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テレビで「公開処刑」を起こさないための“JYJ法”――SMAP騒動から考える芸能界の将来

松谷創一郎ジャーナリスト
これはフリー素材で創ったイメージで、SMAPメンバーのシルエットではありません

芸能界に対する不信感

 1月18日に生放送の番組でおこなわれたSMAPの謝罪会見は、その後もかなりの波紋を呼んでいます。テレビの情報番組やニュースでは好意的に報じられましたが、視聴者やファンの間では「公開処刑」とも評されているように、マスコミとネットの温度差は大きく異なる状況が続いています。

 こうしたネットの反応が生じるのは、ジャニーズ事務所の強権的な姿勢がかなり周知されていたからでしょう(このことについては、2日前の「存続するジャニーズ、民主化しないジャニーズ」という記事で詳述したとおりです)。

 そもそもこの問題の根幹には、自由に芸能プロダクションを移籍できない、日本の芸能界独特の商慣習があります。つまり、もしSMAPメンバー4人が独立したり他の事務所に移ったりすれば、干されるリスクがあるということです。

 過去にも実際そういう事例は見られました。現在生じている視聴者やネットの反応は、こうした閉鎖的な芸能界およびテレビ局に対する強い不信感です。

 そんななか隣の韓国では、昨年末に芸能界に公正性をもたらす画期的な法改正が行われました。それが、通称“JYJ法”です。

罰金もあるJYJ法

 JYJとは、人気男性グループ・東方神起を脱退したメンバー3人で構成されるグループです。2010年、裁判の末に所属事務所であるSMエンタテイメントを脱退した、ジェジュン、ユチョン、ジュンスの3人は、JYJとして活動を始めました。しかし、彼らは芸能界で強い圧力を受けることになります。それは韓国だけでなく、日本での活動も遮断されるほどでした。

JYJ『WAKE ME TONIGHT』(2015年)
JYJ『WAKE ME TONIGHT』(2015年)

 この状態は、5年経ったいまでも続いています。ドラマや映画には出られるものの、テレビの音楽番組ではまったく出演できない状況が続いてきました。その間には、JYJの活動が裁判でも保証される判決も出ました。

 2011年、前所属事務所・SMエンタとの裁判において、JYJの活動をSMが妨害した場合に、違反行為1回につき2000万ウォン(約200万円)の罰金が生じる命令が下ったのです。

 しかし、それでもJYJは音楽番組に登場することができませんでした。それを受けて2013年には、公正取引委員会がSMエンタやテレビ局などに対し、JYJの活動妨害を禁止する命令を下しました。これでやっと自由に活動ができるかと思いきや、JYJはその後も音楽番組に出演できない状況が続いたのです。

 なぜこうしたことが続くのかというと、おそらくSMエンタがJYJに圧力をかけた明確な証拠を誰も掴めないからです。また、強く圧力をかけていない可能性もあります。BoAや少女時代などを抱えるSMエンタは、人気のあるアーティストを多く抱える韓国芸能界でもっとも大手の芸能プロダクションです。よって、テレビ局がその存在感を過度に意識し、自粛(忖度)している可能性もあるでしょう。この場合、JYJを出演させないかぎりはSMエンタがどういう態度に出るかはわかりません。

 こうした状況に業を煮やして、韓国の国会でついに放送法改正が審議入りし、昨年11月30日に満場一致で国会を通過しました。放送法ですから、それは主にテレビ局を縛る法律です。具体的には、第三者の圧力によって放送会社が特定の人物(ここではJYJ)の出演中止を禁止する規定です。違反すれば罰金も生じます。

 韓国芸能界では、5年もかかりましたが、ついに芸能界に法的な後ろ盾ができたのです。

「昭和の世界」の芸能界

 JYJ法は、日本の芸能界にとっても非常に参考となる法律でしょう。公正取引委員会が韓国以上に機能していない日本においては、どこの業界でも公正な競走がなかなか働いていない状況が見られます。なかでも芸能界は、バーター(抱き合わせ販売)が当たり前のようにまかり通るために、強いところがどんどん強くなり、小さいところはなかなか成長できない傾向があります。

 ジャニーズも、こうした業界でどんどん大きくなってきた芸能プロダクションです。芸能界とは、「ビジネス」といった横文字では簡単に片づけることのできない、ウェットな覇権争いがいまだに続いています。良く言えばそれは「義理と人情の世界」ですが、悪く言えば旧態依然とした「昭和の世界」です。

 今回ジャニーズ事務所が結果的に見せつけているのも、30年近くも前に終わったはずのこの昭和の風景です。一族経営による管理で、業界内外を強圧的に支配するその姿は、まさに昭和の中小企業です。ファンや視聴者が強い抵抗を感じるのも、そうした時代錯誤の姿勢にほかなりません。

 「公開処刑」、「ブラック企業」、「パワー・ハラスメント」――それらの反応は、昭和ではなく21世紀の現代だからこそ生じているのです。

法的後ろ盾がない日本

ジュンスのコンサート「FLOWER」ポスター
ジュンスのコンサート「FLOWER」ポスター

 とは言え、最後にひとつJYJ法施行後について触れなければなりません。日本でSMAP騒動が生じたばかりの先週1月14日、韓国の公共放送局・KBSで、『ソウル歌謡大賞』が放送されました。これはスポーツ新聞が主催する音楽イベントです。

 そこでは、JYJのひとりであるジュンスが、一般からの投票で決められる人気賞で46.7%の得票率で1位となりました。しかし、ジュンスはこのイベントに出演することができませんでした。法改正直後ではありますが、それにも従うことのできない韓国芸能界には、日本並みの深い闇が感じられます。

 ただ、それでも法律が改正され、禁止事項が明文化されていることは、中長期的に必ず韓国芸能界に良い影響を与えるでしょう。すでにジュンスの出演がなされなかったことに、韓国の多くのひとびとが大きな不満を漏らしているように、それはファンや視聴者にとって大きな後ろ盾となるのです。

 今回のSMAPの件でも、ファンが多くBPO(放送倫理・番組向上機構)に問い合わせたと報道されています。芸能界やテレビ局に是正を期待しているのは間違いないでしょう。しかし、現状ではBPO以外に後ろ盾はなく、BPOがこの一件を審理することもちょっと考えにくいです。

 放送法改正にはとても慎重さが必要とされますが、公取委もBPOも機能しないのであれば、おそらくここでどうにかするしかありません。日本の国会議員がどれほどSMAP騒動のことを真剣に考えているかはわかりませんが、もし今回のSMAPのような事態を今後も繰り返したくないのであれば、積極的に国会議員に働きかけるのもひとつの手ではないでしょうか。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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