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佐藤健の“マジメなのにチャラ男”キャラ――ついに迎えた『天皇の料理番』最終回

松谷創一郎ジャーナリスト
(写真:Motoo Naka/アフロ)

上半期最高のヒット作

TBSドラマ『天皇の料理番』(日曜日・21時)が、最終回を迎えようとしています。大正から昭和初期にかけて天皇の料理番を務めた実在の人物を描いたこの作品は、回が進むに連れて注目度が高まりました。最終前話の11回目には、視聴率が16.8%にも達したほどです。今年の上半期の連続ドラマでは、最高のヒット作だと言えるでしょう。

『天皇の料理番』は、非常にストレートな物語です。本筋は、ひとりの男が地道に努力を重ね、天皇の料理番になるという展開。それはタイトルでも既に説明されていることもあり、ポイントはプロセスの描き込みにありました。それに大成功しているのです。それもそのはず、脚本、演出、プロデューサーなど主要制作スタッフは、2009・11年に放映されて大ヒットした同局のドラマ『JIN-仁-』と同じメンバーだったのです。

主人公の秋山篤蔵を務めるのは、佐藤健です。若き日の篤蔵は、現在でいうフリーターのような存在ですが、そんな彼が西洋料理に出合い、周囲に支えされながら料理人の道を進んでいきます。一方で、女にだらしないところも篤蔵の特徴です。妻以外にも、定食屋の女将やパリの女性と浮名を流します。言うなれば、マジメなのにチャラ男――このアンバランスさが、とても人間臭いのです。

『天皇の料理番』の成功は、この愛すべきキャラクターを佐藤が完全に構築したからこそ導かれたと言っても過言ではありません。もちろん、しっかり固められた助演者たちも佐藤の力を十二分に引き出しました。妻・俊子役の黒木華、兄・周太郎役の鈴木亮平、そして友人・松井役の桐谷健太など、この作品は脇役陣の存在も光りました。

『天皇の料理番』にいたるまで

1989年3月21日日生まれの佐藤健は、現在26歳。高校生のときに芸能界入りし、卒業後から本格化させた俳優活動の道のりは、まさに順風満帆と言えるでしょう。

『仮面ライダー電王 キャラクターブック01』(2007年・朝日新聞社)
『仮面ライダー電王 キャラクターブック01』(2007年・朝日新聞社)

デビューから間もない佐藤がいきなり抜擢されたのは、2007~2008年の『仮面ライダー電王』(テレビ朝日)です。2000年からの平成仮面ライダーシリーズが、オダギリジョーや水嶋ヒロ、最近であれば福士蒼汰など、多くの人気俳優を輩出してきたことは知られますが、佐藤健もそのひとりなのです。しかし、このとき佐藤が演じた野上良太郎は、地味で引っ込み思案な青年。“超イケメンキャラ”として、華々しく世に登場したわけではないのです。

一般的にその存在が広く知られることとなったのは、『電王』の終了後の2008年に放映されたドラマ『ROOKIES』(TBS)と、『ブラッディ・マンデイ』(TBS)でしょう。大ヒットした前者では佐藤隆太などと共演し、後者では同じ事務所の三浦春馬の相手役として出演しています。デビューから実質2年で準主演にまで駆け上がったのです。なお、この両作品はともに『天皇の料理番』と同じくTBSの石丸彰彦プロデューサーが担当しています。石丸は、佐藤健の実力を早くから見抜いていたのです。

ドラマ『メイちゃんの執事』DVD(2009年)
ドラマ『メイちゃんの執事』DVD(2009年)

そして、翌2009年の初頭には、水嶋ヒロとともに『メイちゃんの執事』(フジテレビ)に主演し、さらに注目を浴びます。2005年の『花より男子』(TBS)から『花ざかりの君たちへ』(フジテレビ)や『ROOKIES』を経て続いてきたいわゆる“イケメンブーム”において、佐藤はその終盤に登場したという印象です。

しかし、そうした印象を一変させる仕事に出合います。それが2010年のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』です。そこで佐藤が演じたのは、数々の暗殺をおこなった「人斬り以蔵」こと岡田以蔵でした。イケメンキャラのイメージがまだ強かった当時、この配役は一部で不安視されました。しかし、佐藤はその演技力と身体能力で、そうした風評を振り払ったのです。この作品で演出を務めた大友啓史は、佐藤を抜擢した理由を後にこのように振り返っています。

彼と初めて会ったのは『龍馬伝』のときだったのですが、最初に感じたのはまだ何色にも染まっていない無色透明さがあるということ、そして、人の話を聞くときの真っ直ぐな目に芯の強さがあるということでした。そのときの印象がとてもよかったので、僕は彼となら新しい岡田以蔵をつくれると思ったのです。

もうひとつ、彼はまだ若いのに「孤独」というものをすごく感じさせる人でもありました。そうそうたる役者陣に囲まれて緊張していたりもしたのかもしれませんが、どこか人を寄せ付けないピリッとした空気があった。普通、若いうちは仲間を探して群れたがるものですが、彼は少なくとも現場では、誰とも馴れ合わず、「孤独」と上手に付き合っている、そういう印象を受けました。そしてそれが、僕にとっては彼の最大の魅力であるような気がしていました。

