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「中世ジャップランド」と「ヘル朝鮮」──SMAPとJYJで繋がった日韓のネットスラングの共通性

松谷創一郎ジャーナリスト

匿名サイトの功罪

「保育園落ちた日本死ね!!!」――国会をも揺るがしたこの記事は、ブログサービス「はてな匿名ダイアリー」に掲載されたものでした。

その一つのポイントは、書き手が匿名であることです。匿名だからこそ直截な表現(「死ね!」)が可能となり、書き手に共感(「#保育園落ちたの私だ」)も集まりやすかったのです。さらに言えば、この動きの大きな燃料となったのが、平沢勝栄議員の「いったい誰が書いたんだよ、それ!」というヤジだったように、書き手の素性が不明だからこそ誰でも言及しやすかった側面もあります。

さて、こうした匿名サイトと言えば、やはり「2ちゃんねる」は外せません。一時期の勢いはなくなりましたが、いまでも2ちゃんでは日々多くのひとびとが書き込みをしています。ヘイトスピーチ問題の主要因でもある多くの差別コメントも、いまだに減ることはありません。差別書き込みは、匿名だからこそ2ちゃんに集合しています(最近ではYahoo!ニュースのコメント欄にFacebook経由で実名のまま差別コメントを書き込むひとも目立ちますが)。

「保育園落ちた日本死ね!」とヘイトコメント――匿名性とは、インターネットの大きな可能性と強い残虐性の両面を兼ね備えていると言えるでしょう。

さて、そんな2ちゃんで最近流通しているネットスラングがあります。それが「中世ジャップランド」です。これも、匿名だからこそ拡がりつつある独自の言葉です。

2ちゃんで生じた革命運動

ネットスラングなので明確な定義はありませんが、「中世ジャップランド」は現在の日本が中世(前近代)のような状況であることを揶揄する言葉です。「ジャップ」は日本人に対する蔑称ですが、日本人がそれを使っていることを踏まえると、それは自嘲・自虐だと捉えられます。

この言葉が生まれたのは、2ちゃんの「嫌儲板」と呼ばれるところでした。その名の通り、そこは金儲けを嫌うひとが集まる場所です。当初は2ちゃんスレッドのまとめサイトやアフェリエイト目的のサイトを批判するために生まれましたが、最近は日本社会に対する疑問や批判が集中する場となりつつあります。

だからと言って、「嫌儲板」はリベラルな思想の持ち主が集まっている場だとも言えません。逆に、2ちゃん的なネガティブな要素を濃縮したような場です。嫌悪をベースに、金儲けだけでなく、右派にも左派にも批判的な(嘲笑的な)態度がその特徴です。ヘイト書き込み同様に、常にそこでは攻撃対象が存在するのです。彼らが考案した「中世ジャップランド」の国旗も、日章旗とハーケンクロイツ、そして放射線物質のマークを組み合わせたとても露悪的なものです。

「中世ジャップランド」で揶揄される日本とは、長時間・低賃金労働がはびこり、十全の社会保障も満足に受けられないような社会です。だからこそ、「中世」と呼ばれています。そこから見え隠れするのは、厳しい社会環境で苦しむひとびとが、匿名掲示板に集って不満をぶちまけている様子です。もちろんそこには諧謔も込められてはいますが。

2月、2ちゃんでは注目すべき変化も見られました。それは、「この腐った国、日本で労働者による革命運動を起こそうと思う。どうすればいい?」というスレッドが、15まで伸びたのです。その基本方針が「左右関係なく上下の観点から改革を進める」とあるように、それは社会階層の下層で苦しむひとびとの声だと捉えられます。そこでは、以下のような政策提案なども見られました。それは、2ちゃんとは思えないシリアスさです。

・労働時間削減、有給取得義務化、育休取得義務化

・移民受け入れの促進

・少子化対策(日本版パートナーシップ制度の導入、子育て世代への所得移転)

