお調子者の雪だるま・オラフの声を担当し、先日公開されたばかりの『寄生獣 完結編』(2015年)では、いつも不器用な作り笑顔をするパラサイト・三木を演じています。こうして振り返ると、俳優としてのピエール瀧はここ3年ほどで大きく飛躍したことがわかります。そのなかで『64(ロクヨン)』は、瀧の仕事の幅を大きく拡げることに繋がる傑作としてフィルモグラフィーに刻まれるでしょう。

“強さ”を感じさせる顔面力

ピエール瀧は、4月に48歳になりました。40代とは、俳優にとって大きな転機となる世代です。30代までは爽やかさや格好良さを活かして活躍できても、若いとは言えなくなる40代からは円熟味が求められてきます。つまり、渋さや安定感が必要となってくるのです。

瀧は、まさに円熟味を感じさせる俳優です。大きい顔に大きい鼻、じんわり刻まれたほうれい線に、力士のようなどっしりとした体躯――そこには、渋さや安定感のみならず、強さや怖さ、ときには優しさを醸し出せる顔面力とフィジカルの強度があります。

こうした存在感は、同世代の俳優と比べても、稀有なものだと言えるでしょう。下は、ピエール瀧を含む1965~1969年度生まれ(46~50歳)の主な俳優20人のポジショニングマップです。

ピエール瀧と同世代(2学齢前後)俳優のポジショニングマップ
ピエール瀧と同世代(2学齢前後)俳優のポジショニングマップ

そこには、『64(ロクヨン)』にも出演している吉田栄作や尾美としのりも含まれます。こうしてマッピングすると、ピエール瀧が大きく右サイドに振れます。北村一輝や渡部篤郎同様、“強さ”を感じさせる凄みのある俳優なのです。

またこのマップには、織田裕二や福山雅治、江口洋介など、現在もスターとして活躍する主演級ベテラン俳優も含まれます。しかし、その出自はさまざまです。織田裕二のように当初からスター俳優として一線を走ってきた俳優もいれば、佐々木蔵之介のように地道にキャリアを積み上げてきた俳優もいます。そのなかでピエール瀧はミュージシャンという特異な出自です。下の表では福山雅治と及川光博と同じカテゴリーになりますが、もちろんそのスタンスは大きく異なります。

ピエール瀧と同世代(2学齢前後)俳優の出自
ピエール瀧と同世代(2学齢前後)俳優の出自

そういえば、『64(ロクヨン)』1話目(4月18日放映)で、三上と警務調査官の二渡(吉田栄作)が階段で立ち話をするシーンは印象的でした。20数年前の同期のふたりですが、二渡は出世コースに乗って人事権を掌握し、三上はそれから外れて広報官をしています。三上は二渡に食ってかかりますが、二渡は「しょせんは飼い犬だ。お前と同じだよ」と軽くいなします。そして、二渡は階段を上がっていき、三上は階段を降りていきます。

『PATi PATi』特別号(1992年)、『ザ・テレビジョン』(1991年)
『PATi PATi』特別号(1992年)、『ザ・テレビジョン』(1991年)

このシーンが感慨深かったのは、これまでずっと異なる道を歩んできたピエール瀧と吉田栄作が絡んだからです。1967年生まれのピエール瀧と、1969年早生まれの吉田栄作は、ほぼ同世代。電気グルーヴがメジャーデビューした1991年、吉田栄作はトレンディドラマ俳優として大活躍していました。ジーパンに白いタンクトップ姿の吉田栄作を覚えているひとも多いでしょう。しかしそれから四半世紀、顔に多くの皺を刻んだふたりは、この傑作のドラマで遭遇しているのです。

待機作『極道大戦争』と『進撃の巨人』

『64(ロクヨン)』は、5月16日の最終回を残すのみとなりました。原作者の横山秀夫自身が地方紙の記者出身なこともあり、『クライマーズ・ハイ』でも描かれたように、警察と記者クラブの描写には特段に力が入っているように見えます。そして、4話ではまた新たな誘拐事件が起きて物語は大きく動きました。ピエール瀧演じる三上は、広報官の立場でありながら、この新たな事件の現場に立ち合っています。過去の事件・64、新たに発生した誘拐事件、そして三上の娘の所在――これらが残り58分で決着するのです。このドラマには、ピエール瀧の脇を固める存在として、柴田恭兵、段田安則、新井浩文、永山絢斗、山本美月、入山杏奈など、ベテランから若手までさまざまな注目すべき俳優が出演しており、彼らの演技も見どころです。

それにしても、ピエール瀧は今後どのような俳優人生を歩むのでしょうか。今年の予定としては、まず6月に三池崇史監督の『極道大戦争』ではコワモテのヤクザを演じる予定です。噛まれると感染してヤクザになってしまうというこの奇っ怪な作品で、瀧は『凶悪』で共演したリリー・フランキーと闘うそうです。

さらに夏には、今年の日本映画でいちばんの注目作と言える、『進撃の巨人』前・後編が待機しています。ピエール瀧がどのような巨人っぷり発揮するのか──と、一瞬期待してしまいますが、巨人役ではありません。瀧が演じるのは、ソウダという映画のオリジナルキャラクターです。

この2作がアクション映画であるように、そのフィジカルの強さにはやはり多くの制作者が注目しているのでしょう。電気グルーヴのライブで裸で踊りまわっていた身体性は、こうして俳優業にも結びついたのです。

歳を重ねるたびに凄みを増す“顔面力”で、ピエール瀧が今後どのような飛躍を遂げるのか、楽しみでなりません。そして3年後には、誰もが名優と認めるような俳優になっていることも期待してやみません。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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