出典:大友啓史『クリエティブ喧嘩術』(2013年・NHK出版新書)

『龍馬伝』での佐藤健と大友啓史の出会いは、両者にとって大きな転機となる仕事を導きます。それが2012年に公開されたアクション映画『るろうに剣心』です。そこで主演に抜擢されたのが佐藤でした。もちろんそれは、『龍馬伝』があったからにほかなりません。大友は、「人斬り抜刀斎」との異名を持つ剣心のモデルを岡田以蔵だと解釈し、もし以蔵が明治時代を生きていたら、という動機で映画『るろうに剣心』にアプローチしたと記しています(同『クリエティブ喧嘩術』より)。

DVD『るろうに剣心 京都大火編』(2014年)
DVD『るろうに剣心 京都大火編』(2014年)

2014年にも続編が2作公開された『るろうに剣心』シリーズは、3作トータルで興行収入125.8億円の大ヒットとなりました。そこであらためて明示されたのは、佐藤健の身体能力の高さと、独特の雰囲気です。大友が「孤独」と表現するそれは、佐藤を「若手イケメン俳優」から「実力派スター」に昇華させたのです。

『天皇の料理番』にいたるまで、佐藤健はこのようにして大スターへの道を歩んできたのです――。

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特徴ある華奢な身体性

現在、26歳の佐藤健は、すでにメジャー配給の映画で5本以上の主演作があります。20代後半とは、男性俳優にとっては飛躍の時期になりますが、佐藤はすでに十分な実績を持っています。こうした活躍は、同世代の俳優と比べるとより明らかになります。以下は、佐藤と同世代の俳優20人のポジショニングマップです。

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佐藤のポジションには、実はあまり競合する存在がいません。松坂桃李はよりソフトな印象が強く、濱田岳は独自路線を突き進んでいる印象です。

また、このなかで主演級の俳優は、松坂桃李、高良健吾、岡田将生、窪田正孝、藤ヶ谷太輔(Kis-My-Ft2)、玉森裕太(同)といったあたり。彼らと比べて佐藤が特徴的なのは、アクション映画で注目された身体能力を持つことと、その線の細さでしょう。

日本でも徐々に実写のアクション映画やドラマが増えつつありますが、必ずしも運動神経は誰にも備わっているわけではありません。佐藤はそこをまずはクリアしているのです。さらに佐藤の場合は線が細く、身長もあまり高くありません。身長は公称170センチとされていますが、私が記者会見で見かけたときは、それよりも2、3センチ低く感じられました。つまり、小柄で俊敏なのです。実はこうしたタイプは俳優では貴重です。

最近は、背が高い俳優が目立ちます。小栗旬、松山ケンイチ、岡田将生、松坂桃李、東出昌大などは、軒並み180センチを超える背の高さです。一方、さほど背が高くない山田孝之や妻夫木聡、柳楽優弥なども、ガッチリした体型でその存在感をアピールします。そのなかで、佐藤健はとても華奢な印象があります。しかし、だからこそその存在は稀有なのです。存在感が強すぎず、周囲と馴染みやすいのです。おそらくタイプとして近いのは、(世代は異なりますが)嵐の二宮和也あたりかもしれません。

『天皇の料理番』でのキャラクターも、そうした身体性と無関係ではないでしょう。控えめな佇まいながらも、そこから鋭い眼光を放ち、野太い声を絞りだすといった役です。それによって、強いストイックさが醸しだされています。大友啓史監督が感じた「孤独」とは、もしかしたら「孤高」を意味するのかもしれません。

期待される公開待機作

『天皇の料理番』以降にも、佐藤健の活躍は続きます。秋に公開が待機しているのは、人気マンガの映画化『バクマン。』です。『モテキ』の大根仁監督によるこの作品で佐藤健が演じるのは、マンガ家を目指す高校生のサイコーこと真城最高です。

実はこのサイコーというキャラクターも、『天皇の料理番』の篤蔵同様、ひとつの目標に向かって実直に邁進するタイプです。同時に、サイコーは亜豆美保という声優志望の同級生に想いを寄せています。サイコーは、彼女のためにも全力でマンガの道を突き進むのです。恋愛もおろそかにしないあたりも、篤蔵と似ているかもしれません。

また、来年2016年には、川村元気のヒット小説の映画化『世界から猫が消えたなら』の公開も待機しています(なお、原作者の川村元気は、東宝社員で『バクマン。』のプロデューサーです)。これは脳腫瘍に冒されて余命わずかの青年が、世界からなにかをひとつのものを消す代わりに、寿命を一日伸ばすという取り引きを悪魔とする物語です。

SFとも言えるこの作品で注目されるのは、実力派女優の宮崎あおいにどう相対するのか、ということです。そのとき、佐藤健の新たな一面が見られることになるでしょう。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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