・情報の可視化(報道の自由ランキングのベンチマーク化)

・透明性の高い第三者機関の設置

・安楽死の合法化

・政党シンクタンクへの助成

・大学教授の独立的で発言力のある発言機会の確保

・政治家の世襲禁止

・政治家への企業、団体献金の禁止

・職業別労働組合の創設

・過剰な下請け・中抜きの規制

出典:2ちゃんねる「この腐った国、日本で労働者による革命運動を起こそうと思う。どうすればいい? ★11 」

これは「保育園落ちた日本死ね!」から約1週間後に巻き起こった動きでした。ふたつの匿名サイトで、現在の本社会を強く非難するメッセージが大きく盛り上がったのです。

そっくりな韓国のスラング

一方、韓国に詳しいひとにとって、「中世ジャップランド」はある言葉を連想させるものでもありました。それが「ヘル朝鮮」です。「ヘル(hell)」とは「地獄」を意味し、「朝鮮」とは北朝鮮や日本の植民地時代の朝鮮地域ではなく、14世紀から19世紀まで続いた朝鮮王朝(李氏朝鮮)のことを指します。つまり、「地獄のような前近代韓国」といった意味です。

韓国でこの言葉が生まれた場所も、匿名掲示板でした。具体的には、「日刊ベストストア」、通称「イルべ」と呼ばれるサイトです。イルべは、2ちゃんねるととてもよく似ています。常にネガティブな極論が渦巻き、ヘイトコメントも多く書き込まれます。そこで頻繁に自国を揶揄(卑下)するスラングとして生まれたのが、「ヘル朝鮮」でした。

その用法は、「中世ジャップランド」と酷似しています。「ヘル朝鮮」と揶揄されるのは、日本以上の格差社会をはじめ、財閥や富裕層への富の集中、苛烈な受験戦争、男性に課せられる兵役、薄い社会保障、来るべき少子高齢化社会などです。受験戦争と少子高齢化の進行度や兵役を除けば、日本と似ている点は少なくありません。

この両国は、そもそも文化的にも近しいです。言語は専門家が「兄弟」だと言うほど似ているのをはじめ、韓国が1910年から35年間も日本の植民地であったこととも関係します。そして現在なにより似ているのは、自殺率の高さでしょう。先進国が加盟するOECD(経済協力開発機構)のなかでは、ワーストが韓国、そしてハンガリーを挟んでワースト3位に入るのが日本です。

文化的なバックグラウンドが近い日本と韓国は、90年代後半以降に進展した新自由主義政策によって経済格差が拡がりました。ただ、アメリカなどと違いそれは必ずしも「新“自由”主義」といったものでありませんでした。東アジア的な儒教の影響のもと、「目上の人」という立場で既得権益層が保護された側面も多々あります。西洋の合理主義と、東洋の非合理的な文化がミスマッチだったことによって、独特の軋轢が生じたと捉えられます。

こうした「中世ジャップランド」と「ヘル朝鮮」は、先日ついに邂逅を果たしました。そのきっかけは、例のSMAP騒動を踏まえて私が書いた「テレビで「公開処刑」を起こさないための“JYJ法”」という記事でした。これを踏まえてその翌日に『Oh my News』のパク・ジュンギュ記者は、「国民アイドルの解散騒動を体験した日本『私たちもJYJ法必要』」という記事(韓国語)を発表しました。パク記者は、そのなかでこう述べています。

日本は先進国として知られているが、詳しく調べれば旧態を抜け出すことができなかった部分がたくさんあることも広く知られています。日本のネチズンは自国を「中世ジャップランド」と自嘲します。韓国で流行している「ヘル朝鮮」と同じ文脈でしょう。西洋の先進国と比較して、アジア的な後進性を完全に抜け出すことができなかったというのです。

進歩は、力のある者が持つ多くのものを分け合い、無力な者が権利を行使できるように社会と政府が後押しする方向で成り立ってきました。ジャニーズをはじめとする日本芸能界も、変化の波に逆らってばかりではいられないでしょう。隣国の変化の波に微弱だけれど私たちのJYJ法が助けになるならば、そんなに悪いことではないでしょう。

出典:パク・ジュンギュ「国民アイドルの解散騒動を体験した日本『私たちもJYJ法必要』」(韓国語)

SMAP騒動が日本であれほど問題視されたのは、単にSMAPファンが多かっただけではありません。ジャニーズ事務所が「ブラック企業」などと批判されたのは、日本社会が抱える問題の象徴的な例だと認識されたからです。そしてまた、そこへ深く切り込もうとしないテレビや新聞などの大手マスコミも、強い不信感を抱かれました。既得権益者(ジャニーズ事務所)を守ろうとするその報道姿勢も、「中世ジャップランド」的だと捉えられていたのです。

歴史の記憶がもたらす未来

「中世ジャップランド」にしろ「ヘル朝鮮」にしろ、日韓それぞれの国民のストレスは年々強まっているように感じます。この両国は、2018年(平昌)と2020年(東京)にオリンピックを予定していますが、その後に政治と経済に大きな変化がない限り、この問題の深刻度はより進行するでしょう。

ただ日本と韓国には、決定的な違いもあります。やはりそれは国民の気質です。それは両国の歴史に対する記憶に起因します。日本では60年前後と70年前後に安保闘争が生じ、韓国では70年代から80年代にかけて民主化運動が続きました。しかし、周知のとおり、その結果は異なります。日本の安保闘争は学生の敗北で終わりましたが、韓国は87年に独裁政権から民主化に移行しました。

それは両国の保守政党に相対する立場の名称にも表れます。日本では「革新」や「リベラル」と言われますが、韓国でそれは「進歩(派)」と呼ばれます。韓国では「革新」がすでに成し遂げられたから、「進歩」なのです。

この歴史の記憶は、日韓の国民性に大きな影響を与えています。行政に不平・不満があったときに、韓国では市民がはっきりと声を上げます。セウォル号沈没事故のときにもそうした側面が顕わになったのは記憶に新しいですが、芸能界でJYJが不当に活動を妨害されていれば、ファンが声をあげて国会議員がそれに応えて法改正までします。

対して日本は、それとは逆の状況が続いてきました。政治のみならず、さまざまな局面で声をあげないことを美徳だとする慣習(これは伝統でもなんでもありません)が一般化しています。ときおり生じる市民運動にはコミュニケーションに難のあるひとびとが集い、たいていは内ゲバによって空中分解します(SEALDsは例外的にその道をいまだに歩んでいませんが)。

「中世ジャップランド」と「ヘル朝鮮」の微細な差異は、そうした歴史の記憶から導かれる未来にあるのかもしれません。ともに自虐的な要素は含みながらも、前者は諦めに繋がり、後者は怒り(韓国ではこれを「恨」と表します)による進歩に繋がるかもしれないのです。つまり、変化できない日本と、変化する韓国という違いです。

事実、それは両国の芸能界ですでに見られた差異でもあります。業界で不当に扱われるJYJを守ろうとする韓国と、SMAPを守ろうとしない日本の違いです。

中世(前近代)の状況がこれからより進展するのは、どちらなのでしょうか――。

■関連

・テレビで「公開処刑」を起こさないための“JYJ法”――SMAP騒動から考える芸能界の将来(2016年1月)

・存続するSMAP、民主化しないジャニーズ――SMAP解散騒動の煮え切らない結末(2016年1月)

・ヘイトスピーチを正当化しようとするひとたちのレトリック――法務省勧告で噴き上がるYahoo!コメント(2015年12月)

・「下から目線のプロ素人」の原理(2014年11月)

・“偏情”が招く「不正選挙」陰謀論(2013年1月)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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